第一章7 注文:ポルッタピア
祭り当日とあって、町の中は人が途切れず続き、肩が触れ合う距離で歩く者や立ち止まって話す者が入り混じって、活気であふれていた。
四方八方から各露店の準備する音や人の声、笑い声が聞こえてくる。
空は晴れていて、日差しが強い。その光が広場に差し込み、地面の石がわずかに熱を持っていた。
人の間を縫うように進み、カイルと約束していた集合場所にユノ達は到着した。
「着いたな。ルイ。....やっぱ人多いな」
ルイは黙ったまま噴水の縁に近づき、身を乗り出して水面を覗き込んだ。
噴水の近くは、水しぶきが細かく散り、湿った空気が肌にそのまま触れてくる。
人混みの中で、見慣れた顔を見つけた。
「お、きたな、ユノ」
その聞きなれた声、カイルが片手を軽く上げ、ユノもカイルに対し、手を上げた。
その時、カイルの隣に朝光を受けてふわりと揺れる髪が見えた。
肩下までゆるやかに波打つセミロング。ミルクティー色の淡いブラウンが光を受けてやわらかく返り、顔のまわりの髪が風に触れるたびにわずかに形を変える。
控えめな微笑みのまま、淡いアプリコット色の瞳がこちらに向いていた。
「ユノくん、おはよう。ん?ルイちゃんも一緒なのね」
ふわりと落ち着いた声。数日ぶりにその声を聞き、ユノの目がわずかに開く。
「おぉ、ユリネじゃん。カイルと待ってたんだね」
「ううん、さっき着いたばかりだよ。さっき、カイルくんに会って、今年もユノくんと祭りに行くんだ~って聞いたんだ。それで、急いで準備して今来たところ。今日の朝まで家のお手伝いがちょっと続いてたけど……もう大丈夫だよ。今年も一緒に祭り楽しめるね」
ユリネは、控えめな笑みを見せた。それは、昔から変わらないものだった。
カイルが軽く肩をすくめる。
「今年は、ユリネ無しで祭り回るのかと思ったわ」
「もう!カイルくん!」
ユリネは片手を上げ、カイルの腕を軽く叩く。
「おいおい、そんな本気にすんなって。偶然とはいえ、朝、会えてよかったじゃねぇか。こうして祭りが始まる前に集まれた」
「うん...!そうだよね。ありがとね、カイルくん」
「...っ。ま、まぁ...うん。てか、ユリネ、なんで今年はこんなに忙しかったんだ?これまで会えないってこと無かっただろ」
「え?今年は、確か世界樹のお祝いの日の節目?みたいでね、新メニューのパンを作ろうってなったの。それもあったし、都市から来る貴族のお偉いさんも来るみたいでそれに向けて準備も重なって忙しかったの」
「へぇ。世界樹の....、そんな特別な日だとは、知らなかったわ。ん?貴族サマも来んのか。なるほど」
ユリネは、カイルの言葉にわずかな引っかかりを覚えて首を傾げた。
「カイルくん?何かあったの?」
「ん?あぁ。大した話ではないが...朝起きた時、いつも父さんが庭で鍛錬してんだが、今日は居なかったんだわ。今まで祭りの日でも居ねぇことはなかったから、まぁ...少し気になってた」
そのやり取りを聞いてたユノの中にさっきの言葉がよぎる。
“変な奴に目ぇつけられるなよ”
胸の奥に、引っかかるような感覚が残る。
――なんだろう、この違和感
カイルがユノの顔を見る。
「どうしたんだ?ユノ。」
「ん?何?カイル」
「なんか...浮かねぇ顔してっからよ。なんかあったのかよ」
「....いや、別に...貴族の人たちが来るのかぁって思っただけだよ。直接見るの初めてだしね」
「なんだよそれ。まぁ。町長宛に手紙でだとか使者の人がくるかのどっちかだし、ここに住んでいる限り会うことはないよな」
貴族――その血統には代々優れた才能が受け継がれているとされ、国のため、民のためにその力を振るうことが求められている立場にあると聞く。
