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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
余計なものが、またひとつ
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【ガルド、眠れぬ】


ストーンテイルを討伐し、夕闇が迫る中。


ルシアンとガルドは街道を外れ、草に覆われた山道を歩いていた。

先ほどすれ違った旅人に、廃祠(はいし)や願いが叶う泉の話を聞けば……地元ではわりと有名な話だったようで、すぐに場所を教えてくれた。

この山道を登ればその祠跡が見えてくるそうなのだが、夕闇に包まれた山道はどんどんと影を増していっている。


「森に入る前に、野営してしまおうか」


ルシアンに尋ねられ、ガルドも頷いた。

見通しの悪い森の中で拠点を張るより、まだこの山道のほうが見晴らしもよかった。


「あそこだな」


ガルドが顎をしゃくった先には、小さく開けた斜面の窪地。かつて誰かが焚き火をしたのか、黒く焦げた石がいくつか転がっている。風の通りも悪くなく、森の手前で視界も確保できている。

荷を下ろし、簡易な囲いを整え始める護衛。ルシアンも、枝を集めに林の際へと向かった。足元には下草が茂り、湿り気を含んだ空気がかすかに肌を撫でていく。


山道の傍ら、遠くに夕日が差し込み、草木の影が長く伸びる。……静かな時間だった。


焚き火の炎がようやく上がり、暖かさが野営地を包み込む。夕餉の準備も整い、簡素な食事ながら、温かい湯気が腹を満たしていった。


「……明日の朝、祠跡だな」


ぼそりと呟いたガルドに、ルシアンが微笑みながら頷く。その髪が、炎に照らされて淡く揺れていた。

しばし手帳に走らせていたペンを止め、ルシアンがそれを口元にあて……、つと、考える。魔力を湛えた泉。飲むと願いが叶う。


そんなものがあるのならば、世界は億万長者だらけで、皆が権力者で、皆が英雄だ。

正直信憑性には欠けるが、廃祠跡はみてみたい。名もなき守り人が眠ったという祠。それだけでも、見る価値があるというものだ。……そんな思考に沈む中。


「今日は、俺が先に寝る」


いやに神妙な顔つきで、ガルドがそうぼやいた。ルシアンも不思議そうに首を傾げ、頷く。


「うん、わかった、夜に起こすね」

「……ああ」


寝不足か、疲れたのだろうか。まぁ確かに、セレフィーネの守護獣を倒したのち、休日は一日しかなかった。

ガルドでも疲れるんだなぁ、と、見当違いな納得をかますルシアンを尻目に、ガルドは寝床に潜り込む。毛布を肩まで引き上げ、深くため息をついた。


(……寝れるか、ボケ……)


薪のはぜる音、森の虫の声、遠くで鳴くフクロウの声。

静かな夜だというのに、まるで心が落ち着かない。


火の番に座るルシアンが、炎の向こうに見える。手帳は閉じられ、膝の上に置かれている。焚き火に照らされるその輪郭から、あの香りがまた――。


(……チッ……)


毛布の中、ぐり、と眉間を揉む。昨夜は先に寝かせてしまったから、毛布に奴の匂いがついた。ならば、今度は自分が先に寝てしまえばいい。それだけだ。


(寝ろ……寝るんだ、俺……)


目を閉じる。だが、……また今朝も、逃げもせず匂いを嗅がれた姿を思い出して。

あまつさえ、それを咎めるどころか、『気になるならやめようか』だとか『君が嫌なら』だとか……自分への無礼よりも、こちらの、居心地というか、過ごしやすさを優先するような、……くそ、もうわからん。


……ガルドはどうにも、今夜もまた、眠れそうになかった。






翌朝、ルシアンはぱちりと目を覚ました。

祠を見に行く。そう思うと、いつにも増して目覚めがいい。


毛布を引き上げつつも、身体を起こす。

焚き火の向こう、火の傍らに座ったガルドは片膝を立てて目を閉じていたが――ルシアンの気配にじわりと視線を投げてきた。どこか寝不足そうだ。


「……早ぇな。起きんのか」

「目が覚めちゃった。おはよう、ガルド」


返事の代わりにあくびをして、ガルドがゴキゴキと首や肩を回す。

やれやれ、といった目。早起きの理由は、ばっちり把握されているらしかった。


日が昇りかけていて、世界は朝もやに包まれていた。

焚き火を挟んで、同時に祠の方角を見る。朝の静粛な森は、火が弾ける音だけが響いていた。


「……今日中にはアウルグレイに着く。さっさとここ片して祠行くか」


ぶっきらぼうに言う護衛に、ルシアンはにこりと笑った。


ガルドは立ち上がると、寝床を手早く畳み始めた。焚き火の熱がまだ残るうちに、さっさと撤収してしまうつもりだった。だが、布をたたむ手が一瞬だけ止まる。


ルシアンが毛布をきちんとたたみ、荷物をまとめながら、周囲を興味深げに観察している。……髪が寝癖ひとつないのが、地味に腹立たしい。


(……なんでいつでも整ってんだコイツ……)


魔術師の“元気な朝”が、護衛の睡眠不足を余計に刺してくる。それでも目を合わせるとにっこり笑ってくるのだから、やはりタチが悪い。


「……苔があるとこは滑る。歩くとき気ィつけろよ」

「うん」


それだけのやり取りをし、荷をまとめてまた歩き出す。振り返らずとも、あの足音がすぐ後ろに続いてくるのがわかる。草を踏む音が重なって、静かな朝の森にふたりの気配が溶けていった。






――【ガルド、眠れぬ】

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