おまけ 〜ダミアン視点〜
リゼット・モーリアック公爵令嬢に初めて会った時、彼女の可愛さに目が離せなかった。天使に恋をしてしまったと思った。とても可愛らしく目を惹く容姿。ハニかんだ笑顔も愛らしかった。
彼女に出逢い、国王陛下である父上に婚約者は彼女が良いと望んだ。希望通り、彼女が婚約者となったと聞いた時には、天にも昇る気持ちだった。婚約者となってから、彼女には優しく接し、大切にした。学園に入るまでは、頻繁に一緒に過ごし、幸せな時間を送れていた。
しかし、学園に通い始めて、環境が変化した。
王族との繋がりを求めて、纏わり付いてくる令嬢達が現れたのだ。婚約者であるリゼット以外の女性に興味はないが、有力貴族の令嬢達を邪険に扱うわけにはいかず、当たり障りのない対応を心がけた。
ある時、その内の1人、ドリアーヌ・クジネ侯爵令嬢が俺の腕に自分の腕を絡めようとしてきた。本来王族にそんな事をすれば不敬もいいところだ。だが、学園ではそこまで問題とならない。
なるべく身分を意識せずに平等に学生を扱う事が学園の方針として定められており、危害を加えたり、他人に迷惑ばかり掛ける様な行動をする、もしくは犯罪行為でない限りは甘く見てもらえて、学園内での言動・行動にはある程度の自由が保証されている。
昔、王族が学園に在籍中、誰も彼もが不敬を恐れ、更に高位爵の貴族には身分に拘った者も多く、問題が多発した過去があり、その様な方針が決められたのである。
その場にリゼットが現れ、リゼットに気を取られた隙をついて、クジネ侯爵令嬢に腕を絡められてしまった。それを見たリゼットは一瞬眉を顰めた様な表情をしたように見えたが、すぐに無表情となり、クジネ侯爵令嬢に淡々と苦言を呈した。
それに対して、クジネ侯爵令嬢は、「まぁ、嫉妬ですの? リゼット様は随分お心が狭いのですね。他の令嬢達がダミアン殿下とお話ししようとすることすら、許せませんの?」と返していた。
嫉妬……?
その言葉が妙に耳に残った。
クジネ侯爵令嬢は、リゼットは俺に近づく他の令嬢に嫉妬しているという。俺は初対面からリゼットが大好きで、彼女に懸想する者や仲良くなろうとする者達にずっと嫉妬していた。学園に入るまでは2人で過ごす時間が多く、リゼットが他の者に嫉妬しているのは見たことも聞いたこともなく、そんな単語とは無縁の存在だと思っていた。
リゼットと常に一緒に居たいのに、学園に入ると、半日は勉強に時間が取られ、休憩時間なんて僅かな時間しかない。さらに王妃教育もあるため、彼女と一緒に居られる時間が、どんどん減っていった。
だからこそ、彼女が他の令嬢に嫉妬するとのことに、自分への愛を感じられて嬉しいと思った。腕を絡められるのは不愉快だとキッパリ伝え、辞めさせたが、他の令嬢達が俺に話しかけに来ると、リゼットは優先的にこちらに来て、彼女達に注意する様になった。いつしか嫉妬してくれる事も嬉しく、リゼットに頻繁に会えることから、纏わり付く令嬢達は放っておくようになった。
ある時、ドリアーヌ・クジネ侯爵令嬢から提案を持ちかけられ、馬鹿な俺はそれに乗ってしまった。
「ダミアン殿下は、リゼット様の事をとても愛してらっしゃるんですね。リゼット様も他のご令嬢方がダミアン殿下に近づく事に嫉妬されていますし、お互い愛し合っていて、想い合っている関係はとても素敵ですわ! お2人の様な関係に憧れますわ。いつもリゼット様は私達に注意をしに来られるくらい、殿下への独占欲がおありですのね。殿下のことを本当に愛してらっしゃるのが、見ていてわかりますわ。でも、リゼット様はいつも私達への苦言ばかりで、殿下への気持ちについては皆様の前で発言なさらないのですね。……そうですわ! リゼット様を嫉妬させて、私達への苦言ではなく、殿下への愛する気持ちを口に出してしまうような策を考えましたの。試してみませんこと?」
その時の俺は、俺とリゼットの関係を素敵だと言われて調子に乗り、リゼットを嫉妬させて俺への愛を告白させるとの提案はとても魅力的に思えた。だから、それを受けてしまった。
リゼットに約束を取り付け、俺を探させる様にした。いつも裏庭にいるから、すぐに来てくれる事はわかっていた。
