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ルシアンの物見遊山【つづきはIIへ】  作者: フジイさんち
護衛契約

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【冒険者ギルドの異物】


北方大陸の南東に位置する、小さな港街。

街の外と繋がる北門から延びる大通りは、海に面する南側の港湾地区と接続されている。

街の中心であるその通りの中ほどに、石造りの大きな建物があった。


看板などは出ておらず、しかし盾と剣、そして杖が互いに噛み合うようなエンブレムが掲げられているここは、――冒険者ギルド。


その正面にある大扉が、重たげな音を立てて開かれた。

踏み入れば、夏の昼下がりの喧騒と、鉄、革、酒と汗の匂いに満ちたギルドホールが迎えてくれる。視線を巡らせてみると、なるほど冒険者ギルド内部の造りはどこの支部でも大方同じようなものらしかった。


――ふむ、と男が、小さく息をつく。


向かって正面奥には、総合的な窓口となる受付カウンター。右手を奥へ進めば、ギルドに併設の食堂兼酒場がある。


昼の腹ごしらえをしていた冒険者らの中、男がそちらへ足を進めればざわりと空気が波打った。


「……オイ見ろよ」

「男……?いや、でも……」

「……貴族……いや商人か?」


不躾な囁きが男へ向く。だがそれも、仕方のないことであった。

淡い薄紫の髪に、銀の瞳、上品な旅装。この男、名前をルシアンといった。

柔和な微笑みを湛えながら、やけに堂々とした風体で食堂を覗き込む姿は、この場所にまるで馴染まない。


何より本人が、このざわめきの一切を意に介さぬ様子だった。ただ静かに、視線を巡らせていく。

自らに集中する視線のどれとも目を合わせず、けれど冒険者らの一人一人を静かに見やる。

淡紫の彼は心中でひとつ、この場を見定めていた。


(……好奇の目を向けるものは数あれど……こちらへ注ぐこの視線に耐えられる者でなくては――)


