その13
「高祖父さま……?」
ミールが呆然とした様子でポツリと口にした呼称に、チコリも自らの背後に立つ人へと視線を向ける。
そこに立っているのは、どこと言って変わったところの見えない陸人だ。
「隣、いいかな?」
「ああ、移動しますね。」
チコリは自分の席を空けて、ミールの隣へ移る。
彼は自分の席にあった杯と摘まみを移動すると、ふくれっ面で自分を見詰めている玄孫の頭を卓越しに撫でる。
ミールはその手を少し邪険に払いのけ、口を開く。
「一体いつから……。」
「アニスが酔い潰れる少し前かな。」
実際のところ、彼――ディルがここへやってきたのは1時間ほど前の事だ。
大分ろれつの回らなくなっているアニスが、自らへの恋心を滔々と語るその場に行き合わせてしまった気まずさから、ひっそりとミールの後ろの席に着いたのだが、話を聞くのに集中していた彼女はその事に気がつかなかった。
それにしても……
ディルは、ミールがアニスの為に作った魔力偽装の魔飾の性能に驚かずにはいられない。
彼自身が捜索に乗り出していなかったのならば、危うく完全にアニスの行方が分からなくなっているところだった。
ついこの間――と言っても一年前になるのだが――孫の元で修行していた時には、あれほど精度のモノは作れていなかったのに、陸人の成長の速さは恐ろしい程だと改めて思う。
まさか、タラゴンの作ったモノに近い性能の物が作れるとは、な。
勿論、まだまだ師の腕前には届かない。
彼女の師であるタラゴンは、魔力の特徴をまるで別物に変えて見せる事ができるのだから。
魔力を抑えることなく魔力を低く見せる事が出来る魔飾を作る職人を、今のところ彼以外にディルは知らない。
「それで、アニスさんを連れ戻しに来たんですか?」
「ああ。一旦は連れ帰りたいと思っている。」
「あれ? 一旦でいいんですか?」
ディルの言葉に、意外そうに声を上げたのはミールの隣でチビチビとグラスを舐めていたチコリだ。
「三日後に、アニスのお披露目と言う名目でパーティがある。」
「お見合いパーティですか。」
「そのお披露目パーティが終わった後だったら、俺の裁量で多少の時間を作ってやる事も出来ない訳じゃない。」
パーティと言う言葉に、ミールがやたらと棘のある言葉を発するのを気付かないフリでやり過ごし、言葉を続けると、彼女は想定外の事を言われたとばかりに言葉に詰まる。
「アニスのアレは、ただの錯覚だ。」
「錯覚って……!」
ディルの言葉に目を吊り上げるミールの横で、チコリは首を傾げた。
「何故、高祖父さんに『恋』しているって錯覚してしまったんですか?」
「さっきの話からすると、俺が結婚した事によって感じたショックを勘違いしたと言うところだろうな。」
「ああ。大好きなお兄ちゃんをとられたショックを、取り違えた感じですか。」
成程と納得した様子のチコリとは対照的に、ミールは納得できないという表情だ。
「それで、高祖父?」
「うん?」
「『錯覚』対策でお見合いパーティをやるんですか?」
お見合いではなくお披露目だと強調しているのに、ミールはまだソコにこだわっているのかとディルはため息を吐く。
「山人の子供は基本的に親元に囲われて育つから、成人するとお披露目会を行うんだ。そこで初めて親族以外の者との親交を始めるんだが……。」
「え? それじゃあ、友達とかは……?」
「兄弟か従兄妹が居ない限りは、年の近い友人を作るのは成人後だな。」
ミールは、ディルのその言葉に目を瞬かせる。
「それってちょっと、生育環境に問題があるんじゃ……。」
「問題?」
今まで、大きな問題が出た事が無かった子育ての方法に、何か問題があるのだろうかとディルは首を傾げた。
アニスに限らず、自分の子供達も同じ様に育ててきている。
それによって、特に価値観が歪んだ等と言う事はなかった様に思っていたのだが、実は違うのだろうかと少し不安も感じた。
「今回は手遅れかもしれないが、参考までに考えを聞かせて貰えるとありがたい。」
ディルにとって、今までの生育環境に問題がある様には思えなかったものの、そこは山人初の異種族婚を果たした男。
頭の柔らかさは群を抜いている。
参考になるのなら、自らの10分の1も生きていない玄孫の意見でも耳を傾けない理由はない。
高祖父が本気でその言葉を口にしたのだと理解すると、ミールは「例えば……」と案を口にし始めた。
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