39 マグロでただいま
――翌日の朝、シエラが白猫のオリビアを連れ、田舎の自宅へ帰っていった。
馬車で丸一日はかかるのに、いきなり来たり慌ただしいやつだ。
でも俺は嬉しかった。
彼女の様子を見るだけでどれだけ彼女が大事にされ、どれだけ幸せに暮らせているのかが分かるから。
白猫は寮では飼えないので、オリビアはシエラが責任を持って育てるそうだ。
彼女も一年間猛勉強して、人間の体に戻れば魔法や剣術の修行も開始出来る。
編入試験には間に合う。
だが筆記試験はともかく、半年の修行で実技試験をパス出来るのかは分からないが。
彼女曰く、自分は幸運を司る女神なので、運の能力値だけはキレッキレッに高いという。
そんなゲームのような隠しステータスが天界にはあるようだが、この世界で通用するかは不明だ。
時間もないのにシエラと同様、魔術と剣術の二刀流を目指すとおかしな事を言っている。
成し遂げられるかは父さんとオベールさん次第になるけど。
今日の俺の選択科目は聖属性魔法だ。
この授業には、リーゼと一緒に出ている。
将来はヒーラーを目指したり、聖教会に入り僧侶になるといった道がある。
あまり適性がともわなくても、多彩なバフ、デバフを覚えれば、冒険者としては重宝されるので比較的職に困らないので、まず聖魔法に適正があると家族に喜ばれるという。
圧倒的に女の子が多く、治癒レベル7以上にもなると、聖女としての道も開かれるという。
過去勇者パーティーで伝説的な活躍をした大聖女の治癒レベルが9だと聞いている。
「リーゼ。君の治癒レベル9に修正されたんだよな?」
「ユーベル様、その通りです」
……ここに勇者がいたら、即連れていかれないだろうか?
「最近、何か怪しい勇者っぽいやつがスカウトしにきたりしない?」
「ユーベル様、治癒レベルはアカデミー内で厳重に秘匿されておりますので、外部に知られる事はありません」
それにしては俺に、わたし治癒レベル9になっちゃいました的な感じではっちゃけてたけどな。
「もし俺が勇者になったらその時は……」
「無論死んでもわたしを聖女として連れて行ってくださいませ」
まずい。フラグ立ててしまったか?
今日の授業はかなり進んできたのか、空間転移だ。
これは聖魔法の中でも最上位に位置する。
聖属性に親和性が高い者ですら、行使できる者は一握りだという。
何故、ほとんどの者が使えない魔法が講義の題材にされるかだが、最高度の術式の展開方法を覚えておくだけでも、将来魔法研究の道に進んだ場合などには応用知識の一つとして利用できるからだそうだ。
さすがに人気の高い聖魔法の大勢いる受講生徒の中でも、現在空間転移魔法が使える者は皆無だった。
アカデミー講師内にすらテレポートという限られた範囲内での空間転移魔法が使える者が2人だけだという。
最上級といなると、ワープポータルという一度行きついた場所でなら、何処でも瞬時に到達できる魔法がある。
ただし消費魔力は距離に応じて大きくなる。
伝説級の魔法だそうだ。
「空間転移ですかー?」
「便利そうだけど、術式を見る限り基礎魔術の重複掛けレベルの魔法だよね」
必死の勉強で俺自身も魔法の術式の読み解き方などは覚えてはきたが、これははっきり言って生涯研究してやっとといったところか。
勿論無属性魔法しか使えない俺には関係がないが。
「うーん……」
今日は空間転移が使える教師がいない為、授業は座学のみで終わったが、リーゼが唸ったままだ。
「どうした? トイレ? 怖かったらついていってあげようか?」
「いえ、何かもう少しで思いつきそうなんです」
「空間転移について?」
「はい。やはり便利な事は覚えておいて損はないので」
リーゼは興味がある事に関しては2日間くらいはゆうに費やす。
実は彼女は魔術専攻の編入試験主席合格していたらしい。
文句なしの特待生枠だ。
今日もトレードマークのブルーのハーフツイン。
恐ろしく可愛い顔立ちの為、狙っている貴族たちも多そうだ。
俺もたまに男たちからきつい視線を味わっている気がする。
「土属性魔法の授業の錬金編で、地面の中の鉱石を探り当て、抜粋した鉱石を指定した任意の場所に引き上げる作業をしたんです。その時はさほど複雑な術式を組んだ覚えがなくて……」
「つまり応用できるんじゃないかと?」
「聖属性、土属性両魔法の共通項を簡素化して術式に転換する。つまり両者の良いとこ取りだけで、作り上げられる単層術式……」
「単層ならば、詠唱時間も消費魔力も劇的に減らせる……か」
そもそもが校内誰も使用できない空間転移魔法の行使だけを考えるどころか、彼女はその先にまで目をつけていた。
リーゼ……おとぼけっぽいけど、彼女こそ本物の天才なんじゃないか?
そんな気がする。
「……ととのいました」
「えっ?」
「ではちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃい?」
唐突に何を言い出したかと思ったら。
即座に彼女は姿を消した。
いや粒子になって消えた。
消えさる時点の彼女の微笑みは女神を彷彿させるものだった。
――刹那。空間に青い粒子が集まってある陰影を形作った。
「ただいま戻りました!」
「ああ、おかえり……って、えっ!」
大きな魔方陣の中心に表れたのは、なんと黒マグロ。
なんでマグロが戻ってきたんだ?
そのマグロの陰からひょこっと顔を出したリーゼ。
「自宅に戻ったら、ちょうどお父さんが漁港から帰った所でして、これ採れたてだから持って行けって」
「いきなり自宅に現れて驚かれなかったのか?」
「お母さんもお父さんも、村のみんなも昔からわたしが破天荒なところがあるってわかってるようですので」
なるほど。
リーゼの生家は海に面した食材豊富な村だ。
いい所なんだろうな。
「いつかお邪魔してみたいな……」
「もちろん何時でも大歓迎です!」
マグロは有難く解体させて頂き、シリウスの部屋で夕食としてリーゼが調理し振舞った。
こんな新鮮な魚が食べられるなんて、空間転移ってすごい!
どうやら、通常のワープポータルでは人1人の転移が精一杯のようだが、リーゼの開発したネオワープポータルでは、一定範囲内の物、生物、無機物問わず全てを対象として転移させる事が出来るそうだ。
「おいちー!! 生きててよかったわー! こんな新鮮なマグロが食べられるなんて」
ソニンちゃんが涙を流している。
まあ言いたいことは分かる。
ソニンちゃんは、今日まで謹慎なので腹を空かせていたのだろう。
そういえば、野外授業の時も、皆に昼食を恵んでもらっていたっけな。
校長の愛娘としてのプライドはないのだろうか?
「プライドー?。そんなの食べられないじゃん」
どうでもいいらしい。
俺達はこの日お腹いっぱいのマグロパーティーを楽しんだ。




