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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
都市セレス
14/53

【西の泉】


一度宿に戻り、旅装に着替え、二人は西の街門へと赴いた。


門兵にギルドカードを見せ、歩き出そうとしたところ、通りを記録官の男と助手の女がやってきた。

現地にて合流、とのことだったが、街を出るタイミングが合ってしまったらしい。

ギルドから通達を受けていたのか、ルシアンとガルドのもとへ歩み寄り、けれど一瞬迷うようなそぶりも見せた。


「ええと、補助者の方、でしょうか……?」


記録官の男が、ルシアンをみて不安げに尋ねた。どこからどうみても、自分たちとは家格の違いそうな物腰、身なり。

ギルドからの通達は、Fランクの冒険者が同行する、とだけ。……この男がFランク……?と不安になるのも無理はなかった。


ついで、記録官の後ろで、助手の女が小さく肩を跳ねさせる。ルシアンの後ろに立つ獣のような男を見て、おどおどと記録官の背後に隠れた。


「ええ、ルシアンと申します。調査の補助にあたらせていただきます。よろしくお願いいたします、記録官さん、助手さん」


胸に手を当て、ルシアンが軽く首を傾げて柔和な笑みを浮かべる。

圧も格もない、無害な笑顔。記録官と助手の緊張をほぐすには、十分すぎるものだった。


「あっ、い、いえ、こちらこそっ……! すみません、疑ってしまって……!」


記録官の男が慌てて頭を下げる。それを見て、助手の女もぺこぺこと礼を重ねた。


「環境記録官のセナと申します。……ああ、ええと、こちらは助手のカリナです」

「よ、よろしくお願いします……!」


二人とも、丁寧な口調ではあるが、まだ緊張の色が抜けきれない。だがそれは、ルシアンに対してだけではなかった。

その後ろで、無言のまま立つガルド。見上げるほどの大柄な体躯に、鋭い赤い眼、そして無表情――ただ立っているだけで、異様な存在感だった。


「そ、その……そちらの方は……道中の護衛の方でしょうか……?」

「ガルドだ」


短く名乗るだけで、セナもカリナも再び小さく跳ねる。

けれどその声に敵意はなく、ただ事実を告げるだけのものだった。


「……え、えっと、すごく、心強いです……!」


言葉に実が伴っていないのは明白だったが、それでも一応の礼は尽くしていた。

セナが書類を抱え直し、ぎこちなく笑う。


「では……ええと、目的地までは徒歩半刻ほど。街門を出て、第三農道を目指しましょう」


四人は並び、あるいは列を成して、あらためて西の街門をくぐっていった。

朝陽はすでに高く、旅路には申し分ない晴天だった。




セナの背中では、魔力測定装置のケースが歩みに合わせて小さく揺れていた。

手元の書板を広げ、ちらりとルシアンを見やる。


「えっとですね、前回の調査では、泉の南側からわずかに魔力が感知されていました。……おそらく地下に、魔力だまりがあるのかと……」

「魔力沈殿層でしょうか」


微笑むルシアンから返ってきた言葉に、セナとカリナがパッと表情を明るくする。

会話の通じる者を見つけた表情だ。


「そ、そうです、恐らくは!」

「沈殿層があるのなら、地形そのものが魔力を吸い込んでいることも考えられますね。

たとえば、時間帯によって泉が光ったりなんてことは……」

「っあります、あります!たまに水面が脈打つように、ええと、午前中に二度、午後は三度、夜中に二度!」


急に熱を帯びたセナに、後ろを歩いていたガルドが眉をしかめた。

疑問や不信を感じたわけではない。ただ単純に、魔力の話題には明るくなかった。

対してルシアンは、それに小さく頷くだけ。


「魔力波が断続的に上がってきている状態でしょうね。人間でいえば、血流のような」


――まぁ、つまりは”なんか流れてる”ってことだな、とガルドが納得した。

自分にもわかるようにルシアンが話していることが、理解できる。


ルシアンは、歩調を崩さぬまま、そっと首を傾げてセナに視線を向けた。その銀の瞳には、好奇と理解、そして配慮が滲んでいる。

まるで、“ちゃんと聞いているよ”と無言で伝えるような微笑だった。


「……はいっ、その例え、とても分かりやすいです……!」


セナが感激したように顔を上げた。

ルシアンの表情に触れたその瞬間、彼の肩の力がふっと抜けるのが見て取れた。

そして、どこか誇らしげに書板を抱え直す。


「……やっぱり、魔術師の方に来ていただけてよかった……。普段の調査じゃ、なかなか“魔力の流れ”を理解していただけなくて……」


カリナも、セナの隣でうんうんと何度も頷いていた。蚊帳の外に置かれているガルドが、やや不満げに鼻を鳴らす。


「……で、そいつが流れてると、どうなるんだ?」

「えっ……あ、えっと、魔力流動が発生すると……泉の成分変化や、局所的な植物の異常成長が……」


急に口調が元に戻ったセナに、ガルドの目が細くなる。

その鋭い視線に、またもカリナがセナの背に隠れた。


「……つまり、でっかい草が生えるか、毒でも出るかって話か」

「えっ……まぁ、……た、端的には、はい……!」


その返答に、ようやく納得がいったのか、ガルドが視線を外す。ルシアンがふ、とかすかに笑ったように見えた。

林の縁が見え始める。風が通り、木々の間にわずかなもやが揺れていた。



「……あれが、“西の泉”です」


セナの声に、全員の歩みが自然と緩む。

陽光が木漏れ日となって降り注ぐ、その先に――泉があった。






――【西の泉】

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