23 宴
驚くことにというか、やはりというか……ガルムの兄であり、人狼族の頭領であり、そして私の手を舐めやがった変態野郎――ロキが、魔王の話していた彼の昔の仲間だった。
そのお陰で私は牢から解放してはもらえたんだけど――
「クソッ、折角の宴だってのに攫って来たニンゲンはお預けかよ」
「これじゃ何のためにはるばる山を降りたのか分かんねーよな」
「しかも何であのニンゲンだけ解放されて、俺達の宴に参加してんだ?」
「ん? ……あぁ、ホラ、アレだよ。最近ウワサのさぁ……」
し、視線が痛い……。
とりあえず牢を出られたのはよかったけれど、何故か私まで彼らの宴に同席させられていた。
広間に歪な円形になって各々腰掛ける多数の人狼族達の視線が、度々私へと注がれるのが分かる。
「あぁ、あの専用食の……」
「嘘か本当かは分かんねぇけどよ、ガルムもあぁ言ってたことだし、一口、味わってみたいもんだよな」
「ばっかお前、ンなことしたらロキのアニキに仕置きされっぞ」
「わかってるよ。けど指一本くらいだったらさ――」
ぞぞぉ。
ただならぬ寒気を感じて、私は思わず隣に腰掛ける魔王の方へ僅かに身を寄せた。
あいつらが何を話しているかは周囲の喧騒でいまいち聞き取り辛いけど、絶対碌なことじゃない。だってチラチラこちらへ視線を向けてくる彼らの目付きが、明らかに獲物を狙う獰猛な肉食獣そのものだから。
さしずめ私は狼の群れに放り込まれた、か弱い子羊といったところか。畜生恨むぜ牧場主さんよ。
舐めるような視線の中、益々肩を縮こまらせながら、私は隣の魔王をジロリと睨め付ける。
彼は木をくり抜いて作られた歪なジョッキに入ったアルコールのような匂いのする飲み物を、何食わぬ顔であおっていた。
嗚呼もう。
魔王が来てくれたら助かるなんて、自分はなんて甘い考えを抱いていたんだろう。
これまで彼の前に現れた魔物達だったら、何の躊躇も無く攻撃していたから。こういう展開は殆ど予想できていなかった。
よく考えたら分かることじゃないか。
彼は魔物なんだ。仲間も魔物。例えそれが人喰いでも、仲間だということには変わりない。
はぁ……これからどうしよう……。
牢の中で密かに立てていた、魔王が助けに来てくれた後のマイプランは、魔王の特権:チートすぎる戦闘能力で、人狼族達をばったばったと薙ぎ倒して頂き、マキナさんや村の人達と無事脱出! ……だったんだけど。
当の魔王が人狼族側だったなんて、完全に計画おじゃんだ。また別の方法で、マキナさん達を助けなければならない。
マキナさん、大丈夫かな……。
最後に牢の中で目にした、困惑した様子のマキナさんを思い出す。
さっきは半ば無理矢理連れ出される形で牢から出されたから、きっとマキナさん、心配してると思う。
私とは正反対な、儚げで、守ってあげたくなるタイプのマキナさん。村の様子を案じて、涙を流すマキナさん。
何が何でも助けてあげたくなるじゃぁありませんか! 囚われのお姫様を助けたい王子様って、きっとこんな気持ちなんだろうな、うん。
よし、後で牢へ行ってみよう。
でもって、何とか牢の中のみんなが脱出できる方法が無いか、探ってみよう! マキナさんの白馬の王子様となるのはこの私っ!
そう意気込んで一人でうんうん頷いていると、突然隣の魔王が立ち上がった。
「? どこ行くの?」
「すぐそこだ」
すぐそこって言われましても……。
周囲を見回す。無遠慮に私を観察する人狼族達の目。
こんな食欲旺盛な狼の群れに独り放置されるのは、いくら神経ズ太い私でも流石に心細いんですけど。
魔王が傍から離れてしまう事に不安を覚え、彼を呼び止めたまま視線を泳がせていると、
「……俺様の部下……ロキが、すぐ傍にいるから安心しろ」
「あ……うん」
「ロキと上手くやれよ」
去り際にそう言うと、魔王は今度こそ歩いて行ってしまった。
えぇと……ロキって、あの手の甲舐めてきたヤツだよね?
