Case2:
出てきた男にちょっと待っていろと言われたものの。
やはり心配で落ち着かない。
聞き間違いかもしれない。この隙に退散した方がいい。そんな思考をがんばって追い払い、ラヴィニアは一度深呼吸をする。固く握りしめていた拳をほどくと、中の汗が外気に触れてひんやりとした。
「そんで? 身なりのいいお嬢さんがいったい何の用だ」
戻ってきた男は玄関扉のすぐ近くにあったテーブルへ座る。向かいには椅子がもう一脚あって、視線で座れと促してくる。どきどきしながらもラヴィニアはテーブルへ着いた。
改めて見回してみるとなんとも不思議な空間だった。天井からいくつも下げられているカラフルな飾り。焚きしめられた香の匂い。異国のような雰囲気が漂うがしかし、ラヴィニアはこれが何か知っている。これらは全て魔術師が好む伝統的な飾りだ。
もしかして目の前の男は魔術師に憧れる占い師だったりするのだろうか。
「わたし、ここで相談に乗ってもらえるって聞いて」
「相談ねえ」
「……だめ、ですか?」
「話は聞いてやるつってんだろ。ゆっくりでもいいから言ってみな。ただし劇的な解決策なんて期待するんじゃねえぞ」
言葉も粗野だし態度も丁寧なものではないが、ラヴィニアを追い出さないあたり、実はとてもよい人なのかもしれない。
ラヴィニアは顔を上げ、意を決して口を開く。
「この前、知人の男性と出かける約束したんです。でも当日待ち合わせ場所で、面と向かってキャンセルされました。その人は他の女性とそのまま遊びに行ってしまって……」
「わかった、そいつに復讐したいんだな。方法は何がいい? ネズミにでもしてやるか」
「い、いいえ! そうじゃなくて、えっと」
とんでもない申し出に慌てて否定をする。
それに、ここからが大事なところだ。一番聞いてほしくて、一番アドバイスがほしいところ。もつれそうになった言葉をなんとか口の中で押し留め、気持ちを落ち着けてからラヴィニアは説明を続けた。
「……断りを入れられた時に、何も言えなかった自分がすごく嫌だったんです。じゃあ今からでも言った方がいいのかな、でも今更言うのもおかしいのかなとか考えちゃって、実際その人と会っても怖くて何も言えないかもしれなくて……自分がどうしたいのか分からなくてずっとモヤモヤしてるんです」
話しながらどんどん視線が下がる。ひざの上にのせた自身の手を見ながら、ラヴィニアは心が陰っていくのを感じた。他人の大事な時間を割いてもらって、挙げ句がこんなうじうじした悩み。なんて自分は幼稚なんだと、恥と後悔が一気に押し寄せてきた。
すると「なるほど」とひと言つぶやいて、男は立ち上がった。再び店の奥へと行ってしまい、ひとり部屋に残されたラヴィニアは軽くパニックになった。どうしようどうしようと焦っているうちに、男は戻ってきた。手に何か持っている。
「これは魔法のペンとノートだ」
机の上に出されたのはどう見ても普通のディップペンとノートだった。普通というと語弊があるかもしれないが、特に目を引く装飾もなく、研究所や学院で支給されるような、そんなもの。
「特別な代物だぜ。これにお嬢さんの心のもやもやをこれにざっと書き出してみな」
「……書く、ですか?」
思ってもみないことに目を瞬く。
その様子に男はふっと小さな笑いをもらした。
「いいか、こいつは魔法がかかってる。普通なら思いつかない、言葉にできない自分の気持ちも、そのノートとペンがあればすらすらと書けるようになる」
本当にそんなものがあるのだろうか。ラヴィニアの家は魔術に関する道具を扱う商会だ。もし本当にあるのだったら両親も耳にしているだろう。そしてそんな興味深いものがあったらラヴィニアに教えそうである。
「最初は慣れなくてペンも進まないだろう。でも信じてやってみろ。これは特別な道具だから大丈夫ってな」
おずおずとノートを受け取り、中を開いてみる。触れた指先から伝わる紙の質感。罫線もない真っ白なページが並ぶ。
「いったん心のもやもやを全部書き出したら、なぜそう思ったか、次はどうしたいかを考えてまた書く。ノートをどんどん埋めていく。順序よく書く必要もきれいに書く必要もない。とにかく書くんだ」
ふと、頭の中でノートに向き合う自分の姿が思い浮かぶ。ああでもないこうでもないと悩みながら、それでもペン先を走らせてノートを埋めていく。ぐちゃぐちゃになっている考えを少しずつ紐解いていく。自分が何を考えているのか、どうしたいのかを、書き出していく。
ラヴィニアにもできそうな気がした。
「……ありがとう、ございます。やってみます」
顔を上げて、改めて男を見てみる。
椅子にふんぞり腕を組み、得意げな笑みを浮かべている。けれどその眼差しはどこか優しい。
「んじゃ、相談料は5ギルだ」
またぱちりと瞬きをひとつ。
「ずいぶんお安いんですね」
「しょうがない。ジジイとの約束だからな」
もっと高額な相談料を請求されるのかと思った。ちゃんと相談に乗ってくれたし、魔法のノートとペンもくれた。5ギルといえば露店のリンゴがひとつ買えるくらいだろう。
それに、目の前の男はずいぶん義理堅いようだ。ジジイという人との約束を律儀に守るために、突然店に来たラヴィニアの相手をし、話を聞いてくれた。態度はぶっきらぼうで顔もちょっと怖い。この人はどういう人なんだろうと、いつもは引っ込みがちな好奇心が前に出てくる。
「わたし、ラヴィニア・マシューズと言います。あなたは?」
「よく知りもしない男に名乗るんじゃない。こんなとこに女ひとりでフラフラ来るし、おまえには危機感というものがないのか」
「ご、ごめんなさい」
もっともな指摘に羞恥で身が縮む。きっと顔も真っ赤になっていることだろう。なんてことを言ってしまったんだと後悔していると、向かいから大きなため息が聞こえてきた。思わず肩を震わせると呆れたような声が上から降ってくる。
「……リアムだよ。リアム・パンクハースト」
名乗ってくれた。
なんて優しい人だろう。
感激からラヴィニアが目をきらきら輝かせていると、リアムがものすごくイヤそうに眉間にしわを寄せた。
「おい、今俺のことチョロいとか思ってないだろうな」
「おおおお思ってないです滅相もないですごめんなさいっ」
今にも舌打ちしそうな態度であったが、そんなこともなく。
やはりリアムは優しくて礼儀正しい人なのだなとラヴィニアは思った。