けれど、この町のような場所に来ることはほとんどない。何かあれば使者を通して伝えられるのが普通だった。
――どんな人だろう
「……お兄ちゃん?」
ルイは、眉をわずかに寄せ、目を細めてこちらを見ていた。
「ん?ルイ?」
ルイが黙ったままこちらに近づき、服の袖をそっと摘まんできた。
ユノは、ルイの頭を軽く撫で、ルイの頭が撫でる手に合わせて小さく揺れる。
少し撫でた後、撫でるのをやめて、カイルたちの方へ視線を向ける。
「これからどうしようか?」
カイルは一度だけ周囲に視線を巡らせ、軽く肩をすくめる。
「そうだなぁ。何個か開いてる出店はあるみてぇだけど、まだ全然だしなぁ。そろそろアレが始まっちまうからな」
「あー、開幕式でしょ?」
広場の中央には、すでに簡易の台が用意されていた。
行き交う人の流れはまだ止まっていないが、どことなく視線がそちらに向いている。
このあと開会式が始まれば、自然と足を止める人が増える。
特別に聞くつもりがなくても、その場に留まる空気ができてしまうのがいつもの流れだ。
今年は節目の年だと、さっき耳にしたばかりで、例年より話も長くなるだろうという感覚は二人の間でも共通していた。
「町長が変わってから、話が長くなってるし、普通にダルイんだよね」
「分かるわ。それになんか、上から目線で気に食わねぇし。前の町長の方がいいわ」
「もう、二人とも……。じゃあ、ラトシカカフェに行く?祭り限定メニューもあるみたいだし、どうかな?」
カイルが短く頷き、口元だけで笑う。
「お、賛成」
ユノも続けて、頷く。
「朝ごはん食べてきちゃったけど...うん、それでいいと思う。ルイ、大丈夫?」
「……べつに……いいけど……」
ルイはむすっとした横顔のまま、ユノの隣にいた。
返事した後もその表情はほとんど変わらなかった。
「よかった。じゃ、ラトシカカフェに向かいましょ」
ユリネがくすっと笑い、その笑みが場の角をやわらかく丸めた。
こうして、噴水前で4人の静かであたたかな再会が始まった。
4人は広場近くの木造で窓の大きなカフェ【ラトシカカフェ】へ入った。
扉をくぐった瞬間、香ばしいトーストの匂いと焙煎豆の香りが押し寄せ、店内は笑い声と食器の触れ合う音で満ち、席の間を行き交う人の動きも絶えない。
「いらしゃまっせぇー」
どこか気だるそうで気の抜けた雰囲気の男が軽い声でユノ達を迎え、店員に導かれるまま奥へ進む。
木の床がわずかに軋み、テーブルの間を縫うよう歩き、窓際の席へ案内された。
案内された窓際の席は、明るい木の机に光が差し込み、表面がわずかに白く浮いて見える。
窓際ってこともあって、外の光がそのまま入り、周りの席より少しだけ明るく照らされていた。にぎわっている外の様子もそこからよく見えた。
「注文決まったら、呼んでくれー」
木目のテーブルに祭り限定メニューが上に置かれ、四人はそれぞれ腰を下ろす。
周囲の賑わいに包まれながら、それぞれメニューを手に取り、紙をめくる音が小さく重なった。
カイルはメニューを開き、少し視線を下げた瞬間、視線が止まった。
「…おぉ......すげぇ……」
それから一度もページをめくることなく、“あるデザート”に張りついたまま動く無かった。
ユノはメニューを手に取り、最初のページを開く。
視線を上から下へ流し、一通り確認できた後、次のページをめくった。
また同じように視線を上から下へ流し、また次のページをめくり、それを何回か繰り返し、ひと通り見終えたところで手が止まる。
「んー....」
朝食を食べてきたせいか、どれも決め手に欠けていたのであった。
「……どうするかな、ドリンクだけっていうのもな」
決められず、小さくため息をし、もう一度メニューを最初から見直し始めた。