……何か逆に安心出来ない気がするんだけど……。
そんなことを考えながらも彼の姿を目で追っていると、彼は肉食獣の如く私へ視線を注いでいる集団とはまた別の、10人程度の集団へ向かって歩み寄っているようだった。
魔王がその集団の傍らで立ち止まると、それまで食材や飲み物を酌み交わしていた人狼族達は彼の姿を見止めるなり一斉に姿勢を正し、けれど弾けんばかりの笑顔で彼を自分達の輪の中へ招き入れた。
あの人狼族達も、昔からの仲間なのかな。
きっとそうだ。
だってさっきから肉食獣のようなものとは別に、控えめにこちらの様子を窺うような視線も感じていたから。気になるけど、接近するのは憚られる、そんな感じ。
あれはたぶん、私の隣に座る魔王に向けてのものだったんだろうな。
魔王を中心に、彼らは笑顔で、一部は涙ぐみながら、ジョッキを傾けている。
仲間、かぁ……。
ぼんやりと彼らの様子を傍観し、気付く。
これまでずっと彼と私の二人旅だったから、そんなこと全然考えたこともなかったけど。
異世界からやって来た自分とは違い、長年封印されていたとは言え、魔王にはこの世界に自分の背景がある。歴史がある。
だからああして、魔王との再会を喜ぶ仲間がいるんだ。彼の帰りを待っていてくれる、部下がいるんだ。
一人の青年の背中を叩き、魔王が、笑う。
私には今頼れるのは魔王だけだけど、魔王はそうじゃない。
なんかさ、それって……
「寂しい、なぁ……」
「ねぇ」
我知らず発した小さな呟きは、不意に聞こえた声で掻き消された。
驚いて声の主を見上げると、人一人分挟んだ左隣に座る薄青色の髪の青年――ロキが、黄金色の瞳で私を見据えていた。
そっか。さっきまでは間に魔王がいたから、彼の姿は見えなかったのか。
あからさまに怪訝そうな態度を示しながら、私は答える。
「何でしょう」
「コレ食べる?」
そう言って突然ロキが差し出してきたのは、人の拳大程の骨付き肉。こんがり焼けて、この距離からでも香ばしい匂いが漂ってくる。
お、おいしそう……!
さっきまで周囲の観察に勤しんでいて、折角の宴にも関わらず未だ何も食材を口にしていなかったから、余計に食欲をそそられる。
……わざわざ尋ねてくれたことだし、断ったら悪いよね、うん。魔王が上手くやれって言ってたし、きっと私に気を遣ってくれてるんだ。
それにこんなにいい感じに焼けてるのに、早く食べないと冷めちゃうし。
よし、お言葉に甘えて頂いちゃおう!
…………ハッ! いや待てよ。
受け取ろうと伸ばし掛けていた腕を慌てて引っ込め、ジュルリといつの間にか垂れていた涎を袖口で拭う。
この男――ロキは、さっき牢の前で似非爽やかスマイルで私を騙した挙句、手の甲を舐めやがった前科持ちだった。
そもそも親しくもない相手に、いきなり食べ物をプレゼントフォーユーするなんて、怪しいことこの上ない。知らない人から物を貰っちゃいけませんって、幼稚園の頃に習ったもんね! この美味しそうなお肉に、とんでもない罠が仕掛けられてるやもしれん。
私がジト目で骨付き肉とロキとを交互に見やっていると、彼はクスリと瞳を細めて笑った。
「そんな警戒しないでよ。毒を盛ってなんかいないから」
「!」
なんだ、お見通しだったか。
そうだよね、魔王の部下だってのにわざわざ私に罠なんて仕掛ける訳ないか。
それじゃぁ今度こそお言葉に甘えまして……
骨付き肉を受け取り、勢い良くかぶり付く。はしたないとでも何とでも言うがいい。骨付き肉は横から全力でかぶり付く、これ鉄則です。
柔らかい食感、僅かに効いたスパイス、溢れ出る肉汁――
「おいしい?」
「うん! ふっごくおいひいっ!」
「そっか、よかった。それニンゲンの肉だけど」
「ブーーーーーーーーーーッ!!」
ゲホッゲホッ、嘘ッ! 飲み込んじゃったよ! おええ! まさかの私第二のレ○ター博士!?