そして、クジネ侯爵令嬢から提案された案は、こうだ。俺とクジネ侯爵令嬢がキスしそうになっているところをリゼットに目撃させる。そしたら、リゼットはすぐに俺と彼女の間に割って入り、クジネ侯爵令嬢に苦言を呈すだろうが、俺が他の女性と近づくのは嫌だと本心も話してくれるだろうと。
もちろんキスについては、完全にフリで、これからキスをするという感じで、それまでは普通に話をしているところをリゼットに目撃させ、リゼットが近づいてくる時に、少しだけ顔を近づける程度だが、もしかしてキスをするのかと状況を勘違いさせるという内容だった。
その時の俺は、その作戦が成功してリゼットから愛の告白を受けれる事が楽しみになっていて、そんな試すような事をするのは間違っているということに気づかなかった。
決行日ーー
リゼットが裏庭に近づいた事に気づき、クジネ侯爵令嬢とキスのふりをしようと少しだけ顔を近づけたら、クジネ侯爵令嬢が両手で俺の顔を押さえ、キスをしてきた。声を出そうと口を開けようとしたら、より積極的なキスをしてきた。何が起こったのかわからず、一瞬呆然としてしまったが、すぐに我に返り、クジネ侯爵令嬢を自分から引き剥がした。すぐにリゼットの方を向くと、彼女は踵を返して走り去るところだった。
「リゼット! 待ってくれっ……違うんだ! リゼット!!」
大声で彼女を引き留めようとしたが、彼女は一度も振り返らず、その場を去っていった。すぐに後を追おうと走りだそうとしたところで、クジネ侯爵令嬢が声をかけた。
「残念。作戦は失敗ですわね」
悪びれもなく言う女を睨み、「ふざけるなっ! 貴様っ、覚えておけよ!」と、さらに俺に触れようとした手を振り払い、急いでその場を去った。
リゼットを探し、馬車停めまで向かったが、モーリアック家の馬車はすでになかった。すぐにモーリアック邸に向かったが、家令が出てきて、彼女は体調が優れないから今日はお引き取りをと会わせてもらえなかった。
自室に戻り、先程の出来事を振り返って、あの女には腸が煮えくり返る思いだった。リゼットにどう伝えるかも悩んだ。あれは不可抗力で俺が望んだわけではないが、リゼットを傷つけたであろうことは間違いない。なんでリゼットを試す様な提案に乗ってしまったのか。馬鹿な自分を恨んだ。あれこれと考えている内に、一晩経っていた。
翌朝、睡眠不足で食欲もあまりないが、ダイニングルームに向かうと父上からあり得ない発言をされた。
「昨夜、お前とリゼット嬢の婚約は解消された。1週間後に、国民に向けて婚約解消の発表を行い、婚約者のいない貴族令嬢達を集め、新たな婚約者を選定するお茶会を設けることを告知する」
「なっ! どういう事ですか、父上!」
「どういう事かは聞かなくてもお前が一番わかっているだろう。馬鹿息子が」
「あれは……。そもそも婚約解消だなんて、リゼットは納得してるんですか!?」
「婚約解消については、リゼット嬢の要望だ」
「そんなっ……彼女は俺の事を愛してるはずだ。それなのに、婚約解消したいなんて言うはずがない!」
「お前が何と言おうとも、これは事実だ。彼女の事はもう忘れなさい。リゼット嬢がお前と共に生きることは、もうないのだから」
「納得出来ません! ……リゼットと話をしなきゃ……失礼しますっ」
結局、朝食も食べれなかったが、そんな事を気にしている場合ではない。リゼットと話をするために、すぐにモーリアック邸へ向かった。
到着すると、公爵邸の応接室に案内された。そこには、モーリアック公爵が待ち構えていた。切れ者の宰相として有名だが、家族に対しては優しく、人の良いおじさんである。リゼットの婚約者である自分も息子の様に可愛がってくれていたが、今は見たこともない冷たい目を向けられていた。
「これは、これは、ダミアン殿下。先ぶれもなく、一体どうされましたかな?」
「リゼットに話を……」
最後まで言い切る前に遮られた。
「ダミアン殿下。あなたはもうリゼットの婚約者ではありません。婚約者でもないご令嬢を呼び捨てになさいますな。……それに、リゼットは寝込んでおり、殿下に会わせるわけにはいきません」
「そんなっ。俺は婚約解消には納得していません。彼女と話をさせて下さい。俺は彼女を愛しているんです。だから……」
「殿下。どんな理由であれ、あなたはリゼットを傷つけたんです。婚約解消はその結果です。それに、リゼットはもう殿下を愛する事はありません。どうぞお引き取りください。今後訪ねてきても、リゼットには会わせません。まぁ、あなたは新しい婚約者の選定で今後忙しくなるでしょうから、訪ねてくる事もできないでしょうが……」