ルイは静かにページをめくり、いくつか進んだところで手を止めた。
そこには、白いクリームに包まれた料理の写真が載っている。
「...おいしそう」
ぼそっとつぶやいた後、すっとメニューを持ち上げ、そのまま顔の隠す。
やがて、顔の下半分が見えるくらいまでメニューを下げると、ちらりと周りを確認する。
誰も見ていないと分かると何事もなかったかのように視線をメニューに戻した。
白いクリームに包まれた料理の写真。
それを、気にしていないふりをするようにじっと見つめ続けていた。
ユリネは、すでにメニューを開き始め、数ページ目まで見ていた。
開かれていたページには、パンの写真が並ぶページで視線が止まる。
それまで流れていた視線がゆっくりになり、複数のパンが並ぶ中でクロワッサンの写真の上に指先が止まった。
薄く重なった層とやわらかな焼き色。
そのままページを押さえるように、そっと指先で撫でる。
しばらくして、最初に小さく息をついたのはカイルだった。
「……よし、決まったわ」
「おぉ、カイルはどれにするの?」
ユノが横目でちらっと見ると、カイルの視線は一点に刺さっていた。
「こいつ」
生クリームと果物が山のように盛られたパンケーキの写真があった。
白いクリームがこんもりと重なり、その上に色とりどりの果物が乗っている。
「マジかよ。甘いのが好きなのは知ってたけどさぁ……朝からそれ行くのかよ?」
ユノが思わず、顔をしかめた。
「は?いけるだろ。余裕。そこのお客さんも食ってるだろ」
「...は? 何言って――」
ユノの視線の先に薄いカーキブラウン色の髪に大きな青と紫色の帽子を被った女性。
その女性の手元には、パンケーキが二皿並んでいた。
「えぇ。怖いんですけども……なんか帽子でかくね...?」
ユノがそう言うとユリネもその人がいるテーブルの方に視線を向け、目をわずかに見開いた。
「わ、すごい。あの人さ、パンケーキ以外にも何か食べてそうだね。テーブルの周りが皿だらけ...」
2人の視線は、そのテーブルの光景に引き寄せられたまま、しばらく離れなかった。
口元を緩めたカイルが、そのまま二人に向けて言う。
「居ただろ?。"こいつ"を朝から頼むのは俺だけじゃねぇってことは証明はできたぞ」
「いやいやいや、あれは例外だろ」
ユノはカイルの方に視線をずらし、わずかに顔を引きながらしかめっ面で言った。
「はあ?何が例外だよ」
カイルの表情がわずかに険しくなる。
それを見たルイは、わずかに眉を寄せたまま視線だけを向ける。
「...カイルさん、うるさい」
カイルが一瞬固まり、目だけがわずかに見開かれた。
「っ...うるさいって...泣きそうだわ」
カイルがしょげたように、口元と肩がガクッと下がった。
そこへさっきとの違う男性の店員がユノたちのテーブルに水が入ったコップを置きつつ微笑む。
「いらっしゃい!この店に来てくれてありがとな!注文は決まったか?」
ユノが先に軽く手を上げた。
「じゃあ俺から。この"モルの実のポルッタピア"をお願いします。」
カイルが一度だけ眉を寄せ、ユノの方に顔を向けた。
「なぁ、ユノ。そのポルッタピアってなんだ?」
「いや、知らない。興味本位っていうやつだよ」
「知らねぇのかよ!」
「あはは...。ポルッタピアは、小麦と緋鳥の卵、スパイスを混ぜて練って焼いた物だな!今日は祭り仕様で、ユグラシアス風にアレンジしてあってさ。細かく刻んだジャルドア大農園の果物も混ぜてるよ」
「おしいそう。頼んでよかった」
「よかったな。んじゃ、俺は、これ」
――祝祭ワールド・ラ・パンケーキ
「そいつか!はは、すごいなお前は。こんな朝から頼む人は、二人目だよ」
(カイル、ほんとにいきやがった...二人目ってことは、あの人除いたら、カイルだけじゃん!)
