第十四話 弱者の選択
累計死亡回数1084018回目。
紅眼先生を倒す為だけに死んだ回数にして、80万回以上。
非才が天才に勝つ為に、掛かった回数がこれだ。
結果から言えば勝てた。
そして、結論を言えば、剣では勝てなかった。
どれだけ挑んだのか分からない。
人の一生というものを、千や万では収まらない数費やして才能という名の雑巾を絞りに絞り、結果、届かない。
そう、ただ、それでも届かなかったというだけの話。
努力では結局超えられなかった。
だから、知恵を絞った。それだけの物語。
ま、そのせいで何とも後味が悪い結果になったのだけど。
勝つためには、知恵を絞ってなんでもする路線に変わったのが、諸悪の根源だったと思わないでもない。
だけど、俺は言いたい。じゃあ、紅眼先生に剣で勝てるのかと。
そんなん無理だから。だって、強いもん先生。マジで、ぱないもん。
正々堂々とか、強いものが弱い物に対して、おまえ勝ったら駄目だかんなと、正義を模した同調圧力だとかそんな言い訳を言ってみる。
武士道精神とか、そもそも俺武士じゃないし、ていうか相手どっちかっていうと騎士だし、俺ってば寧ろ魔法使いだしね。色々としょうがないよね。そんな言い訳を言ってみる。
脳内に言い訳の羅列を展開しつつ、最後に紅眼先生を想う。
俺に剣を教えてくれた師匠である紅眼先生。
俺に武術とは何かと教えてくれた紅眼先生。
俺に魔法とは万能ではない事を教えてくれた紅眼先生。
そして、俺にやはり魔法とは万能である事を教えてくれた紅眼先生に、感謝の意を表する。
とりあえず、目の前に倒れている、さっきまで埋まっていた紅眼先生に向けて敬礼した。
「我ながら酷いことをした」
そして、敬礼を止め、目を瞑り南無阿弥陀仏と手を合わせる。
目を瞑りつつ思い返すのは、そう、さっきまでの戦いとは言えない一方的な戦闘である。
自身の才能の無さに嫌気が差して、これ以上剣で戦う事に限界を感じ、鬱屈した日々を送っていた数年前。
魔法でダメージを食らわないのなら、食らうようにすればいいじゃないと、剣で争う方向から真逆の方に行ってしまったのが数ヶ月前。
そして、諸々の準備を終えたのが一週間前だった。
作戦の中身はこうだ。
まず、大量に金属製の武器や防具を用意します。それはもう、部屋が埋まるほどに。
次に、用意した武器や防具を魔法を使わずに、手で99階層に放り込みます。ひたすら、放り込みます。何も考えずに、部屋が埋まるまで投げ込みます。
そして、部屋が武器防具で埋まったのを確認して、一気に融解させます。その間ドアを閉めることを忘れないようにすることが大切です。
とりあえず、一晩寝ます。ドキドキしながら寝ます。
最後に、もう一度99階層の扉の前に戻り、ドアを開け部屋が鉛色で覆われているのを確認した後、おもむろに雷系魔法を最大出力で放ってください。念のため三日三晩やることをお勧めします。
要は、魔法で攻撃できないなら環境破壊で攻撃すれば良いだけの話。
魔法無効化は、俺が魔法で生み出した物質を無効化出来ても、現実にある物質を無かった事には出来ない。
つまりは、俺の魔法によって変質した物が、ダメージを与えるとなると、魔法無効化とはまた別の話になるわけだ。
俺の魔法ではなく、融解した金属が次々に融解連鎖していって、紅眼先生ごと飲み込む。
後は、一つの金属になった物に、念の為電気をひたすら流すだけである。
作戦が成功したら後は、溶けた金属を掻き出していくだけだ。
これが大変だったのだが、最後に出てきた、辛うじて人間の形態をしていたとわかる金属の塊が出てきた時に、何とも言えない寂寥感を味わった。
何千、何万と、戦った。
何千、何万と剣で挑戦し、終ぞ俺では先生に届かなかった。
努力では至れない高みが、確かにそこにはあった。
威風堂々と99階層にて、挑戦者を待っていた紅眼先生。
何時の間にか、俺と対戦する時に礼をするようになっていた紅眼先生。
俺にまた相見えようと言った紅眼先生。
もし、俺が剣の才能のある人間であったならば、正面から叩き潰していたのかもしれない。
あんだけの剣の才能があったのだ。もしかしたら、そういう望みを持っていたりしたのかもしれないってのは、俺の考えすぎだろうか。
「……ま、後の祭り、か」
目を開け、手を合わせるのを止めて、金属の塊と化した元紅眼先生を見る。
そして、頭を振って気持ちを切り替え、次の階層の扉を見た。
いよいよ100層目である。
先はまだあるのかもしれないが、一つの区切りだ。
出来ればここで終わって欲しい。
終わって現実世界に返って、やり直せるかという不安もあるが、きっと大丈夫に違いない。
どういう理屈かは知らないが、記憶は蓄積されているのに、最新の過去の記憶といえば、やはり俺の部屋でレポートを書いていた記憶なのである。
このダンジョンで過ごして来た日々は、思い出すとまるで過去に見た小説の1節や、ゲームの1シーンを思い出したかのようにしか思い出せない。
そして、死んだらその記憶はどこか遠い過去のようで、物語を読んだかのようになっているのだ。
だから、きっと現実に戻ろうが、この日々は遠い過去のようになっているのだろう。
「すーはー、よしッ!」
深呼吸をして、気合一発、両方の頬をパンッと手で叩いた。
そして、ナイトキャップの位置をベストのポジションに位置を調節する。
「んじゃ、行くか!」
言って、100層目の扉へと足を向けた。