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【物見遊山の、その前に】


迷子のエルを無事に両親に引き渡し、ふたりは街の中央通りにある茶屋で昼食をとっていた。空は高く晴れており、窓から差しこむ陽射しもどこか柔らかい。

空になった皿にフォークを置き、ルシアンが正面のガルドに視線をやる。


「ここを出たらギルドに行こうか、がる」

「……てめぇ……」


ぴく、とガルドの口角が振れるものの、からかい一色ではない、どこか優しげなその呼び方に……真っ向から文句を言えない。

正面でにこりと笑い、ルシアンは静かに水のグラスを傾けた。


「ふふ、でもああやって小さな子に懐かれている君、狙って見れるもんじゃないよ」

「見せもんじゃねぇんだよ……教えてやんねぇぞ、"不思議な場所"」



はた、と銀の眼差しと、その手元の動きが止まる。腕を組んだガルドが、ぎ、と背もたれに身を預けながら、片眉を上げた。


「……なにかいい情報があるのかい?」

「どうだったかな」

「ガルド……」


わずかに、ルシアンの眉が下がる。ひどいね、と、ごめんね、を混ぜたような表情。"許してよ"も垣間見えたその顔に、思わず頬が緩みそうになってしまい――ガルドは咳払いをして、どうにか誤魔化した。


「……、街の外に、"夜明けの回廊"っつー名前の、遺跡があるらしい」

「うん」


じ、とルシアンがガルドを見つめる。その瞳に、明らかな興味の色が浮かぶ。


「……誰も近づかねぇ。奥にある石板が光るだとか、中にある石像が動いただとか……いろいろ言われてるが、どれも噂レベルだ。信憑性はねぇぞ」


……まぁ、と続いたガルドの声は、銀の眼差しに耐えきれず、その手元に落ちた。


「……興味があるなら、止めねぇけどな」


その声色に、棘はない。"確認"の響きがあるだけで、……そんなガルドの情報にルシアンは、満足げな笑みを浮かべた。にっこりと笑う瞳は、さすがだね、とでも言うかのような賛辞の表情。


「いいじゃないか。光る石板もぜひ拝んでみたい。面倒ごとだったら、帰ってくればいいしね」

「……ああ、だな」


互いに目線を合わせて立ち上がり、店の出口の方へ。茶屋のカウンターに代金を置き、淡いクロークの裾を翻して外へ出た。

店の外は、昼を少し過ぎたいい天気。石畳を歩く人々の姿もまばらで、商人たちは店の奥で昼休みに入っているようだ。


「まずはギルドかな。夜明けの回廊って、街から遠いのかい?」


通りを歩きながら、ルシアンがわずかに振り返る。とはいえ、ガルドも街で噂程度に聞きかじっただけ。場所はなんとなくわかっているが、行ったことはない。


「あー……北門の先にある林を越えたとこらしい。徒歩で半日ってとこか」


ぼやくようなガルドの声に、そう、と返ってくる声は軽やかで、どこか街の空気に馴染んでいた。

ギルド、と聞いて、ガルドも肩をわずかにそわつかせる。朝の散歩の流れでここにいる。……大剣は、宿に置いてきている。

もし依頼にでも行くのなら、一度宿に帰って、支度を整えて、夜明けの回廊は名前からして"夜明け"に何かがあるのだろうから、時間もそれに合わせて――と、護衛の脳が働く。


「……ギルド、依頼でも見に行くのか」


半歩後ろを歩いていたガルドが、ルシアンの背に目をやる。手をポケットに突っ込み、ぼそりと声を落とせば……歩幅を緩めた淡い影が、肩越しにだけ視線を向けた。


「ねぇ、ガルド」

「……んだよ」

「この二か月、私たちの護衛契約は、いわゆる"個人契約"だったんだよね?」

「は……、……ああ、そうだな」


一瞬……足が止まりかけたが、ガルドは短く、頷いた。


冒険者を護衛として雇う、"護衛契約"。それを定める契約形態には、主に二つの形があった。

一つは、雇用主と冒険者との間で直接結ばれる、"個人契約"。

もう一つが、冒険者ギルドを介して書面を取り交わし、契約を記録・保証する"正式契約"。


個人契約が違法というわけではないが、責任の所在が曖昧になりやすく、その不確実性からあまり推奨されていないのも確か。……故に、推奨されるのは常に後者だ。

"公的に、ふたりの立場を保証する"――それが、"正式契約"だった。


「そろそろ、正式に護衛契約の手続きをしないかい」

「……あー……。……あれ……書くもん多いんだよな……」


通りに視線を流しながら、低く返したガルドに……ルシアンが目元を緩めた。






冒険者ギルドの大扉を開けて中に入れば、空気はガラリと変わった。

先ほどまでは、"陽光の街"――といった具合だったが、ギルド内は鉄と革の匂い、戦士たちの領分。けれども、やはりどこか明るく活気に満ちていた。


しかし、ルシアンとガルドが揃って中に踏み入れば、ざわ、とギルドホールの呼吸も変わる。

かたや中性的な貴族風の男。かたや無哭(むこく)のガルド――。

だが、『無哭が誰かと組んだらしい』というのは冒険者たちの間ではすっかり浸透しており、集まる視線は『あれが無哭の仲間か』といったものがほとんどであった。


ギルドの職員も例外ではなく、訪れたふたりを見て背筋を正した。

すでに通達が来ているのだ。――"無哭に依頼を頼みたければ、魔術師に説得を"。緊急の依頼などなくとも、それはもはや、各ギルド支部では暗黙のこととなっていた。


街着ながらに威圧感漂う無哭と、その横で柔和に笑う魔術師。

それが揃って受付カウンターへ来たことで……受付周辺の空気が、柔らかな緊張に包まれた。


「こッ、こんにちわ、ご用件をどうぞ!」


受付嬢が、一言目をひっくり返しながら、ルシアンに笑みを向ける。

微笑を返しながら、淡紫の髪がゆるりと傾いた。


「護衛契約の手続きをお願いしたいのですが」

「はっ……」


「っ!!――はいッ!承知しました!」


固まりかけた受付嬢の後ろから、カウンター内にいた書記官が慌ててすっ飛んできた。背後では別の職員も、書類棚をひっくり返す勢いで、ばたばたと資料をかき集めている。


「うっわうちの支部でかよ……!」

「待っ、カウンターに来るってことは"正式"だろ……ッ!」

「えっ専属かな……無期限……わかんね、書類両方出せッ」



――なにやらえらいことになってしまった、とルシアンがガルドを見上げれば、ガルドはくい、と片眉を上げるばかり。目線だけでルシアンの革鞄を示し、低くぼそりと呟いてみせる。


「……ギルドカード出しとけ。身分確認に使う」

「あ、うん」


革鞄からカードを取り出すルシアンの面前、必要書類を整えながら、書記官がちらちらとそちらへ視線を投げる。

ギルド支部各所からたびたび通達のあった、"無哭と同行の魔術師"――。どうやら護衛関係にあるらしい、というのはギルド内部でも噂程度でしか語られていなかったが、まさかこの支部でそれが公的なものになるとは、と。

おずおずと、その手がルシアンのギルドカードを預かる。


「え、と、で……では、簡単にご説明を……」

「はい、お願いします」


ふわり、と微笑んだ瞳に、職員一同、釘付けになった。その中性的な魅力に、ではない。制度の説明をきちんと聞いてくれそうな、誠実さに、である。

少々ビジネス的にゲスな言い方をすれば、これは"太いお客様"……。きらりと瞬いた職員の眼差しに、ガルドが呆れたように口角を緩めた。






――【物見遊山の、その前に】

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