ユリネが静かに口を開く。
「次、私いいかな?」
「あぁ。どうぞ。ご注文は?」
「この“エルバ漬けサモネのコネルティサンド”、お願いします」
言葉の終わりに、わずかに口元がゆるむ。
「コネルティサンドだな!了解だよ。そっちのお嬢さんは?」
顔をメニューで隠していたルイは、メニューを机の上にそっと下ろす。
メニューに指先を置き、視線をすっと店員がいるところまで上げる。
「……これ」
”牛獣とタマネリのクリーム煮”
ユノが横から覗き込む。
「ん?ルイ、それ食べきれるのか?朝も食べたし、このあと祭りだぞ?」
店員が状況を拾って、軽く身をかがめる。
「お、朝食べてきたのか?ならサイズ、ハーフにするか?」
ルイは何も言わないまま、ユノのほうへ顔だけ向ける。
ユノは少しだけ肩を落とし、
「……妹が食べたがってるし、それでお願いします」
店員は二人を見比べ、少し目を細める。
「お、妹さんだったのか。……なるほど、似てるなと思ったよ。とりあえず、了解。ハーフでオーダー受け取ったよ」
そのとき、入店時に案内していた気の抜けた雰囲気の店員が横から割って入る。
「おぃ。グランズ。駄弁ってねぇでオーダー渡せ。キッチンが困っちまうだろうが」
ユノ達の注文を受けていた店員――グランズの頭が小突かれる。
「あ、いてっ」
グランズは、少しだけ顔をしかめて、口元だけでごまかすように笑った。
「はは……怒られちゃったな。....他は大丈夫そうかい?」
テーブルの面々がそれぞれ短く頷く。
「よし。それじゃ、少し待っててくれな」
注文票をまとめるとグランズと気だるそうな店員は、キッチンの方へ向かった。
注文を終えて、早々とキッチンから調理する音が聞こえ、徐々に匂いがゆっくりと広がってきた。
しばらくすると、「お待たせしたな」という声と足音が聞こえてきた。
次の瞬間、奥からグランズが姿が見えた。グランズの周りには、注文してた品皿がふわりと浮かんでいた。
手に持っているわけでもなく、離れすぎることもなく、グランズの手の動きに合わせ、品皿が動く。
そのままユノ達がいるテーブルまで運び、グランズが足を止めると浮いていた皿がひとつずつ降りていき、それぞれ4人の前に料理が並ぶ。
ユリネは、宙に浮く品皿の動きを目で追い、品皿が手元まで運ばれるとグランズに聞いた。
「これは...魔法ですか?」
グランズは、手元で何かの操作しているかのように手を動かし、浮かんでいた皿を順に降ろしながら、答えた。
「うん、そうだよ。風属性魔法の基礎の一つだね。重たい荷物とか今のように手で持ちきれない時に使うと便利だよ。まあ、基礎といってもこんな綺麗に風を制御は、慣れは必要だけどね」
背もたれに体を預け、腕を組んでいたカイルが少し前のめりになる。
「おぉ、すげぇな。もしかして、他の属性使えたりするのか!?」
グランズは、最後の品皿”祝祭ワールド・ラ・パンケーキ”をカイルの手元にの置きながら、また答える。
「はっはは、凄いな君は。風属性魔法と..."水"属性魔法の2属性魔法も使えるよ」
グランズはそう言いながら、軽く手を上げる。
次の瞬間、その手元に水の塊が静かに形を成し、ゆらりと浮かび上がった。
透明な水が、形を崩すことなくその場に留まり、わずかに揺れている。
その様子を、4人に見せつけるように軽く傾けた。
「冗談混じりに聞いたつもりがよ…2属性魔法も扱えるとか、さすがに凄すぎるだろ…」
「なかなか2属性魔法を扱える人は、なかなか居ないとは聞くから、よく驚かれるよ...おっと、喋りすぎるとまた怒られてしまうね。では、ゆっくり楽しんで!」
軽く手を振り、足早に次のテーブルへ向かっていった。
早足で歩くグランズを少し見送ったあと、ユノが言い始める。
「...じゃ、食べようかな」
カイルが軽く頷き、応える。
「おう、そうだな。....そんじゃあ....!」
「いただきます」
