装弾筒付徹甲弾
「装弾筒付徹甲弾……?」
「ええっと、こんな構造で……」
そういって耀子はAPDSの模式図を素早くメモ帳にスケッチして見せた。
「……ああ、フランスの塞環弾か。前に分析して『圧力を塞環で受けるから、砲弾を流体力学的な理想形状に近づけやすくなる』という結論を出したのだが」
実は、このくらいの時期にはフランスで装弾筒付の砲弾が発明されており、史実の日本軍もこれに興味を示して砲弾もしくは特許の購入を検討した形跡がある。とはいえ、現代のように「低い腔圧で高初速弾が撃てる」とは解釈せず、先ほど信熙が言ったような分析をして、結局購入しなかったようだ。
「……いわれてみればそういう使い方もできそうですね。でも今回はそうではなくて、先ほど言ったように矢のような細長い弾を安定して撃つための仕組みとして活用します」
確かに、砲弾で圧力を受けて弾帯でシールする一般的な砲弾では、砲弾後部(弾尾)をすぼまった形状(いわゆるボートテール形状)にすることが難しいため、飛翔中の砲弾後方の気流が剥離し、大きな空気抵抗を発生させる。装弾筒があれば、砲弾を流線形に整形し、空気抵抗を削減することで、最大射程距離を延長することができるだろう。
ただし、今回耀子が言いたいことの本質はここではないのだ。
「確かに、同質量同着速でより貫通力を高めようと考えるなら、口径はむしろ小さいほうがよく、質量をそろえるために長い徹甲弾になりますね」
「だが、そのような弾を小口径砲で撃とうとすると。腔圧が高くて設計が難しくなるし、弾薬も細長くなって取り回しが難しい……塞環を付けて、より大口径の砲から打ち出せば、そのようなデメリットも無視しやすくなるということだな」
原と信熙が、なぜ小口径大初速徹甲弾の成立が難しいかを確認する。これを本当にやってしまったのが史実ドイツ軍のパンツァービュクセ系統だが、いくら何でも口径が7.92mmでは小さすぎ、成功したとは言えない兵器になってしまった。
「はい。それをするにあたって、この九七式車載砲はうってつけな火砲ではないでしょうか。普通の徹甲弾の弾速がそんなに早くないですし、口径自体はかなり大きいですから」
そのような会話があり、後日早速弾薬を試作して装甲板に撃ってみようということになったのである。
「……ってぇ!」
号令とともに射撃体勢を取っていた八年式七糎両用砲──これの戦車砲版が、2型までの十二年式中戦闘車に搭載されていた十二年式車載砲である──が発砲し、遠方で土煙が上がった。
「……命中したようだ。様子を見に行くぞ」
そういって信熙たちは100m先の120mm鋼板のもとへ向かう。
「……見事に貫通しているな」
「九一式徹甲弾ではぎりぎり抜けない厚さですからね。貫通力は向上しているとみていいでしょう」
原と信熙がまじまじと装甲板を眺める中、耀子は手が汚れるのにも構わず装甲板の後ろの盛り土から弾を掘り出していた。
「すごいなあ。めしゃってつぶれてる」
通常の徹甲弾をはるかに上回る速度で装甲板にたたきつけられた徹甲弾は、高分子複合材料では考えられないような延性的な変形をしている。
「とりあえず砕けてないようです」
「まだわからんぞ、次は斜撃だからな」
砲弾を持ってきた耀子に対して、信熙はそのように告げた。
「確かに、真正面からの圧縮荷重には耐えられても、斜めからの曲げ荷重には耐えられないかも……」
果たして、装甲板を斜めに傾けて試製APDSを射撃したところ、計算上は貫通できるはずの装甲板を貫通できず、試験場からはへし折れた徹甲弾が見つかった。
「弾道に対して垂直に着弾すれば大きな貫通力を持つが、少しでも斜めになると過大な弾速があだになって、砲弾が砕けてしまうんだな」
「せっかくの成形炸薬弾に次ぐ新たな高貫通砲弾の設計案ですから、どうにか改善して実用化にこぎつけたいものですが……」
今日使われているAPDSはタングステンカーバイドを弾芯にしている。このため、圧縮強度が鋼鉄より高く、質量も大きいので高い貫通力を発揮できるのだが、信熙たちが試作したAPDSは鋼鉄製だったため、砲弾の強度が厳しいのだった。
「うーん、3つほど改善案がありますので、それを使いましょうか。1つは正直多用したくないのですが、こっちの方が正攻法だと思うので……」
そういって耀子は砲弾の改良案を信熙たちに伝え、再度試作と試射が行われることにしたのである。
「ふう、貫通してくれているようですね」
後日、120mm鋼板に撃角30°(弾道に対して60°)で改良型APDSを発射したところ、見事に貫通することができた。
「砲弾は……折れてはいますけど、一か所にまとまってますから、これは抜けた後に砕けたんでしょう」
「想定通り働いてくれて、まずは一安心だな」
原と信熙も、今回の結果を受けて新型砲弾の開発に自信を持つ。
「……しかし、あまり多用したくない砲弾ですね、これは」
「そうだな。運動エネルギー弾であるから、HEATより信用できるのは間違いないんだが、タングステンを使うのはな……」
耀子の言った「多用したくない正攻法」とは、現代のAPDSと同じようにタングステンカーバイドを材料に採用することである。この時代ではまだ使われ始めて間もない材料である上に、そもそもタングステンが貴重なので、資源供給量的にもコスト的にも不安が残るのだ。
「まあ、廉価版の全鋼鉄製APDSはラインナップに入れておいた方がいいんでしょうね……」
苦言を呈する信熙に耀子が言う。残り2つの改良点は、高強度連続繊維GFRPを砲弾に巻き、斜撃時にへし折れることを防止すること、普通のAPCと同様に軟鉄の被帽を弾頭にかぶせ、食いつきをよくしつつ弾頭が破砕されないようにすることであった。
「まあ、繊維強化樹脂による補強と被帽の追加だけでも、ある程度の効果はあったからな」
「廉価な全鋼製塞環徹甲弾と、タングステン弾芯塞環徹甲弾。この二本立てで運用していくのでしょうね」
その後、さらなる試験と小改良を経て、1938年中に全鋼製APDS「九八式徹甲弾」と、そのタングステン弾芯版の「九八式徹甲弾特甲」が制式化される。ただし、日本軍で使われている各戦車砲や対空砲向けに改めて砲弾を設計する必要があり、それが終わった後各部隊に必要数がいきわたるまでにはさらに時間を必要とした。
ただし、今回の一件で日本戦車には
・九四式榴弾(HE)
・九五式破甲榴弾(SAP)
・九一式徹甲弾(APCBC-HE)
・九四式穿孔榴弾(HEAT)
・九八式徹甲弾(APDS)
・九八式徹甲弾特甲(APDS)
の計6種類の攻撃用砲弾が設定されることとなってしまう。ここに発煙弾や照明弾などの補助的な砲弾も加わることから、砲弾の生産担当や各部隊の輜重部隊長、そして各車の車長は、どの砲弾をどれだけ生産・搭載するかに頭を悩ませることになるのだった。
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