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ルシアンの物見遊山【つづきはIIへ】  作者: フジイさんち
星花の盆地

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【ガルドの心の安寧のために】


ルシアンとガルドが星花の盆地での報告を済ませ、書類の一式を提出する。

セレスの冒険者ギルド、そしてその職員らは、ようやくひと心地つけたような安堵感に包まれていた。


「調査団の方々の報告を待って、正式に報酬をお渡しいたします!ご足労をかけますが、また明日ギルドにお越しいただいてもよろしいですか?」


にこやかな書記官に言われ、ルシアンも柔和に微笑を返した。


「ええ、承知しました。では、失礼しますね」

「本当に、ありがとございました!!」


「いやぁ、本当に良かった……」

「"無哭(むこく)"が街にいたのが何よりの奇跡だ……!」


ため息混じりに盛り上がるギルドを背に、ふたりは一度だけ視線を合わせて、ギルドの大扉を出る。



セレスの大通り、夕暮れの石畳には、二つ分の影が長く伸びていた。赤く染まる空の下、街のざわめきが日常としてそこにある。

帰路を急ぐ人々や、依頼帰りの冒険者。自分たちも、その中の一人だった。


少し疲れたように、ルシアンが小さく息を吐く。


「どこかで夕食にしようか、ガルド。屋台でもお店でも、どこでもいいね」


向けられた眼差しは、当然"君が決めてくれるでしょう?"という笑顔。

拒否権は、なさそうだった。


「…………」


その問答無用の笑顔に、しばし宙を見たあと、ガルドも小さく鼻をすんと鳴らす。


「ったく……」


一歩、足を踏み出す。

通りの角を曲がって、屋台の灯がちらほらと灯り始める路地へ。

ルシアンがふと笑う気配があり、そのまま何も言わず、ガルドの背についていった。




街路灯が、ぽつ、ぽつりと灯っていく。茜に染まった空に、早くも宵の気配が混じる時刻。

ガルドは言葉少なに歩を進めながら、鼻を頼りに路地の先にある小さな食事処を目指していた。


――できれば静かな場所がいい。席が広めで、外気が抜けて、騒がしくなくて、座って落ち着けて、"ゆっくり話ができる"店。



「……ここでいいな」

「うん」


路地の中ほどで、立ち止まった店の引き戸をくぐる。

店主と目が合い軽く顎をしゃくると、奥の静かな席に通された。



腰を下ろせば、対面にルシアンがふわりと座る。隣席とは細い板で仕切られており、外の空気が緩やかに通る。

香ばしい焼き物の匂いと、温かい湯気が漂っていた。


直後、注文を取りに来た店員に、ルシアンはいつものにこやかな顔で会話を済ませていく。


今日のおすすめを二つ。鳥のグリルと、ポタージュも。


パタパタと店員の足音が遠ざかっていくのを耳に、ガルドがテーブルを軽く指先で叩いた。――トン。



「……聞いていいか」

「ん?うん」


問うように視線をやると、ルシアンも軽やかに頷く。まるで、何一つなんとも思っていないかのような笑顔。

ガルドが一度だけ眉間を揉み、ゆらりと眼差しを向けた。


「……境界線の話、するぞ」


静かな口調で、だが逃さないように――その重たい口調に、銀の瞳がひとつ瞬いた。


「腰の……いや」


――とはいえ、どう言えばいいのか。

ガルドが身体の前で腕を組み、小さく唸る。


「……、……今、決めとけ」

「うん?」


低い声。だが、責める調子ではない。

どこか、落ち着いた圧だった。


「お前の"ここから先は触んな"ってとこだ。……はっきりさせときてぇ」


……元来ガルドは、ごちゃごちゃと考えるのは得意ではない。ので、もう真正面から言い切った。

まるで最初に線を引くことで、これ以上の失態を絶対に避けようとするかのような。


「……あと、手ぇ出す前に聞く。次から」


どこまでが"平気"で、どこからが"ダメ"なのか。――必要だ、今後の旅路のために。

それによって万が一、命に関わるような事故を起こさぬように、ちゃんと聞く。守る。


ガルドの視線には、それだけがあった。



「……ふふ、ストレートにものを言うね?」


やんわりとした声を返され、ガルドの肩が小さく揺れた。テーブルの向かいの席、ルシアンが首を傾けて微笑んでいる。

淡紫の前髪が目にかかる、その隙間から……細まった銀の瞳がのぞく。

手元の水のグラスを手にして、ルシアンがそれを一口含んだ。


その眼差しがもう一度、ガルドを捉える。


――言う必要性が?


そんな表情にも見える。

がしかし、ガルドはその視線にも怯まなかった。……怯めなかった。


「……必要だ。俺は護衛だろ。……お前の命を預かってる」

「…………」

「だから……、……知らずに踏み抜くのが、一番まずい」


腕を組んだまま、ぽつぽつと言葉を足す。

それは何とか言葉として捻りだそうとしているような、苦い表情。静かで、どこまでも実直な声音だった。


「……さっきみてぇに触れて、お前が魔力乱したり、動けなくなったり。それで死なれてみろ。……目もあてられねぇ」


――そうはなりたくないのだと……言外のその言葉だけが、まっすぐにテーブルを越えていく。


「俺は魔術師についてはからっきしだ。正直わかんねぇ。……どこがダメで――どう触れたらまずいのか。怒るのか、拒否か、平気か」


ガルドの赤い瞳は、ルシアンの銀を正面から捉えたまま逸らされない。組んでいた腕が解かれてテーブルの上に乗れば……木の卓はぎしりと軋んだ。


「……教えろ」


静かな低い声――それは脅しでも命令でもなかったが、守ると決めた男の言葉として、何よりも重かった。






――【ガルドの心の安寧のために】

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