「冗談だよ」
「冗談かい!!」
あんたが言うと洒落にならんわ!
ホッと安心すると共に、お腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じる。
「安心してよ。少なくともアンタがここにいる間は、ニンゲンは口にするなって、魔王様に言われてるから」
「え……魔王に?」
「うん。俺の目が届く範囲で、だけどね」
さっきまでの怒りは何処へ行ったのやら。私は遠方でジョッキを酌み交わす魔王へと視線をやる。
驚きだ。
だって魔王は魔物だし、人喰い人狼族と仲間だし、人間である私を度々助けてくれるのは、私が彼にとっての食糧だからだし。他の――魔王にとって関係のない人間を守るようなこと、彼がするとは思わなかった。
一体どういった風の吹き回しなんだろう?
訳が分からず、私が思わず首を傾げながらそのまま魔王を見つめていると、不意に頬の辺りに感じるむず痒い視線。
一体何だとチラリと横へ首を擡げると、なぜかこちらをまっすぐ見つめるロキと目が合った。
魔王が切れ長の鋭い目、セトが猫のようなパッチリとしたツリ目なら、ロキは二重がハッキリしたアーモンド型の目だ。満月のような黄金色の瞳も大きくて、見ていると吸い込まれてしまいそうな気分になる。
しかし彼も魔王に負けず劣らずの整った容姿。
そんなに見つめ続けられると流石に照れてくるんですが。
「うーん、分からないなぁ」
首を捻りながらも、漸く口を開いたロキにホッとしつつ、私も同じように首を捻る。
分からないって何がだ。
私は眉を顰めながらも、私の顔を見つめたまま視線を外そうとしないロキの次の言葉を待つ。
「確かにアンタの味はさっき確認した通り、ここ暫く口にしたことが無い程に、申し分無かった。きっと魔王様もさしずめ、アンタの生気に魅せられて専用食として抱え込もうと考えておられると思う。けどさ、」
そこで一旦言葉を切ると、ロキは先程までの柔和な表情とは一転して、何かを品定めするかのような、ひどく怜悧な視線を私へ投げ掛けてきた。
暖色である黄金色の瞳も、今は冷たい金属的な光を放っている。
「いっくら美味しいとしてもただの食糧のために何度も手を焼くなんて、俺には考えられないんだよね」
胡坐を掻いた膝に肘を突き、ニンマリ笑いながらロキが続ける。
口端は上がっているのに、全く笑っていない目が逆に怖いです、ハイ。
「ニンゲンなんてただ高慢で狡猾なだけの生き物だし。そうやって悪知恵が働く割には、滅茶苦茶脆いし? わざわざそんな生き物を連れ回すとか、正直魔王様の気が知れないよ」
……えぇと、気のせいでしょうか。言い回しに何だか只ならぬ殺気を感じるんですが。
矢継ぎ早に飛び出す刺々しい言葉の羅列と、射るような視線に、人一人分の距離が空いているにも関わらず私は思わず首を竦ませる。
「100年前にあんな目に遭ったのに、懲りない魔王様も魔王様だけどさ。……けど根本的に悪いのはそうやっていとも簡単に他人を唆し、騙し込むニンゲンだと俺は思うんだ」
にっこぉ~
「!?」
そこまで言い終えたかと思うと、さっきまでの氷の如く冷たい笑みから一転、ロキの爽やかイケメンスマイルが発動された。けれど私は知っている。このキラキラ眩しい笑顔は、顔面に貼り付けられた偽物だということを。何か良くない事をしでかす、前触れだということを。
「だから俺、ニンゲンって大ッッッッ嫌いなんだよね。魔王様に近付こうとするヤツは特に」
…………。
『――ロキと上手くやれよ』
……えぇと魔王サマ。私はたった今、キラキラオーラを背後に背負った会って間もない彼に、輝かんばかりの爽やかイケメンスマイルで、面と向かって大嫌いと言われました。
この状況から一体どう上手くやれと言うんだ。
レク○ー博士知ってる方いるかな(汗)
作者は洋画鑑賞が好きです。けどあまりにグロすぎるのは苦手です←




