第五話 レベルと食事とスライムと
「すーはー」
スライム部屋の扉の前で深呼吸をする。
いよいよ実践である。これがもし駄目だった場合、真面目に後が無い。
もう絶望とか、そういうのにはいい加減飽きた。代わり映えのしない絶望など、最早日常と同じである。
だからこそ抉じ開けなければならない。打ち倒さなければならない、この日常を、この絶望を。
「うっし! さぁ、やるか!」
気合を入れつつ、スライム達への宣戦布告が部屋中に轟く様に、部屋の隅から隅まで余すことなく届くように、バタンッと勢い良くスライム部屋の扉を開けた。
扉を開けた音に反応したのか、スライム達がぽよんぽよんと体を撥ねさせつつ、こちらに寄ってくるのが目に見える。
これから俺が用いる戦術は一つだけ。このダンジョンでしか出来ない、このダンジョンだからこそ思いついた戦術。
ダメージが通るのであれば、絶対に負けないそんな必勝法。
まず初めに、
「おい、どーしたスライム共! 俺が怖いのか!」
扉を越えずに、つまりは扉越しにモンスターを呼び寄せます。
次に、扉の前まで寄ってきたモンスターを、
「うらッ!!」
全力で斬ります。この時、絶対に扉から出てはいけません。確実に死にます。
そして、モンスターが扉を開けているのにも拘わらず、こちら側に来ないことを確認し、
「はっ」
相手を思いっきり見下し、思いの丈の分だけ嘲笑います。
どうです? 簡単でしょう?
「おっしゃ!! ずっと、俺のターン!! ふはははははは!!」
ちなみに、この必勝法、モンスターによって出来る出来ないがハッキリしている。
ゴブリンだと出来ない。奴らは、スライムよりちょっと学習能力があるのか、扉の前10メートルぐらいで止まり様子見するからだ。
「おいどーしたスライム共! 俺が怖いのか!」
「うらッ!!」
「はっ」
この3パターンを延々と繰り返す。
スライムを倒すまで延々と繰り返す。
そして、延々と繰り返す事10回目。
「っ――!?」
ザシュッ、と今までに無い手ごたえを感じた。
スライムの身体の奥の方まで剣が届いたようなそんな感触。
違和感を手から貰って知覚したとほぼ同時、スライムの身体が音も無くドロドロと形を失っていくのが見えた。
「ッ――よっしゃーー!!」
思わず、右手でエクスカリバーを掲げて雄叫びを上げてしまう。
こいつに、どんだけ殺されたのか分からない。
こいつに、どれだけ苦しめられたのか分からない。
今までの苦労が脳裏に浮かぶ。
上の階層に行く為には、必ずこいつの顔は見なければならず、その度にこいつに恐怖し、横をコソコソと通り抜けるそんな日々。
今までの苦悩が脳裏から浮かんで消える。
漸くだ。本当に漸くである。
やっと報われた。漸く報われた。
「っ――」
視界が滲んだので、左手の甲で乱暴にその原因を拭った。
ここが一つの到達点であるということに、万感の思いはある。
されど、終わりではない。寧ろ始まりである。
「よしっ!」
気合を入れ直し、エクスカリバーを両手で持ち直した。
スライムはまだまだ居る。
「おいどーしたスライム共! 俺が怖いのか!」
ポヨンポヨンと、仲間が倒されたにも係わらず、相変わらず気の抜ける様な音で弾み続けるスライムを挑発する。
進む道が出来たのだ。
だから今は全力で前へ進もう。
――そして、延々と繰り返す事30回目。倒したスライムで言うと3匹目。
「んっ?」
俺の中で何かが変わった気がした。
具体的にはわからないが、とにかく何かが変わった。
思えば、最初にスライムを倒した時には、余裕がなかったのか気づかなかったが、2体目のスライムを倒した時に、明確に倒したスライムから自分の中へ、何やら吸収している感はあった。
まぁ、何それ怖いと、とりあえず無かったことにしたのだけど。
だが、今感じているものは誤魔化し様が無い。
エクスカリバーが軽くなったと感じる上に、何と言えばいいのだろうか、身体の奥から活力が湧いてくるというか。
「……もしかして、レベルが上がった?」
このファンタジーな世界から考えるに、それしかないような気がしないでもない。
レベルが上がったのだとすれば喜びたい所だが、それより疑問のほうが強い。
レベルとかあったの? じゃあ俺今いくつなの? とかそんな根本的な疑問。
「ま、まぁ、よくわからないが、とりあえずこいつらを倒せばいいってことだな!」
このダンジョンに居て学んだ事の一つ。
それが、考えたところで結論は出てこないという事である。
色々と考えた結果、時間が無くなって飢えて死ぬだけである。
そう、飢えはまずい。あれはマジで苦しい。
「……飢え?」
思わず、倒してグズグズに潰れた、3体分のスライムの残骸を見る。
考えないようにしていたが、その問題があった。
近頃は飢えで死ぬ前に、自殺に近い死に方をしていたので、まったく頭の中に無かった。
そう、水は4階層に大量にあるので、脱水症状は心配しないでいいが、生きるとなれば食料が必要である。
「……」
もう一度、倒したスライムを見る。
黄色の原色がべっちゃと地面にへばり付いている、そんな元スライムの残骸。
ゼリーよりももっと、ぬめッとしているというか、どろッとしているというか、そんな元スライムの残骸。
……マジでか?
