3.三途の川・女神との出会い
2025年、12月31日、大晦日。
東京で雪が降り積もる珍しい夜だった。
俺の借りていた倉庫に、大型トラックが突っ込み爆発炎上。
吉備丸を救い出す為、決死の覚悟で炎上する倉庫へ飛び込んだ。
そして俺と吉備丸は、焼死した――。
◇ ◇ ◇
「ってな事があったんだけどさ、ここはどこなんだ。お前は誰だ」
「お客にお前は失礼でしょ」
俺は気付けば、どこか知らない河原に、吉備丸と一緒に居た。
目の前には大きな河。付近には紅い彼岸花と小石を積んだ山。
さらに船着き場には、小舟が置いてある。
「ここは、三途の川ってやつか?」
「まぁ、当たらずとも遠からずってところね」
そして吉備丸のカウンター席に、椅子に座っている女の子がいる。
10代のあどけなさの残る顔、例えるなら狐のような小ズルい雰囲気がある。艶やかな黒髪は背中まで伸びていた。
和風の着物――というより振袖だ。首元などにフワフワの白いファーが付いている。
「じゃあ、アンタは三途の川の渡し人か?」
「アタシは、女神よ」
「女神!?」
そういう肩書にしては、かなり和風に寄った見た目だが。
「アタシの趣味よ。文句ある?」
「……いやねぇけど」
女の子、いや女神は吉備丸のカウンターを慈しむように撫でる。
「――生前大切にしていたモノは棺桶に入れられて、一緒にやってくるのが常だけど……屋台は初めてだわ」
「俺は別に火葬された訳じゃねー……言われれば、近いもんだが」
「それで、これは何が食べられる屋台なの?」
「ん? これはな……ラーメンだ!」
「へぇ……今時、屋台。それも手引きなんて珍しいわね」
「いずれはバイクで引けるように改造するつもりだったけどな」
吉備丸を見上げると、生前と変わらない傷一つ無い美しい姿に――思わず涙した。
「はぁ……しかし俺の人生もここまでか」
「そういったのは後にしてちょうだい。じゃあ、ラーメン1つ貰えるかしら」
「喜んで! って言いたいけど、なんの準備も――できてる」
空だったはずの屋台の厨房には、動かないよう固定できる金具の付いた銀色の寸胴、綿を茹でる用の鍋。特製醤油ダレが入った陶器のツボ。他は割り箸、卓上調味料のコショウなどの小物。
いつも頼んでいる製麺所の箱に入った麺まである。
寸胴と鍋のフタを開けると、既に適温まで温められている。
「一体……アンタがやったのか?」
「いいえ。それはこの屋台が、覚えていてくれたおかげよ」
「うん?」
「そんな事よりラーメンできるの? できないの?」
「――へっ。よく分かんねーが、客が居て屋台もあるならっ」
懐から手ぬぐいを取り出す。これをいつものようにデコに巻いて締める。
「ラーメンをお出しするのがプロよ!」
まずは茹でる為にステンレス製の湯切りザルを仕掛ける。
そこへ麺を投入、キッチンタイマーをセットする。
その間に俺は他の用意をする。
まず特製の醤油ダレを1杯掬い、これに入れる。
寸胴へ大きなお玉を入れ、表面に浮いた脂と中身のスープが均等になるように救う。
これが多すぎると脂っぽくなって味がボヤけるし、少ないとコッテリ感の無いラーメンに仕上がってしまう。
ピピピッ――。
「――ふっ!」
タイマーの音と共に熱湯から上げた湯切りザルを、頭上から一気に下へ向けて――1回だけ、振るッ!
