その12
初めて飲む酒に、アニスが酔い潰れるのはあっという間だった。
話が進むうちに、なんだかミールの様子が妙な事になっていたので、チコリは彼女が静かになってホッと胸を撫で下ろす。
「彼女を部屋に運んであげないと。」
そう呟いて彼女が立ち上がると、いつの間にか隣のテーブルに座っていたビルが手伝いを申し出る。
話を聞いている内に、いつの間にやら食事時になっていたらしい。
チコリが周りを見回すと、いつものメンバーが盃を掲げて挨拶をしてくる姿。
彼女も同じ様に挨拶を返すと、アニスをビルに抱えさせてミールの先導で宿の階段を上がっていく姿がみえる。
今日、アニスはこの宿に泊まるのか。
チコリは自分まで手伝う必要はなさそうだ、とその姿を見送りながら細長い固焼きパンをポキッと折って口に入れる。
ゴマが練り込まれたモノは、香ばしさが増していてまた美味しい。
ワインでその後味を洗い流すと、またもう一つ折りとり、今度は柔らかなチーズにつけてまた一口。
チーズの濃厚なうまみと酸味が混じって、また一味違った旨さが口に広がる。
正直なところ、チコリはまだ恋と言うモノをした事が無い。
勿論、村に居た頃にしろ、王都で生活していた頃にせよ、周りに惚れたのはれたのの話をしているモノが居なかった訳ではないのだが、アニスの話を聞いていてちょっぴり『あれ?』と違和感を感じたのは一体何だったのだろうと首を捻る。
「……だから、彼女のは恋とはちょっと違うよ。」
「じゃあ、なんなのかしら?」
「うーん……。恋してる自分に恋してる……とか?」
「あ。ソレだ!」
アニスを部屋に寝かせたらしい二人が、なにやら少し揉めながら戻ってくる。
その内容に、チコリは感じていた違和感の正体を示されて思わずポンと手を打つ。
さっきまでアニスが居た席に腰掛けようとしていたミールが、驚いた顔でチコリを見詰める。
ビルはチコリの反応に我が意を得たりとばかりのドヤ顔だ。
「ソレって?」
「アニスさんのお話で、違和感があって……。何と言うか、お兄ちゃんの自慢はしてるけど、コイバナじゃないと言うか……?」
「ほら。言っただろう? ミールは高祖父さまの話だって気付いてから、冷静じゃなくなってたんだよ。」
「……いつも冷静だもん……。」
ミールの普段の飄々とした態度から一変した幼い表情に、チコリが思わず噴き出すと、ムッとした表情に変わる。
「ところで、高祖父さま?」
「ああ。僕たちの祖父さんの祖父さんなんだけど……山人なんだよね。」
「……ミールの髪の色から、森人の血は入ってるかとは思ってましたけど、肌の白さは山人からですか。」
「ミールのお母さんが森人だよ。」
ビルの説明に、チコリは得心が行く。
ミールやビルだけでなく、この村の人間には色の白いものが多かった理由の一つが、山人の血をひく人間が居ると言うせいなのだろう。
そして今、納得がいかないのはミールの態度だ。
「それで、ミールさんは何をむくれてるんですか?」
「だって……」
「だって?」
「だって、あんな可愛い従妹に『大好き』なんて言われて、デレデレしてるに違いない高祖父さまを思い浮かべたら、なんだか無性にいらいらして……。」
「ああ。高祖父さまが大好きなんですね。」
「そう言う訳じゃ……」
顔を赤くして身を乗り出すミールの口に、チーズをたっぷりつけた固焼きパンを放り込む。
ミールがそれをモグモグやっている間に次の物を用意しながら、チコリは訊ねる。
「それで、彼女をいつまでも家出させておく訳にもいかないでしょう? この後はどうするんですか?」
「……それは俺も聞きたいな。」
同意の声は、チコリの背後から聞こえた。
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