四人のそれぞれの声が重なり、各自、皿に手を伸ばす。
食べ始めて、数口ほど進んだところで――
「このポルッタピアってやつ、甘じょっぱくてうまいな」
その横で、ユリネが丸い形した集合体を見ながらぽつりと続ける。
「へぇ~、美味しいのね。なんか、丸くて可愛いね」
「……? 可愛い?そうかな。ただの食べ物だよ?」
ユノがそのまま言うと、カイルがすぐに笑い混じりに挟む。
「ユノ、ユリネの言ってる可愛いは、お前が思ってるのと違うと思うぞ」
「なんだよそれ」
ユリネは少しだけ言葉を探すように間を置いてから、
「うーん。なんかこう……なんて言えばいいんだろう。かわいい、みたいな?」
「……かわいいしか言ってないじゃん!分からん!....ってか相変わらず、すげーボリュームだな、それ」
話を切るようにユノが言うとカイルが頼んだパンケーキを口に運び、表面の生クリームと果物が少しだけ崩れて、皿に落ちた。
「デカくて迫力もあって、うまそうだろ? 祭りだって感じがするわ」
「お前も言ってる意味が分からんぞ。祭り飯って言えば、屋台で出るやつだろ」
ユリネが続ける。
「でも、ユノくん。それ一応、祭り限定のメニューみたいだけどね……」
その一言で、ユノが「ああ」と思い出したように息を漏らす。
「そういえばそうだった。でも、朝から食うもんじゃないだろ……それ。糖分やばそう。ルイが食べてるやつの方が断然うまそうだけど」
その言葉で、ルイがむすっとして顔だけ向けてきた。
「……何。お兄ちゃん」
「うまいか? クリーム煮」
「……うん……おいしい……」
外からざわめきで、ユノは、窓の外に目を向けた。
広場の中央に設けられた簡易の台の上に町長が立っているのが見えた。
「開会式始まったみたいだね」
店内にいた何組かの客が席を立って外へ出て行き、気づけば、すでに酔っている客ばかりが店内に残っていた。
「うわ……面から気に食わねぇな……」
「カイル、お前どんだけ町長のこと嫌いなんだよ。まぁ店の中だし、気ままに喋れるからマシじゃない?窓際にいるから、開会式の様子は見れるし……ここから見ると....なんか傍観者って感じがするね」
広場の人だかり、簡易の台の上に立つ町長――その後ろに、ひときわ目立つ姿があった。
「ユノくん。後ろにいる方、貴族の方じゃないかしら?」
ユリネが目を向けた先には、金の装飾が入った赤を基調とした衣装に白いズボンを合わせた男が立っている。
金髪は整えられ、顔立ちは整っている。遠目でも目を引く存在だった。
「あれが貴族か~」
ユノが感心そうに見てると、
「多分だけどね? それっぽい格好してるし、そうじゃないかな?」
とユリネが続けて言うとカイルは、わずかに眉を寄せた。
「んーーー、ここからじゃ、何話してるのか分からんな……」
ユノは窓の外を見たまま、適当に答える。
「まぁ、よくあること言ってるだけじゃない?」
「まっ、そうだろうな」
そのとき、外のざわめきが一段強くなる。
広場の人だかりが、わずかに揺れた。
「……何か始まる?」
ルイが小さく呟くと台の上で町長が一歩下がり、その後ろにいた貴族の男が前に出て、ゆっくりと手を上げた。
次の瞬間、歓声が上がる声が店内まで響き渡った。
「うわ、すげぇな。流石、貴族サマ」
カイルが素直な感想を見たまま言う。
「へぇ、貴族って、こんなに人気あるんだね。知らなかったよ」
窓越しでも、貴族の立ち姿はオーラをここからでも感じ取れた。
言っている内容が聞こえなくともその姿を見ただけで、視線の向け方ひとつで周囲の意識を引き寄せている。
ユノが感心そうにして貴族を見てると、ユリネが口を開く。
「うーん、……“貴族ってこんなに―――――」
「“ニンキダッタノカシラ”」
その時、誰かに見られているような冷たい気配を感じた。
ーーーーえ、何これ
見えている世界の色が失っていく感覚に陥る。
は?
え?