リゼットを傷つけた事によって婚約が解消されたと言われてしまい何も言えない……。しかし、やはり納得はできない。リゼットが学園を休んでいると聞いたので、その後も時間がある度に、公爵邸を訪ねるが、全て門前払いされ、彼女に会う事は叶わなかった。
婚約解消が決まってから1週間経った今日、俺とリゼットの婚約解消が発表され、婚約者を選ぶためのお茶会を開催する事が、全貴族に通達された。
突然の婚約解消の発表に社交界は騒然とした。解消の理由については知らされる事がなかったため、様々な憶測が飛び交った。そして、俺は今回の騒動の罰として、お茶会まで外出禁止となった。婚約解消となった今、モーリアック邸に行くことは今後一切禁じられた。しばらくの間は、この現実に向き合えず、呆然としながらも、きっとこれは夢か冗談だと言い聞かせた。
お茶会開催の通知から1週間後、出席予定のご令嬢達の釣書を渡された。他国の王女様達も数人候補となっているらしく、粗相のない様に、しっかりと目を通すよう言われた。釣書を開いて見るが、情報は全く頭の中に入ってこない。
日々、頭の中は、リゼットのことでいっぱいだった。あの日、最後に見たリゼットの表情や走り去っていく後ろ姿が、何度も頭の中に流れ、何故こんな事になってしまったのかと後悔し続けた。昔のリゼットとの思い出に浸り、今リゼットはどうしているのかと想像を巡らせた。
お茶会まであと数日のところで、お茶会主催者側の義務として、釣書に目を通し、出席するご令嬢達の情報を頭に入れた。幼少期より、リゼットにしか興味がなく、彼女以外を愛そうとも思わないから、興味を持って読み込んでいない。もしかして、あの時は感情的になってしまって婚約解消を望んだけど、時間が経って冷静になると、やはり俺のことを愛してるから、もう一度婚約者になりたいと言ってくれるのではないかと、その様な手紙が届くのではないかと日々期待した。
あの日以降、彼女と直接話が出来ていないから、納得なんて出来るわけがないのだ。何度か彼女に手紙を出したが、返事が来ることもなかった。そんなリゼットのことで頭がいっぱいの俺が、次の婚約者を選べるわけがない。お茶会は適当にやり過ごそうと考えていた。
お茶会では、20人ほどの令嬢達が代わる代わる挨拶してきた。当たり障りのない対応を心がけていたら、ドリアーヌ・クジネ侯爵令嬢が近づいてきた。俺を騙し、リゼットを傷つけた女。そんな女を選ぶことは死んでもない。確かにあの事件は、俺が馬鹿だったから、自業自得の結果ではある。しかし、そのきっかけとなったこの女も許すことはない。
不快な気分を隠さずに挨拶を一言かわして、その女の近くには居たくもないとばかりに、すぐにその場を離れた。
お茶会の後に、父上から誰が良いか聞かれたが、やはりリゼット以外を妻にしたいとは思わなかった。もちろんそれは口に出さず、まだご令嬢達の人となりがわからない状態だから、すぐには結論を出せないと答えた。もちろん、父上は俺がリゼットへの想いを捨てていない事には気付いてると思うが、それについて何かを言ってくることはなかった。
候補者達の中で、学園で俺に纏わりついていた令嬢達の名前をあげて、候補者から外すように伝えた。残ったのは、一つ上の侯爵令嬢1人、同じ歳の伯爵令嬢1人、一つ下の侯爵令嬢1人、二つ下の公爵令嬢2人、それと他国の王女様2人の計7人となった。その7名とは、一対一のお茶会の時間を設けることとなった。
今度王家主催の舞踏会が予定されている。現在、婚約者選定中のため、今回は例外として、パートナーなしでも許される事となった。
王家主催の舞踏会だから、きっとリゼットにも会えるはず。そこで話をしようと決意したが、その期待は見事に崩れ去った。
舞踏会まで約2週間という頃、
国王陛下の執務室にて、補佐の執務をしていたら、宰相が国王陛下を訪ねてきた。
「陛下! ご報告があります。リゼットの相手が見つかりました」
相手が見つかったとは? 宰相の報告にリゼットの名前が出たため、2人の話に耳を傾けた。
「おぉ、そうか! それは良かった」
「それで、本日は陛下にご報告と婚約の許可を頂きにまいりました」
は? ……婚約? 相手とは、リゼットの婚約相手ということか?
