焦る貴公子
貴族院議長近衛文麿は焦っていた。
1927年に研究会を離脱し、新進気鋭の議員を多数連れて火曜会を結成したとき、あの組織はもう終わったと思ったものである。
(鷹司……政治に興味のないただの学者かと思ったが、ここまでの政治力を発揮できるとは……)
ところが、これに対して研究会は、近衛に近い家格と、頼まれたらいやとは言えない人の良さから華族達に慕われていた鷹司信輔を担ぎ上げ、彼のもとに再度結束する対応を見せた。
(僕は革新的な主張をする分敵も多い。強力なカリスマはないが、地味で穏当な鷹司は、お偉方の覚えもいいんだろう)
信輔自身も積極的に文化政策にかかわるようになり、佐渡朱鷺保護機関の拡充や琉球野生生物保護機関の創設、大学や理化学研究所といった研究機関の予算拡大に尽力。ついには文部大臣の座まで射止めてしまった。
(そういう意味では、西園寺公望を蔑ろにしたのは失敗だったかもしれない。僕のことをやたら持ち上げてくる上に、時代遅れなことしか言わないから、それと決別するような路線を歩んできた。でも、今の元老や、それに準じる人々は、どちらかというと、僕よりも鷹司の方を好みそうな人が多い)
伊藤博文や原敬といった政界の重鎮は、耀子の介入によりこの世界線では暗殺されていない。しかし、彼らも老いには勝てず、すでに亡くなっている。このため、元老と呼べるのは史実通り西園寺公望一人だけだが、天皇からの「後継首相の下問」をされる人物はほかにも何人かおり、一般には以下の人々であると認識されていた。
・重臣
(・清浦圭吾)
・牧野伸顕
(・高橋是清)
・斎藤実
・鈴木貫太郎
・横田千之助(?)
・宮内大臣
・枢密院議長
これらのうち、清浦と高橋は高齢のため半ば引退気味であり、横田千之助は資格こそ十分であるものの、実際に後継首相を下問されたことがないため、本当に重臣扱いされているのかは不透明である。
この顔ぶれを見ると、近衛より信輔を推薦しそうな人物が多いのがわかるだろう。
(不安定な国際情勢に対して、国力を高められる革新的な指導者を、国民は求めている。これをどうやって重臣や元老にわかっていただくか……)
などと近衛は考えているが、彼の支持層より多く、日本には安定と自由を求めるサイレントマジョリティが暮らしているのである。憲政の常道なども考慮すると、元老や重臣が後者の人々を重視するのは当たり前のことであった。
一方の信輔は、文部大臣になってから頻繁に耀子のもとを訪れている。
「最近、佐渡朱鷺保護機関の予算削減を求める声が大きくて……」
「あれ、元々は害鳥扱いされてたんでしたっけ?」
信輔が深刻な顔をして、トキの保護に反対の声が上がっていることを耀子に相談した。
「そうなんだよ。田畑を踏み荒らすってことでね。スズメやサギと並んでトキが憎いと歌う地方もあるくらいなんだ」
「スズメはわかるけど、サギもなんだ。まあ、サギも嫌われてるなら、似たような生態のトキも嫌われるよねえ」
こうしてトキの話をしていると、前世で有名だった世紀末格闘ゲームで、同名のキャラクターが強すぎることがネタにされていたのを思い出す。
「まあそれだけじゃなくて、人間ですら食うに困ってる人もいるのに、畜生を保護するなんて何事だ、みたいなことを言う人がいて……」
「んー、じゃあ人間を食わせるのに役に立ってると思わせればいいんじゃないですか?」
脳内でトキを擬人化した少女のコンボ映像をわきにどけながら、耀子はそのような提案を出した。
「人間の役に……? まあ確かに、トキは生臭いけどおいしいと言うし、羽毛も美しくて保温性も高いよね」
「それです。トキの保護を通じて、養殖技術を開発していると主張するのはどうでしょうか」
「そうか、それがいいね。ありがとう耀子さん」
「いえいえ。同じ論法でアホウドリの保護活動も擁護できると思いますから、芳麿さんの研究所にも予算をお願いします」
夫の本業への援護も忘れない。帝国人繊グループはESG活動の一環として、鳥の保護活動に資金を出している。政府にも少し位負担してほしいのだ。
「そうだね、大丈夫だと思う」
「お願いします……ところでせっかくですから、別の鳥の家畜化も試みてみませんか?」
「別の鳥?」
「エミューとか、ダチョウとか」
そういって耀子は、現代で試みられているエミューやダチョウの家畜化の研究を勧める。
「エミューとダチョウかあ……大きくて食べごたえはありそうだけど……」
「卵も大きいですし、前世では日本の動物園でよく見ましたから、飼育も簡単なんじゃないですか?」
「どうなんだろう、飼育技術が進んでいるから、よく見られるようになった可能性もあるし……」
鳥類学者としてテキトーなことは言えない信輔は、回答に慎重な姿勢を見せた。
「まあ、私も思い付きでテキトーなことを言ってるだけなんで、真剣に取り合わなくてもいいですけど、害鳥として駆除しようとするぐらいなら、牧畜しておいしくいただいてみたいなって思ったんです」
実はつい最近、史実より遅れてオーストラリアではエミュー戦争が勃発していた。陸軍を動員してまでエミューを駆除しようとする試みだったが、時速50kmで逃走するエミューに弾を当てるのは機関銃ですら容易ではなく、費用対効果が悪すぎて失敗している。
「うーん……まあ、オーストラリアはコモンウェルスなのに我が国との関係がよくないし、何かに使えれば……」
この時のやり取りがもとになり、日本はオーストラリアからエミューを輸入し、その牧畜方法を細々と研究するようになった。鳥類らしくない赤身肉と、大きな卵から作られる料理は、食通の間で評判になっているという。
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