【騒ぎは無用です】
翌朝、ハス村。
ルシアンらに案内されて魔獣の死骸を確認した村人たちは、卒倒する勢いだった。
しかし、こんなものが何匹も村の地下を蠢いていたと言われれば、それも無理はない話。
「地質調査員を呼んで、村の地盤を調べてもらうと安心でしょう。なにかの拍子に急に陥没してしまう可能性もあります」
「ええ、ええ、すぐにでも……、そ、それであの……報酬について、なのですが……」
――おどおど、いった具合で……村長が、ふと申し訳なさそうに声を潜めた。
元はといえば調査の依頼。
いくら駆除で追加報酬が出るとあっても、まさかその数が十一体にも及ぶとは思ってもいなかったのだろう。
踏み倒すつもりこそないが、今後の冬支度もある。村の資産である牛も数が減った。――正直なところ、苦しい。
気まずそうに口ごもる村長を見て、ルシアンが隣の護衛を見上げた。
ガルドは、……対して興味もなさそうな顔で、ふいと目をそらす。どこか、面倒そうな表情にも見える。
そうして、がしがしと頭を掻いた。
「……額面でいい」
言い捨てるような声に、村長たちが弾かれたように顔を上げる。
「よ、よろしいのですか!? し、しかし駆除までしていただいて……!」
「いい。……こいつの"実験"に、付き合っただけだ」
苦々しげに吐き捨てたその横で、ルシアンが愉快そうに目を細めた。
実験……?とわずかに村長らが首を傾いだが……深入りをする者はいなかった。
「あ、ありがとうございます……!では、ギルドのほうに、そう報告を……!」
「ああ」
何度も頭を下げられ、ようやく一件落着といった様相になる。ガルドも適当に相槌を打ちながら、ちら、とルシアンを見た。
面倒な始末は全部俺か、という眼差しと。
さすがだね、助かるよ、と見える微笑み。
……どうやら今日も、振り回されるのはこっちなのかもしれなかった。
「ふふ」
村でほんの少しの仮眠をとって、ベルミードへの帰り道を辿る中、ルシアンがふと、そう笑った。
隣を歩いていたガルドが、眉を吊り上げて訝しげに隣を見やる。
「……なんだ」
「君のそういう優しいところ、嫌いじゃないね」
まだわずかに眠たげな視線は、まっすぐ前を向いている。平原を渡る風は外套を揺らし、湿った土の匂いは徐々に遠くなっていく。ガルドが、小さく鼻を鳴らした。
――村人に対して、情けをかけたつもりも、優しくしたつもりもない。
報酬の金額云々でこじれて、話が複雑になるのは……まぁ、自分も面倒だったし、隣の男も恐らく好まないと思った。ただそれだけ。
「あ、じゃあ"実験"に付き合ってくれたお礼に、私がガルドに支払おうか」
軽やかな声で、そう続いて――ガルドの赤い瞳が、じわりとその横顔に視線を投げた。
……――支払う、とは……。
少々、邪で不埒な妄想が脳裏に浮かぶ。
「何が欲しい?」
「……、……何がってなんだ」
「なんでもいいよ。お酒でも、お肉でも、他のものでも」
ふわりと微笑みつつ、ルシアンが隣を見上げれば、護衛は渋面をしていた。
街道に吹く風が、ふたりの間を静かに通り過ぎる。
ガルドもすぐには答えず、……いや答えられず、ルシアンの視線を受け止めたまま、しばし口を閉ざした。
「……なんでも……」
ぽつりと漏れた声は、風に消えかけるほど低い。
けれど、確かにそれは――"欲"をかみ殺すような、重みを持っていた。
街道はいつの間にか舗装された道まで戻ってきており、靴底が石畳を叩く音が規則正しい。
小鳥が二羽、小さく鳴いてじゃれ合いながら、午後の空を渡っていった。
「……考えとく」
――ぼそり、ようやく落ちたその一言に、ルシアンの肩がわずかに揺れた。
ふふ、と笑ったのかもしれない。けれど顔は見えない。
それでも――すぐ隣にいる淡紫の気配は、どこか嬉しそうに滲んでいた。
日は傾き、街までは、もうすぐだった。
ベルミードへ戻れば、街は相変わらず、市場のように賑やかで温かい。石造りの冒険者ギルドも、夕陽を受けて赤くその身を染めていた。
ギルドホールは空気が少しだけ乾いており、まだ動きの少ない空間に、外のひやりとした夕風が混ざる。
「あ、お疲れさまです!」
ふたりの姿を見とめた受付嬢が、ぱ、と顔を上げて会釈をひとつ。確か昨日、家畜喪失の調査依頼を受けて行ったはず、調査は抜かりなく終わったのかしら、と。