銀の眼差しは穏やかで、それでも食堂の一角でぴたりと視線を止めた。


ゆるりと歩み出せば――こつこつと靴音が響く木床。ルシアンの歩みが大仰なのではなく、食堂が静まり返っているからこその物音であった。


薄い外套を揺らしながら進んでいった先……賑やかしかった食堂のその奥、壁際、片隅。

そこに、静かに飲む一人の男がいた。


肌は日に焼け、古傷だらけ。黒髪は無造作に伸ばしっぱなしで、傍らには幅広の大剣。

乱暴に脚を組み、丸卓に片肘をつきながら、無言で酒杯を口に運ぶ。


誰も近づかず、誰も話しかけない。――まるで、誰のことも必要としていないかのような男だった。


それでもまっすぐに引き寄せられるように、ルシアンが男の卓のそばへ行く。

ただその佇まいだけを見て……笑みをひとつ向けた。



「こんにちは。旅の護衛をしてくれる方を、探しているんですが」



――酒場の空気が凍ったのは、ルシアンのその一言があったからだった。


黒髪の男はひとつも眉を動かさず、極めてゆっくりと視線を上げた。重く、淀みのない、獣のような赤い瞳。


「……何だてめぇ」


返されたのは、低く落ちる声。ルシアンは微笑を崩さず、目を細めてその赤を見つめ返した。

銀の瞳は、決して男を品定めをするような眼差しではない。ただ、"対話するに値する"と判断しただけのような温度がある。


穏やかなまでに張りつめたそのやりとりを見た冒険者たちが、静かに息を呑む。


「おい……あいつ無哭(むこく)に……」

「無哭は無理だって知らねぇのかよ……?」


"無哭"――とは、この赤眼の男のことであろう。それを耳の端に引っ掛けて、ルシアンは変わらずにその男に笑みを向けていた。


潜められたざわめきの中、誰かが椅子を引く音すらどこか遠慮がちだった。赤眼の男が放つ重苦しい威圧が、ギルドの一角を支配していく。


だが。


「……チッ、」


"無哭"と呼ばれた男が、酒杯をごとりとテーブルへ戻した。

鋭い眼差しは、真正面から銀を捉えたまま逸れない。面倒そうに眉をしかめ、一拍を置く。


「……高ぇぞ、俺ァ」


続いた言葉は、この場の冒険者たちの誰もが予想外だったもので、けれどそう呟かれた声は明らかに追い返す音ではなかった。

再び息を呑む気配。――"無哭"が乗った……?……ただそれだけに、誰かの喉が震えて音を立てた。


「……まじかよ……」

「断らねぇのか、あいつが……」


ざわつく声が、先ほどまでとは違う意味で広がっていく。

ルシアンを見上げ、男がゆっくりと組んでいた脚を下ろす。片肘をついた姿勢で顎を引き、指先はトン、と卓を叩いた。


「話くらいは、聞いてやる」


睨み上げるような眼差しのまま、ため息が混じったような、ざらつく威圧感をまとった声がルシアンに向けられる。

何よりも、男の視線がルシアンのどこにも怯んでいなかった。

有象無象の冒険者連中のようにその存在を"異物"と断じることなく、真正面から対峙する姿勢。


ルシアンがひとつ、ゆっくりと瞬く。

どこかで、誰かが喉をごくりと鳴らした音がした。


「それは助かります。では、お話だけでも。――静かな場所で」


そう微笑んでルシアンが小首を傾げれば、目にかかりそうな前髪がふわりと揺れた。

たったそれだけの動きひとつとっても、知性と教養が滲み出る。周囲からの視線――とりわけ"興味"が、より強くなる。


だがルシアン本人は目の前の赤い瞳にしか興味がなく、静かに淡く笑うだけ。己に降りかかる視線を、歯牙にもかけていないようだった。

"この場で唯一話が通じるのは君だろう?"とすら言いだしそうな、微笑み。


「条件、待遇、日数についても、そちらで」

「……チッ」


柔和なその微笑を見て、赤眼の男が鋭く舌打ちをした。

そののちに、ぐ――と背に力をこめ、椅子を大きく軋ませて立ち上がった姿は……ルシアンから頭ひとつ飛び抜けてデカい。


赤い双眸が見下ろすようにルシアンを一瞥したのち、傍らの大剣を無造作に手にし、墨色の重たい外套を揺らして食堂を進み始める。その後ろを、ルシアンも静かに歩いた。



道ができるのは、人垣が勝手に割れていくからだ。

先ほどまで飛び交っていた声も、今はいないもののように黙り込んでいる。


目を伏せる冒険者たちは、視線が合えば噛みつく猛獣を前にしているかのようだった。



ギルドの受付へ男が視線を流せば、受付職員が慌てたように廊下の奥を手のひらで指し示した。応接用の個室へと続く廊下で、低い足音だけが木の床に響いていく。



「……無哭が、応接室だぜ……」

「なんなんだあの男……」

「無哭は貴族でも言うこときかねぇのにな」


二つの背が見えなくなったあたりで、やっとそんなざわめきが息を吹き返した。声に出すには命知らずすぎる野次が、食堂の空気に燻る。

しかし誰一人として、その背を追える者はいなかった。






無言のまま男が応接室の扉を開け、ずかずかと奥へ踏み入る。

静かに扉を閉めたルシアンも、それに倣うように部屋の中へ。


「……座れ」


短くそれだけを言い、男は部屋の奥、窓際の椅子にどかりと腰を下ろした。その動きだけで、古びた木椅子がぎしりと苦しそうな音を立てる。

わずかに首を傾いだルシアンも、机を挟んで男の向かいの椅子に腰かけた。……それだけで、部屋の空気が穏やかになるような錯覚がある。


――にこり。


ひとまずの挨拶のような柔和な微笑みは、やはりこの場にはそぐわなかった。

改めてそれを目にした男が、あからさまに眉根を寄せる。腕を組み、赤い瞳で真正面を見据えながら、数秒の沈黙。


「依頼の内容、道のり、報酬。それと……」


顎を軽くしゃくって、男はルシアンの全身を示すように視線を落とした。


「目的と、どこまでの戦闘を想定してるか」


その粗野な見た目に反して妙な実直さのある問いかけに、意外そうに微笑んだのはルシアンのほうであった。ぶっきらぼうな言葉の奥に、警戒や拒絶が見えないことも、……感じ取っていた。


「こっちは……護衛しろっつってハイそうですかってほど暇じゃねぇ」

「……ええ」

「……言え。あとは、内容次第だ」


言葉の最後に向けられた赤い瞳には、……ごくわずかな興味も滲んでいた。


他とは違って自分を怖がらないこの存在に、真っ向から向き合おうとする表情。珍しく目の前に現れた、"話が通じる人間"への探り。

……その声は低く、だが静かに――確かな意志を持っていた。






――【冒険者ギルドの異物】

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