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【完結】さすがに婚約の継続を望まれるのは、図々しいと思いますけど?【後日談追加】  作者: 黒須 夜雨子


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10/13

10.また競争しましょうか?_後編【王太子ハインツの場合】

小さな頃は無邪気だった。

王太子とその婚約者という立場はあれども、まだ子どもの二人が休憩すれば、子どもに戻ろうとするのは当然のことで。

殿下はよく、庭でお茶会となったときには、いつだって競争に誘った。

少年らしい快活な声が響き、廊下を飛び出していく体。

けれど、私が殿下を追いかけようとしても、いつだって走ることは許されず、追い抜くことも、追いつくこともなかった。

いつか、私の先を駆けていく背を見ながら、この人と一緒に歩くのはいつだろうと思ったのは13歳の時だったか。

賢く、決断力に富み、自身の私情を挟まなければ公正な殿下。

いつだって自信をもって贈られる品々は、確かにどれも一級品だった。

けれど、殿下のお気に入りによって、私のお気に入りをクローゼットに仕舞う時、私は私として見られているかわからなくなっていく。

ねえ、殿下。あなたにとって私は、一番都合の良い婚約者だったでしょうね。




卒業してから一年程で迎えた、結婚式は盛大だった。

国一番の大聖堂で挙げられ、屋根の無い馬車の上から祝う国民達に手を振り、城まで辿る道がパレードになる。

今日ばかりは大半の国民が休みを取り、逆にこんな時こそ稼ぐのだと店を開く者もいる。

どちらにせよ、誰もが人生で一度か二度しか見ることがないだろう、王太子の結婚に憧れと期待を以て祝福していた。


「本当に君が婚約者で良かった」

馬車の上で笑みを絶やさず、周囲へと手を振りながらハインツが言う。

グリゼルダも笑みを浮かべて手を振り、時折携えた籠にある花を投げれば、女性達から歓声が上がった。

そうしてグリゼルダがハインツを見る。

「ここにいる誰もが、殿下が国を発展させることに期待をしているのです。

私はそれを支えるだけですわ」

「確かにそうだが、君のような優秀な人材もそれなりに必要だ。

王となる私は臣下を上手に使い、国を良い方向へと導かなければならないのだから」

再びグリゼルダが道の脇に群がる国民達へと視線を向ける。

まるで目を逸らすかのようだったが、ハインツは気づかない。

「殿下でしたら成し遂げられますわ」

そうだろうという言葉は、国民の歓声にかき消された。



** *



メイドと騎士に先導されて二人が向かうのは、新しく建てられた王太子宮だ。

城とは王妃のバラ園を挟むように建てられたそれは、見える範囲でも広さは相当なものだった。

「殿下の瞳と同じ色で、屋根が塗られているのだそうですね」

グリゼルダが言う。

「そうだ、明日にでも見ることができるだろう。

こういったことは朝の清々しい気分で見るのが一番良い。

メイドが早朝訪れるよう、手配しておこう」


グリゼルダはおっとりとした笑みを浮かべて、短い礼だけ口にする。

どうやら疲れているらしい。

ハインツも少し疲れているが、王太子宮に入れば一休みできるだろう。

日付を越えるには、まだ時間はある。

これから身を清めて、グリゼルダと夜を共にする。

きっと彼女にとって、忘れられない一夜となるに違いない。


廊下に灯された灯りが、バラ園の入り口を照らし出す。

「そういえば、母上にここでお茶をしようと呼んで頂いた時には、よく駆けっこをしたものだ」

「ええ、殿下にはよく置いて行かれましたわ」

ハインツは思わず笑い声を上げる。

「そうだったな。だが君は令嬢なのだから、はしたなく走ることなど許されない。

当然のことだろう」

グリゼルダがハインツを見る。

「では、どうして私を置いて行かれたのでしょうか?」

「それは君がどうしたって私に敵わないのだと、教えてあげるためだよ」


妃は、妻は夫に従うもの。

あの時、キラキラした瞳だったグリゼルダは、いつだってハインツに追いつこうとしていた。

だからハインツは教えてやったのだ。

ヴァインライヒ公爵家でどんな躾を受けたか知らないが、女は出しゃばるものじゃないと。

「公務は当然の義務だが、それだって私を立てるものでなければならない。

王たる太陽の輝きの下で、王妃らしい月の輝きぐらいでいればいい」

「さようでございますか」


話している間に扉の前に辿り着く。

「そういえば、私、殿下に贈り物を準備しておりますの」

思い出したかのように言われた言葉に、これは夜に期待できるのではないかと、下心に近い感情でグリゼルダを見た。

彼女は気にした様子も無く、扉を開けたら驚くはずだとハインツに言う。

グリゼルダには直接言ったことはないが、彼女の送ってくれるプレゼントは、どれも品があった。

一体何を用意したのだろうか。

何かわからぬ期待に扉を開けさせれば、開いた先にいたのはうら若き女性達だった。


誰もが肩で切り揃えた赤毛と茶色の瞳をして、憧れと欲望の入り混じった視線がハインツへと向けられている。

どうしたって誰かを思い出す姿。

誰もが白いドレスを着て立っているので、間違ってもメイドではない。

「何だ、これは」

喉が急速に乾いて、掠れた声になる。

その横で返される声は変わらぬ、柔らかで冷ややかなものなのに。


「今夜から、殿下のお相手を務められる方々ですわ。

殿下の好みを反映し、愛らしいお顔立ちで、元気一杯といった雰囲気の方を選びました」

「そうじゃない! 一体どういうつもりだと聞いているのだ!」

意味がわからない。

グリゼルダもヴァインライヒ公爵家も、ハインツの過ちを許したはず。

どうして今更になって、こんな。

混乱するハインツの前で、グリゼルダはどこまでも冷静だ。


「殿下が起こしました断罪未遂事件の後に、王家とヴァインライヒ公爵家は改めて婚約について契約書を取り交わしました」

「私は何も聞いていない」

「当然でしょう。だって言ったら面倒ですもの。

それで、変更や追加した契約項目がいくつかございますが、その中に殿下とは白い結婚というものがございます」

驚きからハインツの口数が少なくなるが、いつになく饒舌なグリゼルダは気にしていないようだった。


「でも、王太子に、王となる者に子がいないのは問題でしょう?

