星帽キャリイ
東京、帝国人造繊維本社オフィス。
「何見てるんですか?」
「市場品質情報。キャリイの奴」
秘書の佐藤文子に聞かれた山階耀子は、書類から目を離さずにそう答えた。
「この前のやつですか?」
「うん。どんな不具合が報告されてるのか、どの程度の数なのか、まずはそのあたり知っておかないとと思って」
耀子の目指すところは、史実の赤帽車、いわゆる赤帽サンバーである。当然ながら、赤帽サンバーに施されていた具体的な改良点については知らないため、とりあえず故障しやすいパーツを頑丈にした仕様を用意することを考えていた。
「んー……田宮さんが言う通り、確かにエンジントラブルが多いなあ」
「そこの山が全部発動機の故障ですか?」
文子が机の上に置かれた書類の一山を指さす。
「そう。重いものを運ぶためにファイナルの減速比を大きくしてるから、普段からエンジンをかち回してるの。だからその分ほかの乗用車よりも負荷が高くて、壊れやすいみたい」
「燃費もその分悪いでしょうしねえ……」
そうやって不具合情報を整理していくと、エンジン、シート、足回りに不具合が集中していることがわかってきた。
「シートも不具合が多いんですね」
「たぶん、一度の走行で複数の場所にものを届けるとき、目的地に着くたびに乗り降りが発生するでしょ? その分頻繁に座面がお尻で摩擦されるってことなんじゃない?」
そうして整理したデータを持って、後日、耀子はくろがね重工業を訪れるのだった。
「そうですね……発動機の故障が多いことは認識してましたが、おっしゃる通り要因を分析してみると長距離高速走行が原因だったので……」
「無視してたってことね?」
「はい」
キャリイの不具合はエンジントラブルの割合が多いことを耀子に質問され、くろがね重工業の蒔田鉄司は想定していた使われ方と違うから、特に対応していなかったと答えた。
「まあ確かに、キャリイの想定される使われ方は農村での貨物運搬で、広い道路を何十kmもかっ飛ばして遠隔地にものを届けるようには作ってないけど……」
「それに、故障率そのものは同じ軽規格のウィズキッドと大差ないですよ。大多数のお客様は現状のキャリイに満足されているという調査結果もありますし、わざわざ対応すべきかというと……」
蒔田は耀子の提案に反対と言いたげな意見を出す。少数の変な意見を出すユーザーのために、わざわざ工数を割くことは商売上あまり得策とは言えない。
「そうね。私も、キャリイ全体に対策を施すべきとは考えてない。だけど、長距離輸送にキャリイを使いたい人向けの特別仕様車は用意してもいいんじゃないかな」
「特別仕様車、ですか」
「ジムニーにも四独仕様と車軸式仕様があるでしょ? あんな感じで、キャリイも現在のいわば『農村仕様』に加えて『長距離仕様』を用意すべきなんじゃない?」
この世界のジムニーは、ラリー・モンテカルロに出ることを想定していたため、当初は板バネを横置きしたダブルウィッシュボーン式四輪独立懸架がおごられていた。
しかし、いざ市販されるようになってみると、過積載などによる足回りのトラブルが(特に陸軍で)頻発したため、あとから車軸式仕様を追加したという経緯がある。
現在の販売割合は四独:車軸=2:8と言ったところで、すっかり車軸式の方がメインになってしまった。四独仕様を選ぶのは、ラリー・モンテカルロでの活躍が忘れられない熱心なジムニーファンか、豆腐のような崩れやすいものを運びたい運送業者だけのようである。
「うーん……」
「ちょっと真面目に市場調査してみて。特別仕様車なんだから、多少値上げしてもいい。打つべき対策と優先順位はここにまとめてあるから、原価と相談しながら仕様を検討しましょ」
後日、くろがね重工業の営業部員たちが、主に都市部でキャリイを運用している人々に話を聞いてみると、口をそろえて「長距離向けのキャリイが欲しい」と訴えてきた。潜在的な需要は十分にあると判断され、めでたく長距離仕様キャリイが開発されることが決まったのである。
数か月後。静岡市長沼にて。
「お疲れ様です、田宮さん。この前納入させていただいた特別なキャリイはどうですか?」
「お疲れ様です。いやあ、あのキャリイは当たりですね。説明書通りの整備間隔でも、今のところ故障していませんよ」
耀子はわざわざ田宮自動車商会を訪れ、直接田宮に話を聞きにきていた。
「それは良かったです」
「整備員も『こいつは手間がかからなくって助かる』と喜んでいました。どんな魔法を使ったので?」
どうやら、田宮自動車商会では、メンテナンス間隔を説明書の指示より短くすることで、キャリイの故障率が下がるようにしていたらしい。その手間がなくなったので、整備員は楽ができるようになったということだ。
「魔法というほどのものではないですが……あのキャリイのエンジンは選別品や強化品を使って組まれているんですよ」
「強化品はわかりますけど、選別品……量産した部品の中から、特に出来がいいやつだけを選んで組んでるってことですか」
「そうですね」
田宮からの問いに、耀子はこともなげに答える。
「そりゃあ大変ですね……なんでわざわざそんなものをうちに?」
「もちろん、田宮さんにはいつも無理を聞いてもらってますから」
「いや~ありがたいことで……いつもひいきにしてくださって、ありがとうございます」
思えば出資の話が来たことといい、妙に帝国人繊は田宮自動車商会に好意的だった。田宮にはその理由がいまだにわからないが、優しく接してもらえるのはうれしいし、それに対して誠意をもって応えたいという気持ちも出てくるものである。
国と鈴木商店のバックアップがあったとはいえ、帝国人造繊維が急速に拡大できたのは、耀子がサプライヤーに対して丁寧に接していることも一因なのではないかと田宮は思った。
「田宮さんのところでのフリート試験がこのままうまくいけば、この特別なキャリイを全国で販売しようと思っています」
「それはいい。ぜひそうしてください。ほかの運送業者も喜びますよ」
「そこでちょっとお願いがあるのですが、田宮さんにもこのキャリイの促販を担っていただきたくてですね……」
そういって耀子はどこからかメモと色鉛筆を取り出し、赤と青の正方形に白抜きで星が描かれたロゴマークを描く。
「このマークを田宮さんちの帽子とキャリイに表示していただけないかなあと……」
「はあ……これは、どんな意味があるので?」
事情が呑み込めない田宮は、耀子にその行為の意味を聞いた。
「端的に言えば、ブランド化したいのです。『田宮さんちのキャリイは、長距離を走っても故障知らず! それはくろがねから特別仕様のキャリイを卸してもらってるから!』みたいな……」
「あー、なるほど……」
「名付けて、星帽キャリイ、なんて……」
妙に照れ臭そうに耀子が言う。史実の赤帽サンバーのようなブランドイメージを築き上げたいというのは事実だが、田宮に例のロゴを使ってほしいという耀子の個人的な趣味も入っていた。
「星帽キャリイ! いいですね、是非やらせてください」
「いいんですか!? ありがとうございます! 帽子代と塗装代は弊社負担でやらせていただきます!」
耀子は嬉しそうに深々と頭を下げる。あとは彼をどうやってプラモデル事業に参入させようか、彼女は考えを巡らせるのだった。
私事で大変申し訳ありませんが、生活習慣をガラッと変える必要が生じております。すべての連載作品についてしばらく更新が不定期になるかと思いますので、続きは気長にお待ちいただけると助かります。
少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。感想とか頂けるともっと嬉しいです。