ビタッと止めて、余分な湯を全て振り落とす。
これが半端だと、せっかくのスープの味が薄まってしまう。
「……よし」
茹で上がった麺を流れるようにスープへと入れたら、最後に具材を乗せていく。
ワカメ、メンマ、特製チャーシューに、醤油ダレに漬け込んだ半割りの味玉。
「おあがりよ!」
出来上がったラーメンを、カウンターへと置く。
「ようやく出来たわね」
そんな口調とは裏腹に、女の子はラーメンから立ち上る湯気を香るだけで――笑顔になる。
「美味しそうじゃない」
卓上より割り箸を取り出し、割る。
その箸で、琥珀色のスープに沈んだ縮れた麺を引き上げ――片方の手で髪をかき上げつつ、小さな口へと運ぶ。
「ズルッ、ズルルルッ」
豪快な音を立てながら、すする。
その姿は――微笑ましいほど愛らしく想える。
「すぅ――」
さらにレンゲでスープの味を確認しつつ、また麺をすする。
「ズルルルッ」
合間に具材を食べながら、女神は最後に――丼を持ち上げ、中身のスープ全て完食した。
その豪快な食べっぷりに、思わず俺もびっくりだわ。
「……美味しかったわよ」
「そりゃどーも」
身体が火照ったように、頬が赤く染まり少し色っぽくなる女神。
「まぁ人生で最後のラーメンも作れたし、俺も気兼ねなくあの世に行けるわ」
女神は丼を静かに置くと、周りの風景が止まる。
風でなびいていた彼岸花も、河の流れも、すべてが止まる。
最初は目の錯覚かと思ったが――。
「……あの世? いいえ。アンタが行くのは――異世界よ」
女神がそう言った瞬間――。
ここで、俺の意識は暗転した。
◇
「ハッ、ここはどこだ」
目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中。
鬱蒼とした木々に囲まれ、青空は小さくしか見えない。
段々と意識が回復していくにつれ、後頭部に何か柔らかいものが――。
「いつまで寝てんのよ」
膝枕をしてくれていた主が立ち上がり、そのまま硬い地面へと直撃する。
「いってぇッ!」
「吉備丸、美味しいラーメンを食べさせてくれたお礼に祝福をあげるわ」
そういって女神は、吉備丸の車体に口づけをする。
何をしているだ、と思っていたらその時、車体全体がぼんやりとした光に包まれた。
「なんだなんだ一体」
「アタシが持つ権能の1つ、祝福を与えたの。これで吉備丸は、世界一の屋台になったと言っても過言じゃないわ」
「へぇー」
「そして、最上彦丸。アンタには――」
女神は、俺に近づいてきた――まさか。
さらにまだ地面に座っている俺に少し屈んで、両手でしっかり俺の顔を持つ――小さな手から、じんわりとしたぬくもりを感じ……ガラにもなく緊張する。
「――これをあげる」
――バシッ!
「痛っ!?」
右頬を、思いっきりビンタされた。
「なにすんだよ!! キスじゃねーのかよ!」
「アンタに祝福なんかあげないわよ」
頬をさすっている右手、その甲が何やら熱い――。
「なんだ……なんだこれ!?」
右手の甲には、『365』と書かれた黒い文字が浮かび上がり――すぐに消えた。
「365日後に、ある条件を達成できなければ死ぬ呪いよ」
「はぁ?」
「ふふん――アタシね、この吉備丸って子が気に入ったの」
「はい?」
「アンタには聞こえないでしょうけど、この子は凄い良い子よ。気立ても良くて、アンタが気絶している間もずっと心配してた――普通、付喪神って何十年も大切にならないと発生しないのに、たった1か月ほどでもう準付喪神くらいにはなってるわ」
「ま、まぁ吉備丸が完成してからは、もうずっと一緒にラーメン作って売ってるからな」
「それよ!」
「うおっ」
俺の鼻先に、女神の指が突き付けられる。
「アンタと吉備丸が作ったラーメン、気に入ったわ」
「それはまぁ、ありがとよ」
「だから――次死んだら、神界でアタシの為にラーメン作って貰うわよ」
「えっ」
腕組みをしてエラそうな態度で、そんなことを言われ俺も呆気に取られる。
「といってもタダ死んだだけじゃアタシのモノにならないの……この祝福と呪いは、アタシの先行予約ってことね」
「いや、お前……」
「アンタが1年以内にしなければいけないことは1つ!」
再び俺の鼻先に、今度は人差し指を1本上げて突き付けられた。
「この世界の通貨で金貨10万枚! 日本円換算で約10億円!」
いきなり現実味の無い金額を宣告され。
「これは転生させてあげた代金よ。これをラーメン売ったお金で、アタシに奉納すること!」
勝手に転生させといて。
「さすれば、その祝福は吉備丸のモノになるし、アンタの呪いも清算され消えるわ」
そんな無理難題を押し付けて。
「いや、ちょ……」
「そういう訳で。このアタシの管理する世界、“ミコト”でアンタらが上手くいかないことを、神界より祈ってるわ」
「だから!」
「じゃーねー♪」
女神は手を振り、そのまま消えてどこかに行ってしまった。
後には、俺と吉備丸だけが取り残された。
「いきなり言われてハイそうですかって……」
とは言っても女神は既に居ない。
こうして俺と吉備丸は異世界に取り残され――いきなり10億円の借金を得たのだった。
「――納得できるかッ!!」
だが俺の叫びは、この深い森の中へと虚しく消えていく――。
これが約75日前の出来事だ。