飢えは苦しい、本当に苦しい。ゴブリンに嬲り殺しされる方が、まだマシだと思っちゃうぐらいには苦しい。
でも、マジでか?
いや、上の階層のモンスター達の方が、とそれぞれ思い出して頭を横に振った。
どのみち食ったら食中毒間違いない連中しか居ない。
なら、火を通さないで食えそうな、スライムの方がまだマシなのではなかろうか。
「……よし! とりあえず、こいつら倒してから考えよう!」
いつも通り、結論を後回しにする。
出来る事からコツコツとだ。
◇
やっぱり無理なんじゃねーかな。
目の前の物体を見て思う。
俺はいたって普通の人間である。決してゲテモノ趣味の人間ではない。
そう、俺はパンツで言えば白であり、水着で言えばスクール水着である。即ち、やはり目の前のコレを食すのは無理があるだろう。だって、俺はスクール水着なんだもの。
「だよな、俺はスクール水着だもんな……さっぱり、意味がわからんな」
俺はいったい何を言っているのだろうか。
大体、なぜスクール水着なのか。スクール水着と言えば、直訳すると学校水着である。
ふむ、ここでちょっと立ち止まって欲しい。学校と水着は両方名詞であり、互いに関係を説明し切れていない。
つまりは、学校に水着なうと言い換えてもいいわけだ。だとするならば、学校に制服を付けずに水着を着けて登校する状態を、スクール水着と言ってもいいに違いない。
それを踏まえて想像してみて欲しい、『学校が指定したスクール水着』という言葉を。あるいは、『日本の学校のほぼ全てがスクール水着を推奨しています』という言葉を。
「いやっほーい! やべぇな、俺、ワクワクしてきたぞ!」
俺はいったい何を言っているのだろうか。
頭を振って、いい加減現実を直視。つまりは、ドロドロに溶けてベタッと床に広がった元スライムを直視した。
とりあえず、悩んでいても埒が明かないので、しゃがんで指で突っついてみる。
プルンッではなくヌチャッとした触感を残し、人差し指が埋没していった。
そして、指を引っこ抜くと、ドロッとした黄色の液体、つまりは元スライムだった物が指から零れた。
「……」
最初に納豆を食べた人に聞きたい。
何であんな腐ってるんですって、全力で主張している物質を口の中に入れたのか。是非とも教えて欲しい。
そして、願わくば、その勇気を俺に分けてはくれないだろうか。
ほんのちょっとの勇気でいい。この指についた黄色の物体を口に運ぶだけだ。
距離にして30cmもない。その距離を詰めるだけの勇気を、俺にどうか分けてはくれないだろうか。
頭に色々な食材が浮かぶ。
それぞれ勇者が居たはずだ。カニだってエビだって、最初に食べる時は勇気がいたに違いない。
だから、そんな勇者たちへと祈る。俺に勇気を分けてくれと願う。
しばらく、ジッと指についた黄色い物質を眺めた後、目を瞑り食材の勇者たちの声を聞く。
そうすると、聞こえてくるようだ。
――納豆の勇者が言う
『ねばねばに悪い奴なんていねーよ!!』
――カニの勇者が言う
『そこに足があったからかな……』
――エビの勇者が言う
『触覚が俺に囁いてくるんだ。今がその時だってな』
クワッと目を見開く。
声は聞いた、覚悟も貰った。
後は、歴戦の勇者達と共に駆け抜ければいいだけ。
ならば簡単だ。
スライムの残骸を付けた指を天に掲げ――
「おらっ!」
――気合一発、口の中にその指を突っ込んだ。
「…………………………食えないことも無いな」
思ったより不味くない。いや、決して美味しいわけではないが。
なんというか、味の無いとろろ?
塩振ったり、醤油掛けたりすれば、マシになりそうなそんな味。
「……まぁ、これも食物連鎖ってことで」
頂きますと両手を合わせて、元スライムの残骸を頂く事に決めたのだった。