だから一つ、ヴァインライヒから提案をさせて頂きました」

口から滑らかに流れる音は、信じられない言葉を並べて文へと形を変える。

「殿下には身元のはっきりした愛人を宛てがい、王族の特徴を持った子が生まれたら、殿下と私の子として育てるということ。

そして、同時に私も王族からお相手を選び、王族の特徴を持った子が生まれたら、殿下との子として育てるということ」

聞き間違いかとグリゼルダを見つめるも、彼女は微笑んだまま。

近くで控える女性達も、メイドも、騎士達すら全く驚いておらず、それが真実だと語っているようだった。


「双方の子が王族の特徴を持っていたら、全員私が産んだ子として育て、その中から優秀な者を王太子に選びます」

「そんなこと、父上と母上が許すはずはない!」

喚くハインツに、醒めた視線は向けるものの、グリゼルダの笑顔が変わることはない。

「ご安心を。陛下も王妃殿下も同意してくださいました」

ただ、笑顔であるのに拒絶を感じるのは何故なのか。

初めて見るグリゼルダの表情に、無意識に一歩離れた。

グリゼルダは頓着していない様子だ。


「こちらとしては殿下でなくても良いので、婚約破棄の上で弟君と婚約しようかと話していたのですが、陛下がどうしても拒否されるので。

確かに、傀儡の王となるのが目に見えている方を、選びたくはありませんものね」

上手に転がして差し上げるのに、とグリゼルダが言う。

「殿下は治世を敷くだけでしたら、良き王となるでしょう。

他に妥当な後継者がいない以上、廃嫡は惜しいという考えの上で、王家がこちらの条件を呑んだ結果ですわ」

これは悪い夢ではないだろうか。

そう思っても、誰もハインツの悪夢を終わらせてくれない。


「子を得るチャンスは平等にしております。

そちらの女性達は事情を知って尚、殿下の心を射止めようと志高く依頼を受けた方達ですので、是非愛を育んでくださいな。

私も殿下以外の方と、一子は儲けられるように努めますので」

自分以外の男の存在をほのめかされ、一瞬でハインツの頭に血が上る。


「リカードか? そうだろう?

お前こそ私を長く裏切っていたのだろう!」

「リカード殿下が相手かと言われれば、否定はしませんわ。年齢的に彼が一番妥当ですから。

なにより、私達は長く見知った仲ですし」

まるでお茶会での会話のように、グリゼルダの口調は穏やかだ。

ハインツの問いに、否定も肯定もしない。

する必要がないからだ。

今はそれが酷く忌々しい。


「何がそんなに不満だった?

他の女に目を向けたことか? あれは一時の気の迷いだと言っただろう」

途端、グリゼルダが笑みを消した。

「確かにあれが切っ掛けですが、積もり積もったものだとしか。

きっと、余りにも些細なこと過ぎて、殿下は覚えておりませんし、言っても理解されないかと」

言葉にされた明確な拒絶に、ハインツの心が急速に萎んでいく。

そんな風に思われていたなんて知らなかった。

言ってくれれば、という思いが先に湧いて、でもきっと、彼女の意見なんて否定しただろう自分がいたことも想像がつく。

もう、どうしようもないのだ。


そうこうしている間に、メイド達が寝室と居間の準備が整ったと知らせに来る。

「では、私はこれで失礼致しますわ。

どうぞ心ゆくまで彼女達と居間で歓談し、どなたを今夜のお相手に選ばれるかお決めになるとよろしいでしょう」

言いながらグリゼルダは玄関の外へと歩き出す。

足取りは羽でも生えたかのよう。


いつの間にか王太子宮の入口前には、ハインツと似た礼装を着たリカードが待っていた。

外まで後一歩というところで、今まで見た中で一番悪戯っぽい、魅力的な笑顔がハインツに向けられる。

「殿下、どちらが先に子を儲けるか、競争ですわね。

今度は私、負けませんわよ」

そのまま王太子宮の外へと出たグリゼルダの手を取り、エスコートするようにリカードが歩き始める。


「あいつらはどこに行くのだ?」

ハインツの問いかけに誰も答えない。

暫くして、のろのろと体が動き出す。

子を。

グリゼルダよりも先に、我が子を手に入れなければならない。

自分のものにはならないグリゼルダが、負けて悔しがるのを見るために。

どれも同じにしか見えない女達を眺め、ハインツは強く目を瞑った。


これにて完結となります。

彼らの近い未来は、後日談にする予定ではいますが、何を書いて何を書かないかを考え中ですので、少し後にはなります。

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― 新着の感想 ―
さてはグリゼルダ、王太子のことものすごく大嫌いだな?まあ子供の頃からあんな扱い受けたら、殺したいほど憎むのは当たり前だろうけど。
子作り競走で負けたとて……グリゼルダは悔しがるかなぁ〜?って思いますね。作らせる為に煽っただけでは無いかと思うのですが。 別にどちらの子供でも教育は変えるつもりないでしょうし、どっちが勝ってもなんの結…
大変面白く読ませていただきました。ブラックな感じが良かったです。 断罪の失敗の模様とこの物語での乙女の動向気になります。 作者さんの前提が知りたい(笑)
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