目の前で繰り広げられる会話に茫然自失となっていると、更なる衝撃の報告がされた。
「そうか! それで、相手は誰だ?」
「フォルデノワ王国の第三王子、リュシアン・エーテ・フォルデノワ殿下にございます」
なっ! リュシアンだと?
「先日、リュシアン殿下とお会いしたところ、呪いに関しても問題なさそうでした。ダミアン殿下との婚約解消後、私達は娘の呪いが解けるならと、相手の身分にも拘らないつもりでした。ですが、娘から聞いたところによると、リュシアン殿下の初恋が娘で、13年も想い続けてくれているそうです。それを聞き、2人で報告に来た時の様子を見ても、彼ならば問題なく呪いも解けると感じました」
「そうか! それは喜ばしいことだ。ちょうど良い。フォルデノワの王子との婚約については、今度の舞踏会で発表しよう」
「リュシアン殿下もそれは予想されておりましたので、問題なく準備を進められるかと思います」
満足気に会話をする父上と宰相の傍ら、聞き捨てならない単語が耳に入り、疑問が湧き上がり、思わず、口にしていた。
「父上、あの、呪いとは……?」
彼らは顔を見合わせたのち、宰相が口を開いた。
「ダミアン殿下の前で口を滑らせてしまった私が悪い。口外しないことを条件に、今回は、仕方なくお教えしましょう」
「口外しないと誓う。だから、呪いとは何のことか教えてくれ」
「そうですね。娘は幼少期から、『呪い』にかかっていたんですよ。5歳の頃から、心臓の発作を起こしていました。魔女に診てもらったところ、娘が18歳までに心から愛し合っているものとキスをすることで、呪いが解けると言われました。もし、呪いが解けなければ、リゼットは20歳までしか生きられません」
衝撃の話に頭が真っ白になる。
リゼットは呪われていた? しかも、その事を俺には知らせなかった。何故だ?!
「なっ! なぜ、そんな大事な事を教えてくれなかったのだ?」
「教えるつもりでしたよ。17歳の殿下の誕生日にね。しかし、それよりも早く婚約解消となりましたから」
「心から愛し合っている者。それならば、相手は私ではないのか?!」
「えぇ、殿下が馬鹿な事をしなければ、そうだったでしょう。しかし、婚約解消となったあの日、リゼットは、私たちに何があったのか告げました。そして、ダミアン殿下と令嬢のキスを見た時に、ダミアン殿下を恋しいと思う気持ちは全て砕け散り、もう殿下を愛することはない、と言ったんです。だから、婚約解消となったんですよ」
そうか……。リゼットの呪いは、愛し合っている者とのキスで解けると宰相は言った。あの瞬間まで、リゼットは間違いなく俺を愛していた。でも、あの瞬間に、俺は一番大事なものを傷つけ、失っていた。あれで、リゼットは俺を見限っていたのか。
婚約解消を告げられた後に、父上と宰相が言った『リゼットは、もう俺を愛する事はない』と言った意味を漸く悟った。そして、二度と戻らないことも……。
悔やんでも悔やみきれず、心に穴が空いてしまい、気力が奪われていった。しかし、そんな事は関係なく、時間は経ち、舞踏会当日となった。
国王陛下の挨拶の後、リュシアンとリゼットの婚約が発表された。リュシアンと並んで心から幸せそうに微笑んでいるリゼットを見て、これが現実であることを思い知った。一度だけ目があった様な気がしたが、彼女がその後こちらを見ることもなく、彼女の中で俺の存在は気にも留めないものになっている事にショックを受けた。結局、舞踏会でも話す機会は得られなかった。
喪失感は拭えないが、宰相から聞いた呪いの話を思い出した。呪いが解けなければ、リゼットは死ぬ。もしかしたら、リゼットを永遠に失ってしまったかもしれない事を思うと、幸せそうに笑う彼女を見れたことは良かったかもしれない。
彼女のそばにいる事は二度と叶わないが、これは自業自得だ。今は無理だが、いつか刻が心を癒し、彼女の幸せを願い、彼女が幸せであることを心から喜べる様になれば良いと思った。




