表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
星花の盆地
25/54

【ガルドの心の安寧のために】



「調査団の方々の報告を待って、正式に報酬をお渡しいたします!ご足労をかけますが、また明日ギルドにお越しいただいてもよろしいですか?」


にこやかな書記官に言われ、ルシアンが柔和に微笑んだ。


「ええ、承知しました。では、失礼しますね」

「本当に、ありがとございました!!」


「いやぁ、本当に良かった……」

「”無哭(むこく)”が街にいたのが何よりの奇跡だ……!」


やんややんやと盛り上がるギルドを背に、ふたりは一度だけ視線を合わせて、ギルドの大扉を出る。




セレスの大通り、夕暮れの石畳には、二つ分の影が長く伸びていた。赤く染まる空の下、街のざわめきが、日常としてそこにある。

帰路を急ぐ人々や、依頼帰りの冒険者。自分たちも、その中の一人だった。


少し疲れたように、ルシアンが小さく息を吐く。


「どこかで夕食にしようか、ガルド。屋台でもお店でも、どこでもいいね」


”当然、君が決めてくれるでしょう?”という笑顔。

拒否権は、なさそうだった。


「……」


その笑顔に、問答無用で夕食の決定権を託されたガルドは、しばし宙を見たあと、小さく鼻を、すん、と鳴らした。


「ったく……」


一歩、足を踏み出す。

通りの角を曲がって、屋台の灯がちらほらと灯り始める路地へ。

ルシアンがふと笑う気配があり、そのまま何も言わず、ガルドの背についていった。




街路灯が、ぽつ、ぽつと灯っていく。染まった空に、早くも宵の気配が混じる時刻。


ガルドは、言葉少なに歩を進めながら、嗅覚を頼りに、路地の先にある小さな食事処を目指していた。


――できれば静かな場所がいい。席が広めで、外気が抜けて、騒がしくなくて、座って落ち着けて、”ゆっくり話ができる”店。


「……ここでいい」


そう言って、立ち止まった店の引き戸をくぐる。

店主と目が合い、軽く顎をしゃくると、奥の静かな席に通された。




腰を下ろせば、対面にルシアンがふわりと座る。隣席とは細い板で仕切られており、外の空気が緩やかに通る。

香ばしい焼き物の匂いと、温かい湯気が漂った。



「……聞いていいか」

「ん?うん」


問うように視線をやると、ルシアンは軽やかに頷いた。まるで、なにひとつ、なんとも思っていないかのような笑顔。

ガルドが一度だけ眉間を揉み、ゆらりと眼差しを向ける。


「……境界線の話、するぞ」


静かな口調で、だが逃さないように。

銀の瞳が、こちらを見た。


「腰の……いや」


――どう言えばいいのか。

ガルドが身体の前で腕を組み、小さく唸る。


「…………今、決めとけ」

「うん?」


低い声。だが、責める調子ではない。

どこか、落ち着いた圧。


「お前の“ここから先は触んな”ってとこだ。……はっきりしとけ」


ガルドは、ごちゃごちゃと考えるのは得意ではない。もう、真正面から、言い切った。

まるで最初に線を引くことで、これ以上の失態を絶対に避けようとするかのような。


「……あと、手ぇ出す前に聞く。次から」


どこまでが、地雷か、禁域か、境界線か。今後の旅路のために。

それによって万が一、命に係わるような事故を起こさぬように、ちゃんと、聞く。守る。

ガルドの視線には、それだけがあった。



「……ふふ、ストレートにものを言うね?」


テーブルの向かいの席、ルシアンが首を傾けて微笑んだ。

淡紫の前髪が、目にかかる。その隙間から、銀の瞳がのぞく。


直後、注文を取りに来た店員とは、ごくなんでもない顔をして会話をした。


今日のおすすめを二つ。鳥のグリルと、ポタージュも。


パタパタと店員の足音が遠ざかっていく。

手元の水のグラスをもって、ルシアンが一口含む。


銀の瞳がガルドを捉える。


――言う必要性が?


そんな表情にも見える。

がしかし、ガルドはその視線にも、ひるまなかった。


「……必要だ。俺は護衛だろ。お前の命を預かってる。だから、知らずに踏み抜くのが、一番まずい」


腕を組んだまま、言葉を足す。

静かで、どこまでも実直な声音だった。


「……さっきみてぇに触れて、お前が魔力乱したり、動けなくなったり。それで死なれてみろ。……目もあてられねぇ」


そうなりたくねぇんだ、と。

その言葉だけが、まっすぐにテーブルを越えていく。


「だから聞いてんだ。……どこがダメで、どこがギリギリで――どう触れたらまずいのか、怒るのか、拒否か、大丈夫か」


ガルドの赤い瞳は、ルシアンの銀を正面から捉えたまま逸らさなかった。


「……教えろ」


静かに、低く。――それは脅しでも命令でもなかったが、けれど、守ると決めた男の言葉として、何よりも重かった。






――【ガルドの心の安寧のために】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