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第十五話 魔王バリディアガス

 100層目の扉を少し開けて中を伺う。


 中はいつものように四角く、だだっ広い部屋。

 ただ、いつもと違うのは、中に誰も居ないという事だろうか。


「……0階層と同じか?」


 拠点と同じであるならば、ついに、拠点の移動となるのだけど。


「ッ――!? マジか!」


 ある事に気づいて、思わず部屋の中に入ってしまった。

 俺の見ている先、100層目の入り口の扉から対象の位置にある筈の物が無い。

 つまりは、次の階層に行く為の扉がないのだ。


「おいおい、マジでここで終わり――!?」


 部屋の中央まで掛ける様に来て、見えたものに愕然とする。

 だって、さっきまでは無かった。

 何も無いだだっ広いだけの部屋だと思っていた。いや、そう見えていたはずなのだ。

 だけど、今は見える。

 100層目の入り口の扉から対象の位置にある壁に、初めからあったと言わんばかりに備え付けられた玉座。

 そして、玉座だけが置かれた、質素というか何も無い王の間に君臨するように、玉座に誰かが座っていた。


 その王座に座った、立ち上がれば2メートルはあるだろう、骸骨の様な化け物がニヤリと笑う。


 背筋がゾッとした。しまったと思った


「そんなに警戒しなくても良い。我が名は魔王バリディアガス。久しいな人間よ」


 直接、脳内に魔王の声が響く。

 おいおい、何でこんな骸骨の化け物の言っている言葉がわかるんだよ、俺。

 いや、そんなことより。


「ッ――」


 何でだ。動かない。身体が動かない。

 頭の中で警鐘がガンガンとなって、今すぐ戦闘準備をしなければならないと頭では思っているが身体が動かない。

 まるで、蛇に睨まれたカエルのように動かない。


「いや、違うな。ここに来た時点でお主は同じか。歓迎しよう同属よ」


 何を言っているのだろうかこの骸骨は。

 俺はそんな骨々しくないし、そんな親類縁類も間違いなく居ない。


 そんな怪訝な顔を浮かべているであろう俺を無視して、魔王バリディアガスは何やら語りだした。


「初めは人間の少女と仲良くなりたいだけだった。

 それだけを望み私は部下に指示したつもりだった。

 だがそれは、理解されていなかった。

 何も理解など、されてはいなかったのだ。

 部下たちは全てを奪っていった。

 愛くるしい少女の笑顔、穢れなき眼に、曇り一つ無い肌、それら失われてはいけない物全てをやつらは奪い去ったのだ。

 当然、私は激怒した。いや、全てがどうでもよくなったと、言って良いのかもしれない。

 気が付いた時に私は一人になっていた。

 何も無かった。ただ私は少女を愛でたかっただけなのだ。少女がそこにいるだけでよかったのだ」


 虚空を見つめて語っているバリディアガスを見て思う。

 何を言っているのだろうか、と。言ってる事はわかるのだけど理解が出来ない。追いつかない。

 食べ物の話していたと思ったら、サンバカーニバルの話だったみたいな乖離具合。


「全てを滅ぼした後に、私は自問自答を繰り返した。なぜこうなったのか、私にとって少女とはなんだったのかと」


 理解できない俺に対して、語り続ける魔王。

 とりあえず、理解できたのは、この魔王がロリコンであるということだけだ。


「そして、私は気が付いたのだ。そう、私は少女になりたかったのだと……」


 いや、違った。この魔王は唯の変態だった。


「だが、私が少女になったところで、認識できないのでは意味がない。他者という鏡が無ければ私という少女は、存在が認知されないのだ」


 どうすればいいのだろうか。

 困惑を隠しきれない。俺はいったいどういう反応をすればいいのだろうか。

 目の前にコートを着た男がやってきて、俺の目の前でコートを開いたと思ったら、そいつは全裸だったみたいな。

 だけど、同姓であるが故に俺の感想は『おう……?』と、しかならなかったみたいなそんな心情。

 あるいは、病気だと思ってない病人に対して、それ不治の病だから、罹っちゃいけない病だからと言えない、そんな心情。

 

「見るがいい人間よ! そして、私の姿を見て認識するといい! 私という名の少女を!」


 ――瞬間。バリディアガスの身体が光り輝く。


 思わず手で目を覆ってしまう程の眩しさ。

 10秒程その状態が続いただろうか、徐々に減衰していく光を手の平の向こうから感じて、手をどけた。


「……」


 手をどけた先に見えたのは、胸を張ってドヤ顔でこちらを見る魔王バリディアガス。

 その容姿は、骸骨の様な異形から一変、人間の子供の様な姿をしていた。


「ふん、どうだ!」


 まいったか、とでも言いたいかのように、ドヤ顔でにじり寄って来る魔王ことバリディアガスさん。

 いつの間にやら、先ほど感じていた身体を縛る感覚も無くなっていた。

 しかし、どうだも何も無いが何だろう、容姿について感想を求められているのだろうか?

