帝国人繊幻樂団
というわけで、発動機の方ではなく、祖業の方で前話が必要だったのでした。
帝国人造繊維と日本楽器製造は、単なるメーカーとサプライヤーの関係ではない。
確かに日楽は帝国人繊にAFRP製恒速プロペラやウッドパネルのような内装部品などを供給しており、そこから見れば日楽は帝国人繊のサプライヤーであると言える。
一方、帝国人繊はこのAFRPプロペラを作るためのAFRPプリプレグのほか、弦楽器用のナイロン弦や木管楽器用のプラスチックリードなどを日楽に供給しており、そうした意味では帝国人繊もまた日楽のサプライヤーであると言えるのだ。
「うーん、もうちょっと売れると思ったんだけどなあ」
「何がですか?」
「音楽用品。リードとか、弦とか」
文子の質問に、自社の製品別売り上げ報告書と、日本国内の楽器の売り上げの統計資料を見比べながら耀子が答える。
「もとからあまり売れない想定でしたけど、それよりさらに売れてないんですか?」
「うん。弦楽器の売り上げに対して、ナイロン弦の売り上げがいまいちなんだよね。プラスチックリードは……まあ消耗品じゃないから、こんなもんかなって気もするけど」
もともと、大した売り上げが見込めない分野である。そんなことは誰もがわかっていたから、生産力に対する投資は必要最小限とし、あまり数が出なくても赤字にはならないように配慮されていた。とはいえ、利益が出るに越したことはないし、売り上げ目標に届かないのも気にはなるのである。
「もう聞いてくださいよ山階さ~ん」
耀子がさっそく鈴木商店の販売担当者に話を聞きに行くと、開口一番彼女に泣きついてきた。
「あ~はいはい。なるほどね」
「まだしゃべってませんけど!?」
話を聞かずに勝手に納得する耀子に、販売担当が突っ込みを入れる。
「そういう反応をしてくるということは、どんな状況か大方想像がつくんだよ。どうせうちの弦やリードは『音が安っぽい』とか『広がりがない』とか言われて嫌厭されてるんでしょ?」
そう。樹脂製品──当たり前だが、化学繊維も樹脂製品である──は概して安っぽいという評価を下されがちだ。例えば、自動車の内装の質感を表現する言葉に「プラスチッキー」というものが存在するなど、概して樹脂製品には安物のイメージがついて回るのである。
「そうなんですよ~。実際に演奏して見せても『やっぱり葦のリードの方が温かみがある』とか言われるんです~」
「あれ? 確か日楽さんの試験では葦のリードやガットの弦に比肩する性能が出ているって聞いたような……」
「よく覚えてるじゃん文子さん。その通りだよ。うちのプラスチックリードやナイロン弦は、ベンチマークとなる海外製の天然素材リードや弦と同等の特性を持っていると評価されている」
帝国人繊も独力でリードや弦を開発したわけではない。日頃の付き合いを生かして日本楽器製造の音響研究室の助力を得ており、その都度試作品を評価してもらいながら設計に際して助言を受けていた。
「ですよね。じゃあなんて音が安っぽいなんて言われるんでしょう……」
設計者もずぶの素人ではなく、日楽が場当たり的に買収した西山楽器の元従業員を起用するなど、品質的には十分なレベルまで到達しているはずの製品群なのである。
「まあ、プラシーボみたいなもんかしらねえ……」
「プラシーボ?」
耳慣れない単語を聞いたので文子が聞き返した。プラシーボ効果が報告されたのは史実では1955年のことなので、彼女たちは知らなくて当然である。
「あー、えぇっと……簡単に言うと、思い込みのせいで本当にそんな感覚に陥る、みたいな。例えば、ただの飴玉でも、お薬ですって渡されると、本当に効いてきた感じがしちゃうみたいなやつ」
「つまり、樹脂のリードですって言われてるから、安っぽそうだなって思いこまれて、本当に安っぽい音がしてるように聞こえてしまう……って、コトですか?」
「そうそうそういうこと」
販売担当の言葉を耀子は肯定した。
「そうなるとやっぱり」
「実演販売しかない、よね……」
樹脂製発音体の音が天然素材製発音体のそれと遜色がないことを示すためには、それが一番手っ取り早い。
「作りますか。帝国人繊幻樂団」
「え、自分たちで楽団を組織して、演奏会をするんですか?」
「そうだよ」
販売担当の質問に、真に迫った声色で耀子は答えた。
「すっごくお金かかりそうですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないんだけど、私にも外聞ってものがあるからさ。そろそろ貴族らしくパトロンっぽいことをした方がいいかなと」
「それはすでに四海堂印刷があるような気もしますが……」
四海堂印刷所は元々小栗虫太郎の経営する小さな印刷所だったが、耀子の出資と発案によってTRPGやそのリプレイ、ボードゲームなどをリリースする、この時代では異色の出版社に成長していた。
「あそこはもう自力で利益を出すところまで行っちゃってるから、パトロンって感じではないような気がしてね」
「そういわれてみるとそんな気もしますね……」
四海堂印刷所には所長の小栗のほかに、海野十三やハワード・フィリップス・ラヴクラフトなどが所属し、日本国民に新しい娯楽を提供している。この時代ではブルーオーシャンであるテーブルゲーム市場を開拓し、先行者利益を得ている関係で、経営状況は良好であり、耀子との関係は庇護者というより大株主という見られ方に変わりつつあった。
「よし、まずは秘書課と警備課に声をかけて、希望者を募るか。華族や士族の子女なら弦楽器ぐらい習ってるだろうし、警備課も退役軍人なら信号ラッパの経験ぐらいはあるでしょ」
「そうですね。私は棒術の心得しかありませんが、部下に琴ぐらいなら弾ける子がいますし、聞いてみますよ」
このような経緯があり、自社製品の宣伝を目的として、帝国人造繊維に小規模な管弦楽団が設立されることになる。名称も耀子の強い希望で「帝国人繊幻樂団」──「帝国歌劇団」も彼女の中で一瞬候補に挙げたらしいが、オペラやミュージカルは上演しないので没にしたらしい──とされ、演奏会の開催に向けて動き出すことになるのだった。
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