「お疲れさまです。報告をお願いします」
「はっ、い、お預かりします……!」
ルシアンの柔和な微笑を真正面から浴び、それでも受付嬢は、幾分か慣れたような声で応対した。
どんなに麗しい見目の男だろうが、怖い顔の大男だろうが、こちらも仕事。ギルド職員としての矜持が、まだ一応ある。一応。
魔術師が差し出した報告書を、両手で丁寧に受け取る。
「えっと、調査依頼ですね。確認いたし――」
――ドサ、とガルドが無造作に、カウンターへ置いた袋を見て……受付嬢の言葉が、途中で止まった。
「……え?」
受付嬢の手も、ぴたりと止まる。
「……、……討伐だ」
低く、小さく、ガルドがぽつりと一言。――ハッとした受付嬢が、慌てて報告書に目をやった。
ヴァルクレッサ。十一体。ガルド・ヴェルグリムによる討伐対応。
村地盤沈下の恐れ。要対応。
報告書に走っていた視線が、ゆっくりと牙の詰まった袋へと、移る。
数えるまでもない。
硬質で大ぶりな牙が、袋の口から無遠慮にはみ出している。
報告書、カウンターの袋、報告書――と視線が行き来し、
「ッ……った、対応、確認いたします……!」
半ば反射のように顔を上げれば、そこにはどこまでも涼しげな笑顔と、無表情に近い赤い瞳……対照的なふたりが並んでこちらを見ていた。
立ち上がった受付嬢がぴしりと姿勢を正すと、報告書と牙の袋を手に、カウンターの奥へと駆けていく。
ぽつん、と残されたカウンター前……ガルドが、横目でルシアンを――。
「……腹、減ったな」
……その呟きに、隣の魔術師が、肩を揺らして笑った。
やがて受付嬢が、上級書記官を伴って戻ってきた。
依頼の難易度や危険度、それらを精査する役職なのだが――こちらも蒼白としている。
そこらの冒険者ではない、無哭のガルドと、"それを動かすならこの魔術師に"、とまで通達のあるこのペアだからこその、真実と、結果。
「これは……なんと……」
「村地中に群れていたんです。ヴァルクレッサが、十体ほど」
ルシアンが静かに告げる。
その微笑みは穏やかで、事態の重さに対してあまりにも軽やかだった。
ガルドが面倒くさそうに腕を組み、「ちゃんと調査しとけ」とぼそりと呟く。
「え、えぇ……申し訳……あの、ほ、本当にお二人で……全部……!?」
上級書記官は書類を取り落としそうになりながら、それでも業務の手を止めない。
だがやはり、その顔に血の気は戻らない。
「まぁ……二人でというよりは……一人で、ですが」
誰とは言わず、ルシアンがさらりと笑う。
何とも言わず、地質調査についてのメモも、置く。
そのさりげなさはむしろ、ギルド側が"間違って騒ぎ立てないよう"に、意図的に話を広げないようにも見えた。
――ギルドカウンター前に、再び静寂が落ちる。
上級書記官は、唇を噛みしめるようにして報告書を読み直していた。
一枚、また一枚。そこに添えられたルシアンの丁寧な筆致と、魔獣の詳細な観察記録。
そして裏付けるように山と詰まれた"討伐証明"の牙。――外殻、爪、心核も。
「……大変、申し訳、ございませんでした……」
低く吐き出すような声。
だが怒気ではない。混乱と畏怖と、そして、安堵。
「こちらの、調査不足です……」
「う、牛どころか、村ごと沈んでたかもしれませんね」
受付嬢が小さく震える声で呟く。
先ほどまでの明るさが嘘のように、ギルドの空気が重い。
それでも――。
「……ありがとうございました。村のほうにも確認をとって、正式な処理は後ほど、書類とともに報酬をお渡しします」
上級書記官が、深く頭を下げた。その姿に、受付嬢も続く。
それを見て、ルシアンがわずかに表情を緩めた。誰よりも穏やかで、誰よりも他人事のようなその微笑は、どこまでも興味がなさげだ。
隣では、ガルドが気だるげに鼻を鳴らす。褒められようが感謝されようが、特に変わることはない。
ただ、肩越しに魔術師の気配を感じながら、扉の向こうを見やった。
「……おい、腹、減った」
そうぼやくと、ゆっくりと踵を返す。
再び肩を揺らしたルシアンが、後に続くように軽やかにその場を離れて。
残された職員たちは、しばし言葉を失ったままだった。
――【騒ぎは無用です】