 容姿が変わったのだから、容姿に対しての話題で良いはずだよね?

 なにぶん、骸骨とコミュニケーションを取るのは初めてなので、勝手がわからない。


「……いや、ま、可愛いんじゃないっすか?」


 とりあえず、思いついた感想を述べる。

 それしかない。可愛いのは認めよう。たぶん、テレビで映ってたりする、そこいらのお子様よりも上だろう。

 だけども、それだけだ。俺にロリコン属性は無い。

 なので、それ以上の感想を求められても正直なんだ、その、困る。


「ちょっと待て! それだけか!? 他に何かあるだろうが! それでも同類なのかお主は!」


「いや、無いですって。それに同類? いや、流石にそんなレベル高い性癖は持ってませんわ、僕は」


 俺はそういうスッと風通しのよさそうな流線型ボディより、空気抵抗が激しそうな身体の方が好み、というか大好きである。


「なっ」


 バリディアガスが愕然とした顔をする。

 まるで、どっかのブルータスさんにでも裏切られたかのように、こいつ裏切りやがったなんて表情を浮かべる。


「ば、ばかな! お主は我が呼びかけに応じて、ここに来たのではないのか!」


「呼びかけか知りませんが、レポートに変な文字が書かれてて、それ読んだらここに来ちゃった感じ?」


 他に原因があるのか知らんが、直前の事を思い出すに、たぶんそれが一番正しい解釈なのではないだろうか。


「それだ! それは、私が女神共に封じられる前に放った、魂レベルで同波長を持った物を導く為の魔法だ。

 ん? 何だその顔は? 何故、そんなに不満そうな顔をしている」


 当たり前だろう。不満も不満、大不満だ。

 なんでこんな変態と同種にされなきゃいけないのよ。

 しかも、この腐れダンジョンに導いたのは、こいつときたもんだ。

 俺の怒りが、ボルケーノ。もう、成層圏まで届く勢いだ。

 既に、先ほどまで威圧されて動けなかった俺ではなくなっている。

 こいつだけは生かして帰さないという、修羅道に生きる者へとクラスチェンジした。


「とりあえず、全てアンタが原因だということはわかった」


 言いつつエクスカリバーを構えて、魔王へと向ける。

 こいつを倒して、このダンジョンの制覇を完了させる。


 もう、変態もダンジョンも終わりにしよう。


 そして、家に帰ってお寿司を食べるんだ。

 脳裏に浮かんだ食べ物に思わず、ジュルッと涎が出る。

 ダンジョンで幾ら食生活を満たそうとも、無いものがある。

 それが、新鮮な魚類等の生鮮食品である。


「ま、待て! 私に戦う気はない!」


「アンタに無くても俺にはある! 寿司が俺を待っているんだよ!」


 魚が食べたい。新鮮な魚が食べたい。

 赤身の刺身に、白身の刺身、ウニにイクラ、そして、すべて乗っかる海鮮丼。

 そいつらが俺を待っている。


「クッ、仕方あるまい。

 本来であるならば、自分で気づくべきだったが、ここまで頑なに己を否定するとはな。

 だが、安心するがいい!

 お主は、私と魂レベルで同一だ。必ずや私と同じ高みへ上がれよう!

 さぁ、開放するが良い己を、その才能を!」


 バリディアガスがそう宣言すると同時、何やら全身から黒い波動の様なものを出した。


「っ――!」


 避ける間もない。

 黒いのが迫ってくると認識した時には、


「な、なんだこりゃ!」


 既に、目の前は黒い霧の様なものに覆われていた。


 黒い霧の様な物が、身体の回りを取り囲み俺を襲う。

 黒い霧が自分に攻撃する度に、自分の中で何かが変わっていく気がした。

 黒い霧が自分に攻撃する度に、自分の中の何かが生まれようとしていた。

 黒い霧が自分に攻撃する度に、自分の中の何かが目覚めようとしていた。


「ぐっ!」


 思わず、その場で蹲ってしまう。

 自分が自分でなくなっていく様な感覚に、歯を食い縛ってひたすら耐える。

 脂汗が全身に出て気持ち悪い。


 そして、もうどうなってもいいから、どうにかしてくれよと、支離滅裂な事を考え出したところで、急に身体を変質させる様な負荷がなくなった。


「はぁはぁ……」


 自分でも分かるぐらいの荒い息を感じつつ、額に浮き出た脂汗を乱暴に腕で拭う。

 気がつけば、周りを取り囲んでいた黒い霧も無くなっていた。


「な、何しやがるんだテメェ――え?」


 黒い霧が晴れた事で、魔王へと文句を付けようと、顔を向けた先。そこに見えた物に、思わず愕然としてしまう。

 確かにそこには、あの変態魔王が居たはずだった。


 だが、目に飛び込んできたのは、絹糸のような赤く長い髪に、透き通るような白い肌、そして、神様が用意したとしか思えない程、完璧に形成され配置された顔のパーツ。



 そう、そこには天使が居た。

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