どうなってんの?
背中を撫でるような冷たい気配を感じ取った瞬間、視界の端がわずかに黒く滲み出す。
――どうなっているんだ
輪郭が揺れ、広場の人影が重なって見える。
周りの音が遠のいて行き、空気が薄く引き延ばされたように歪む。
自分の肺がなくなったかのように息が苦しい。息の仕方さえ忘れてしまった抗うことも忘れてしまったのか、停止した時間が体に刻まれる。
「ア■タか@は■■■■■■の■■が――……」
これは、なんだ。
まるで脳みそを直接触れていられているような気持ち悪い感覚。
ノイズのようなあるいは――言語を忘却されたような。
声としての認識ができるのに、その”言葉”には理解ができない。
――今の何て――
視界の歪みが、さらに一瞬だけ強くなる。重なっていた人影はもう見えない。
心臓の音だけがやけに聞こえ、視界だけではなく周りの声や音まで聞こえなくなっていた。
「……っ」
声が出ない。
息も吸えない。
死ぬと思った瞬間――
すべてが切り替わった。気づけば、見える世界がもとに戻っていた。
外では、変わらず貴族の男が何かを話している。
相変わらず何を言ってるのか分からず、店内に流れる音楽だけが静かに耳に残っていた。
「……っ、はぁっ、はぁ....はぁ...」
「どうした、ユノ!?」
カイルが身を少し乗り出し、ユノの肩に触れる。
「今のって...」
「は?今って?いや、お前がいきなりやばそうな声出すし、そんな顔するもんだからよ」
「お兄ちゃん...大丈夫?」
ルイが視線だけを向け、瞳の奥がわずかに揺れていた。
――え、今の明らかにおかしかったんじゃ
「ユノくん?本当に大丈夫?水飲んだら?」
ユリネが手元のコップをそっと押し出す。
みんなの視線が集まる中、コップを持ち、一口水を飲む。
「うん、大丈夫。ごめん。なんか変な感じになって」
「なんかあったら、言えよな」
「分かったよ。カイル」
少しだけ間が空き、ユノがコップをテーブルに戻すと、ルイがスプーンを持ち直した。
白いクリームにスプーンを入れ、そのまま一口運ぶ。
「……冷める」
ユノが小さく息を吐いた。
「……食べちゃおうか」
「うん、そうだね」
ユリネも静かに頷き、パンに手を伸ばす。
それぞれが皿に向き直り、いつもの空気に戻った。
しばらくして、テーブルの上には食べ終わった皿が並んでいた。
ユノは口元についたソースを拭きながら、向かいのカイルへ視線を向けた。
「……カイル、お前、本当にいったんだな」
カイルが軽く体を伸ばしながら、
「ん? ああ、まぁ、おいしかったぞ」
ユリネがそっと口元を緩める。
「カイルくん、すごく幸せそうだった……」
ルイも続けて、小さくつぶやく。
「……おいしかった」
それを聞いたユノが横目でルイを見ながら、頭を撫でた。
「よかったな、ルイ」
「……べつに……」
相変わらずルイは、ムスッとした表情をしていた。
店内には、キッチンからは食器を洗う音、店内に流れる音楽、酔っぱらった人たちの騒がしい笑い声が入り混じっていた。
ユノが手元にある水が入ったグラスを口に運び、飲み干したグラスをテーブルに戻したところで
「そろそろ会計するか」
「おう」
カイルが立ち上がり、忘れ物がないか周りを見回す。
ユリネも続けて立ち上がり、バッグを持ち直した後、周りを見回す。
ルイが椅子から降り、床に触れた靴音がコンっと小さく鳴った。
そのまま隣にいたユノの服の袖を軽く引き、ほんの一瞬だけ視線を合わせた。
外から、ドン、と低く響く音が店内に鳴り響き、窓ガラスがガタガタと言い始めた。
それを聞いたルイは、体をビクッとさせ、掴んでいた袖を強く握った。
「ちょうどいいタイミングだな。ルイ?なんだ、びっくりしたのか?」
「してない....!!」
こうして、四人の祭りが始まる――




