前代未聞
さて、「未来の中戦車たる重戦車」の開発を請け負った日本産業──陸軍技術本部は105mm戦車砲の開発と十二年式中戦闘車の改設計を行っているため、しばらくは手が出ない──であるが、その前途は多難であった。
まず問題になったのが足回りである。日本産業にとって基準となっている九三式突撃車は、軽量なトレーリングアーム式トーションバーで作られていた。ところが、
「まあやっぱり折れましたね」
「こまったなあ。うちじゃトーションバーの開発なんてできんぞ」
既存のトーションバーの中で一番太い十二年式戦闘車3型用のトーションバーも、30t級車両を想定した荷重をかけると折れてしまうことが、案の定わかってしまった。
「転輪を千鳥足配置にして、トーションバー同士の間隔を詰めれば大丈夫なんだろうが……」
「陸軍に却下されましたからね。整備性の悪化が許容できなくなるって」
千鳥足式転輪配置は、外側の転輪が内側の転輪を隠してしまうため、整備性の悪化を招く。九三式軽戦闘車二型では、車体が小さく転輪の枚数も少ないので許容されたが、より車体の長いこの戦車では却下されることとなった。
陸軍での重戦車用トーションバー開発も提案されたが、其れこそ十二年式中戦闘車四型用、つまり20t級のトーションバー製造も時間がかかる見通しで、今の日本の金属工業力では30t級車両用トーションバーの製造は困難な見通しである。仕方がないので、信頼性の高いボギー式板バネに回帰することとなった。
このあおりを受けたのが車体設計である。
「ええ、トーションバーあきらめるんですか!?」
「必要な性能のトーションバーが用意できないんだ。しょうがないだろ」
そもそも車体が拡大され、装甲も増えたことで一から設計しなおし同然だったのである。そこに足回りチームからのトーションバー断念の報告。車体設計チームはまたしても設計のやり直しを強いられることになった。
「とはいえ、これで車体底面にハッチを作れるようになった。運転手を逃がしやすくなる」
伝統的に、この世界の日本戦車はドライバー用ハッチが存在していない。そのため、車両を放棄するとき、ドライバーが逃げ遅れて戦死することが多かった。
……そもそも、車体の最も前方に位置しているから、被弾時に既に死亡していることが多いし、実際、原や信熙も「死人を逃がすことはできない」と考えて、防御上の弱点を排除することを優先したのだが。
懸命な設計作業の結果、1937年中にモックアップが制作され、まずは一旦の方向性を陸軍と議論することになった。
日本産業 試製重戦闘車モックアップ
車体長5.5m
全幅2.9m
全高2.5m
乗員数:5名(運転手、車長兼無線手、砲手、装填手×2)
主砲:十年式十二糎加農砲
口径:120mm
砲身長:5.4m(45口径)
エンジン:帝国人造繊維"C099B" 強制ループ掃気2ストローク強制空冷水平対向8気筒
最高出力:326hp/2600rpm
最大トルク:100.0kgm/1600rpm
「でけえ砲塔だな……」
試験にやってきた騎兵科兵士がそう口にする。この時代の戦車砲として12cmカノン砲は他に類を見ない巨砲であり、これを収める砲塔も非常に大きくなっていた。
「これ、30tに収めるつもりなんだよな?」
「砲塔正面120mm、砲塔側面75mmだろ? 車体正面はすごい傾斜して装甲厚を抑えているが……」
「俺にはどうにかなるとは思えねえなあ……」
そんな感想を漏らしつつ、騎兵科戦車兵たちはモックアップに乗り込み、各種戦闘動作を確認していく。
「気をつけろよ、車長を殴り倒さんようにな」
「はい」
巨大に見えた砲塔だったが、それでも中に4人入ると案外狭い。装填手が装填動作の確認中、弾薬で車長を薙ぎ倒しそうになった。
「それ、何kgあるんだ?」
「33.5kgであります!」
興味を持った車長が聞くと、尾栓の模型にどうにか弾薬の模型を叩き込みながら装填手の片方が言う。
「おいおい、十二年式車載砲でも7kgぐらいだろ。そりゃあ大変だ」
「自分、野戦重砲兵連隊に先輩がいるんで、その人に十二糎加農の装填のコツを聞きに行ったんです」
装填作業を終えて一息入れた装填手は、汗を拭きながらそう言った。
「おお、その野重の先輩はなんて言ってたんだ?」
「そんなもん、二人で息を合わせて装填すりゃいいんだよ、あとは気合いだって、言ってました」
「そりゃあ屋外ならそれだけでいいだろうが……」
車内を見渡しながら車長が渋い顔をする。これまでの戦車に比べれば格段に大きい車内空間であるが、完全薬莢式である12cm砲の弾薬を取りまわすにはさすがに不足していた。
「野重の先輩には悪いですが、これじゃ参考になりませんでしたね……」
このように、1回目の試験では大量の指摘が行われた。対応に苦慮した日本産業は、自力での解決をあきらめ、帝国人繊グループにも応援を要請することになってしまったのである。
※野戦重砲兵といちいち読み書きするのが面倒なのか、野重と省略することが本当に行われていたようです。例えば、史実で信熙が率いた野戦重砲兵第7連隊の戦友会の名前は「野重七会」です。
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