【閑話】鬼戦車の面影
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「T-34……いや、A-20……?」
車両に近寄ったミカは前世の記憶を刺激され、皆が知るはずのない名前を思わずつぶやいてしまう。
ハリコフ機関車工場 T-24
車体長5.8m
全幅2.6m
全高2.4m
戦闘重量:17.9t
乗員数:4名(車長兼砲手、装填手、操縦手、無線手)
主砲:M1924 45mm戦車砲
口径:45mm
砲身長:46口径
砲口初速:760m/s
装甲貫通力:70mm/90°@100m、60mm/90°@500m
装甲
砲塔正面:25mm+防盾(曲面)
砲塔側面:25mm60°
砲塔天蓋:16mm
砲塔背面:25mm45°
車体正面:20mm30°
車体側面:20mm50°
車体背面:16mm50°
車体上面:16mm
車体下面:5mm
エンジン:ハリコフ機関車工場 "V-2" 自然吸気水冷V型12気筒4ストロークDOHC4バルブ
最高出力:450hp
最高速度:72km/h
「われわれが戦っている北寄りの戦線ではフランスの兵器がよく見られるのですが、南側ではロシアの兵器が主力になっているようです。この車両も、そこで鹵獲した物と聞いています」
「日本の戦闘車みたいに車体正面上部がきつく傾斜してるけど、側面装甲も傾斜してるのは珍しいんじゃない? ミカ」
「……あ、うん。そうだね……」
すごく懐かしい気持ちになってぼーっとしていたミカは、キャロリンの言葉に生返事で返した。
「このクルマ、発動機が車体の半分を占めてるんですよ。戦場ではとんでもない速度で疾走していたという目撃情報もありますので、本土に送っての性能試験が今から楽しみなんですよね」
「ということは、装甲厚はそれほどでもない?」
「ええ、近距離であれば英軍の2pdr砲で正面から撃破できたと聞いています」
名前こそT-24であるが、ミカがつぶやいた通りこの車両は史実のA-20に相当する兵器であり、クリスティー戦車の系譜である。そのため、広大なロシアの大地を駆け抜けるための大速力が求められ、車重に見合わない大型大出力ディーゼルエンジンが史実のように搭載されていた。
「じゃあ戦略的には手こずらされるかもしれないけど、戦術的には問題ないかな」
「……これ、もっと装甲と火力に振って、速力を抑えたやつが出てくるよ」
キャロリンが楽観していると、横でじっとT-24を眺めているミカがぼそりと警告する。
「おお、ミカはそう見る」
「速度が出るから偵察戦闘車に見えるかもしれないけど、この大きさは立派な中戦闘車だよ。これは後で絶対装甲厚くして主砲を太くしたやつが来る」
なんせ史実では車体正面が倍以上厚くなり、主砲も野砲級75mm砲を備えるT-34が出たのである。日本軍を中心に兵器の発展が加速されているこの世界線なら、スペイン内戦前半の戦訓を受けて装甲と火力を強化してもおかしくない。
「そっかー。ミカの勘は当たるからなあ」
「まあ、根拠のない勘でしかないから、上を動かすのは難しいかもしれないけど……」
「少なくともうちらが備えることはできる。そうでしょ?」
渋い顔をするミカを、キャロリンは機嫌よく励ました。
前述のとおり、共和派が最後の大攻勢を準備していること自体は自然なことであるし、イタリア空軍による航空偵察や、チベット諜報僧からの情報もこれを裏付けている。
「ロシアの快速戦車の装甲を、倍以上に強化した新型戦闘車が現れる可能性がある、か」
士官学校の1年先輩──忘れがちだが、幼馴染のキャロリンとは同期ということになる──のツェテン・ダワ少佐に、ミカとキャロリンはロシアもフランスのような重装甲車両繰り出してくるはずだという予測を打ち上げた。
「うん。明らかに戦闘車としてあの性能はいびつ。普通は小さくて非力なエンジンにするか、強力な火力と装甲を持たせる。だから、ロシアが共和派に送り込んだT-24って戦闘車は先行量産品で、もっと火力があって装甲が厚い本命が控えてると思う」
新型戦車が出てくるなら、当然、来るべき最後の大攻勢に投入されるだろう。見た目はT-24と大差ないと思われるから、いつものノリで40mm級火砲で迎撃し、ことごとく通用しなくてパニックに陥ることも考えられた。
「まあ、ミカの勘はよく当たるからなあ……理論的にも一定の説得力があるし、ロシアの新型重装甲戦闘車が南部戦線に投入される可能性は十分あるだろう」
「で、ミカならどうする? 普通に戦うなら、穿甲榴弾を撃つか、待ち伏せして側面から殴るかって感じだけど」
ツェダがミカの予想にある程度の妥当性を認めると、キャロリンがミカに新型戦車の対処法を聞く。
「私も待ち伏せを主体として戦うのがいいと思う。とくに、あの戦車は車長が砲手を兼任しているから、周りを見ながら戦うのが難しいはず。無線も全車に乗ってるわけじゃないみたいだから、正面の囮部隊で気を引いて、側背面をとって撃滅するのを徹底したいかな」
鹵獲された車両だけかもしれないが、車内を見た感じ無線機は載っていなかった。砲塔も二人乗りのようだし、視察装置にも乏しい。時間的にT-24から大規模な改修は行えないと考えると、この世界のT-34もカタログスペックは優秀だろうが、かゆいところに手が届かない戦車になっていそうだ。
「そうなると、ハルダウンができる戦闘車用陣地を各所に作っておき、最初に接敵した部隊が囮となって気を引けば、側面から別部隊が射撃したり、ドイツ軍の88mm対空砲が狙撃してくれたりでどうにか撃破できるというわけだな」
ミカの分析を基に、ツェダが防御陣地の構築方針を決める。地形を生かした防御戦闘なら、チベット軍人は列強にも負けない自信があった。
「でも……今の私たちは国粋派の数少ない機動戦力。実際には自分たちの作った陣地で戦えることは少なくて、救援要請を発した味方のもとに駆け付けて撃ち合うことが多くなるんじゃない? そうなると、防御陣地みたいなわかりやすく利用できるものが近場にない状態で戦うことになりそう」
ここでキャロリンが自分たちの立場から取りうる戦術について再考察する。戦車部隊のような足が速くて火力と突破力のある部隊は、往々にしてよその火消しに投入されることが多々あるものだ。そうなると、自分たちの土俵ではなく、救援部隊が作った舞台の上で踊ることになるだろう。
「そんな気がする。だから、車体を隠すこと、味方を頼ること、味方を助けること。この3つを軸に、落ち着いて戦うことが重要なんだと思うよ」
あとは、せっかく全車両に装備されている無線機を活かして、小隊ごとに「金床とハンマー」を実践する練習をできる限りやっておくことだろうか。難しい戦いになることが予想されるのに、ミカは不思議と、気持ちが昂るのを感じていた。
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