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第六話 一人でいることの代償

 下の話をしようと思う。


 隠さずに一言で言うと、下品な話だ。

 だけど、生きていく以上、大切な話でもある。

 人間一人っきりで生きていくと、こうなるぞっていう見本だと思って頂いて構わない。


 だから、自分ひとり巨大な檻に閉じ込められたら、一体全体どうなるのって話を是非聞いて欲しい。

 誰にも見られてないと、どうなるのっていう、俺の熱い経験を是非是非共有したいと思う。


 それは、0階層で自分一人の空間だと大の字で寝転がり、ひゃっほーいと床の上を転がって暇を満喫していた時の事だ。

 暇の限りゴロゴロと地面を転がっていたら、急にグルグルとお腹が鳴り始めたわけよ。


 はうっと声にならない声を出して、スライムに囲まれた時以上のピンチにさぁ大変。

 何時もなら、拠点でそんなことは出来ないと、寝る場所でそんなことが出来るはずがないと、意地でも避けるところだが、その時の俺にはそんな余裕は無い。

 お腹を押さえて、あらあら大変大変、やばいわまずいわと、とりあえず、被害を最小限に抑える為にやったことは裸になること。

 つまりは、カエルパジャマのキャストオフ。

 真っ裸で青い顔で脂汗を流しながら、くねくねと身体を揺すって、決壊まで耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ。


 そして、いよいよ決壊が近いとなった時、俺は悟った。

 ピキーンッと脳内に何かが流れ、俺は悟ってしまった。

 ここで引いてはならぬと。寧ろ攻めるべきなのだ、と。


 だから、俺が選んだのはど真ん中だった。

 つまりは、部屋の真ん中で素っ裸になり、用を足すという男らしい選択肢を選んだわけだ。


 その時、素っ裸になりながら、今まで大切にしていた拠点を、俺の下で汚してしまったことで俺の中の何かが変わった。


 きっと、あれは引いてはいけない引き金の一つだったのだろう。

 それからしばらくは裸で日常を過ごしたのだけど、明らかに何かが変わった俺が居た。明らかに何かのスイッチが入ってしまった俺が居た。


 カエルパジャマを着るだけで、腕を組みつつ物憂げに天井を見つめて『やはり、フル○ンじゃなければ“風”は感じられないか……』と呟き、儚げにため息を吐く俺が居た。

 カエルパジャマを着るだけで、腕を組みつつ物憂げに地面を見つめて『フ○チンじゃなければ“大地”すら感じられないというのか……』と呟いた後、悔しげに歯を食いしばる俺が居た。


 そう、俺は裸である事で上ったのだと思ったのだ。この果てしなき裸坂を。


 そして、俺は用を足すということにも、何か美学を求めるようになった。


 ある時は、1階層に上る為の階段、1段1段に用を足していった。

 俺の存在を刻むように、俺の時を刻むように用を足していった。


 ある時は上りながら、ある時は下りながら俺の芸術性の限りで、頑張った。


 そして、頑張った結果、どうなったのか。


 賢者モードという言葉がある。

 人間荒ぶった後は、落ち着く物である。

 俺で言うと荒ぶって生きた後に、死んでしまって、過去の自分を省みた状態と言おうか。


 汚染された階段に、汚染された部屋。そして、極めつけはやったのは俺というどうしようもなさ。

 嘆いたね。流石の俺も嘆いたね。


 一晩中嘆いて、嘆きに嘆いて、気がついたら裸になっていた。

 何を言ってるのかわからないかもしれんないが、催眠術とか、超スピードとかではない、もっと普通の状態で裸になっていた。


 それが、俺の裸依存症との戦いの始まりだったと、言ってもいいだろう。


 何時の間にか、気がつけば裸になっているという、奴の気持ちが分かるだろうか。

『やめるんだ俺氏! 文明人としての誇りを思い出せ!』 と、戒めを毎日の様に掛けつつも、何時の間にか服が脱げている奴の気持ちが分かるだろうか。

 何時の間にか、用を足すのに芸術性を求めてしまう奴の気持ちが分かるだろうか。


 きっと、分からないに違いない。誰にも理解して貰えないに違いない。

 まぁ、それはいい。もういい。だって、趣味嗜好の範疇だから。

 鼻穿って、人に迷惑かけないんだったらいんじゃねって、共感して貰えれば御の字。そういう話だ。


 だけど、それではすまない話がある。失われてしまう大切なモノが、そこには存在するのだから。

 ダンジョンで誰も居ないところで裸である事の開放感とか、モンスターと接敵するときの異常なスリル感とかそんなモノを言いたいのではない。

 もっと、大切なモノが失われてしまう事に気づかない。

 悲しい拒絶の果てに、裸になることで失われてしまうモノがあることに、きっと誰も気づかないのだ。

 だから、警告として戒めとして、このダンジョンに以下の文を彫る事にした。


『服が無ければ、チラリズムは生まれない』


 一字、一字、魂を込めて彫る。

 そして、彫った後、服をそっと着た俺は思ったのだ。

 裸である事でこの世の悲劇に、真髄に、気づいてしまった俺だからこそ、きっと守れるものがあるのだ、と。

 そう、守らねばチラリズムを、と。






 あの文を毎日見ることが、更正につながったのだろう。今では裸で居る事は無くなった。

 依存症は完全に克服したといっても良い。

 裸族に誇りを抱いてた事も、今や遠い遥か昔の記憶である。


 そんな今でも、ダンジョンに彫られたあの文をみると考えてしまう。

 ああ、長い間一人でいるもんじゃねーな、と。


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