後日談①:さすがに婚約の継続を望まれるのは、図々しいと思いますけど?【伯爵令嬢ポルディーネの場合】
公爵令息ヨシアスの、最初の婚約者です。
小さなトランクケースには夢を詰めて。
家族が見送る中、私は最初の一歩を歩くのだ。
港に停泊する船が、出発の汽笛を鳴らすまでの時間はあり、それでも周囲の人々は忙しく活気に満ちていた。
その中に、最近ヨシアス・ヴェンツェル公爵令息と婚約破棄したばかりの、ポルディーネ・オーベルマン伯爵令嬢と家族も含まれていた。
メイド二人がポルディーネの船上で必要なだけの荷物と貴重品を持ち、それ以外の荷物は貨物室に詰め込まれている。
娘の旅路を見送る家族たちも、周囲の雰囲気にあてられてか、どことなく浮ついた気持ちでいた。
その空気を邪魔するように、家令から差し出だされた封筒を父親が渋々受け取る。
差出人の名前を見て片方の眉を上げた。
「ポルディーネ、ヴェンツェル公爵家からまた手紙が届いていたみたいだぞ」
「しつこいな。返事をしないのが返事だということ、理解すればいいのに」
横から父親の手元を覗き見た兄が思ったことをそのまま口にして、母親にお行儀が悪いと怒られている。
とはいえ兄の言う通り、ポルディーネと家族は相手を許してはいない。
自分達の都合を押し通すために、非常識にもこちらに冤罪を仕掛けようとしたのだ。
最初に届いた一通目は母親が暖炉の火付け用に使ったし、二通目は兄が器用に便箋を折りたたんで窓から飛ばし、池に誤って落ちてしまった。
これが三通目だ。
もう中身を見る必要はないだろう。
受け取った時に何か言われたらしい家令も、苦いものを食べたような顔をしているから。
「放っておいても、お前が留学したことは知るだろうが、待たれても厄介だ。
そろそろ手紙を返そうと思うが、伝えたいことはあるか?」
父親に言われ、少し考える。
彼との思い出を掘り返そうとして、思い出なんて無かったと思い直す。
二年間の婚約だが、学園にいる間は乙女と呼ばれていた令嬢に侍っていた、集団の一人という印象しかない。
ずっと無視され続け、交流さえなかった。
手紙も無く、贈り物も無く、学校での挨拶すらない。
もはや婚約者ではなく他人だ。
「そうですね、こう伝えてもらえます?」
ポルディーネは父親の手から封筒を抜き取った。
あちらの夫人が用意したのか、透けるように薄い封筒は上質な手触りで。
それを力任せに、二つに引き裂いた。
「さすがに婚約の継続を望まれるのは、図々しいと思いますけど?」
一瞬の間と、それから堪え切れずに零れる笑い声。
母親の小さな溜息と苦笑。
「そっくりそのまま伝えておこう。
なに、もっと酷い若気の至りを見た公爵閣下なら、寛容に許して下さるだろう」
父が器用にウィンクをし、母親に扇子で叩かれる。
この光景も暫く見ないと思うと、少し寂しい。
「これでまだ何か言うのでしたら、顧客リストから外すだけでよろしいでしょう」
母親は穏便なことを言っているようだったが、今や社交界の流行を生み出すのはオーベルマン伯爵家だ。
そんなことになれば、ヴェンツェル公爵家は大打撃を受けるだろう。
それに相手は公爵家だが、資産だけで比べればオーベルマン伯爵家も引けを取らない程に裕福ではある。
この国の貴族の大半が、「平民の仕事」と馬鹿にする商いを手広くしているからだ。
今や国境を越えて広がりつつある商売は、オーベルマン伯爵家の子ども達に引き継がれる。
新しい商売と家名が生まれ、更なる発展を遂げるだろう。
その中にポルディーネも含まれているのは当然のこと。
令嬢達に下らぬ断罪計画がもたらされたとき、それぞれの思惑によって婚約を継続すると決めていた令嬢と違い、ポルディーネは早々に婚約破棄を決めていた。
時間を無駄にしたくなかったのが理由だ。
どうせ婚約を継続したところで、ヨシアス・ヴェンツェルが態度を改めるはずがない。
遅かれ早かれ、婚約解消となることはわかり切っている。
慰謝料はどうでもいいが、あちらの体面を繕うために付き合うつもりはない。
だから、断罪劇の前から留学の準備はしていたし、それをヴェンツェル公爵家には言っていなかった。
そして隠し通せるだけの力もある。
ポルディーネがいなくなったことを初めて知った時、彼らはどう思うだろうか。
公爵家夫妻は悪い人達では無かったが、だからといって息子一人どうにかできなかったのは彼らの責任だ。
今回で多少なりとも反省し、考えを改めるといいとは思う。
いつの間にか船に乗り込む人々の数は減っていた。
そろそろポルディーネも船に乗った方がいいだろう。
家族に少しの別れと手を振って、潮風にさらわれる髪を遊ばせながら、ポルディーネは歩き始めた。
最初に思いついたので書きました。
残りの後日談は書き上がり次第、投稿していこうと思います。




