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9 お覚悟!

 思えば、昔から俺は良い兄ではなかった。

 突然できた妹は可哀想な境遇で、両親から仲良くしてあげてと言われていた。

 

 けれど昔の俺は魔力の制御が不安定で、マーガレットを不用意に傷付けてしまわないかと距離をとってばかりだった。


 それでもマーガレットは俺に懐いてくれていた。

 いつも楽しそうに笑っていて、実親を失った悲しみなんて感じさせないぐらいだった。


 正直、妹を妹として見たことなんてなかった。

 昔から俺にとってマーガレットは、愛おしい一人の少女だった。


 血の繋がりがないから、というわけではない。

 もうずっと、あの眩しい笑顔に惹かれていたのだ。

 俺がどんなに遠ざけても諦めずに近づいてきて、一緒にいたいと言ってくれる。

 好きにならないはずがなかった。

 

 だが妹は突然病に倒れ、自由を奪われてしまった。


『にいさま、わたしがげんきになったらまたあそんでね』


 熱にうなされながらも俺にそう言うマーガレットの姿が、あまりにも健気で何とかしてやりたかった。

 だが俺には金も力もない。あるのは使い方さえままならない魔力だけだ。


 マーガレットを救うために、変わらなければ。


 俺はその思いだけで、ひたすらに学問や魔術の習得に集中し治療薬の研究も独自に始めた。

 

 だが、研究素材として鱗が欲しいという動機で竜を討伐し、研究過程で意図せず新たな魔術を編み出したりしているうちに、俺はいつの間にか周囲から天才と持て囃されるようになっていた。

 

 正直俺の称号なんかどうでもよかったが、そのうちに俺は地位が高いほど自由に行動できることに気づいた。

 これを利用する手はないだろうと思い、これまでと違い周囲のために働いてみれば目論見通りだった。

 魔術師として活躍すればするほど名声は高まっていき、ついに俺は大賢者と呼ばれる肩書きを手にしていた。

 

 だが、いつだって俺の頭にあるのは愛するマーガレットのことだけだ。


 しかし皮肉にも、日々忙しくしていたせいで家には滅多に帰れず、マーガレットと顔を合わせることすら無くなっていた。

 

 久々に再会して、成長したマーガレットはとても綺麗な女性になっていたのに驚かされた。

 

 だが、昔のように可愛い笑顔を見せて欲しいと願っても、何となく距離を置こうとされている始末だ。

 急に結婚すると言い出して伯爵家を出ていこうとしたと思えば、今度は俺を倒すだなんて。

 

 確かに、今までロクに帰ってこなかった兄があれこれ口出しばかりしてきて鬱陶しいと思われるのは仕方がないかもしれない。

 だが俺は、マーガレットの邪魔をしたいのではなく、マーガレットが心配だからこそ邪魔をしなければならないのだ。


 どこの馬の骨ともしれない男なんかに愛するマーガレットはやれない。

 ずっとそばにいられなかったが、俺がマーガレットを思う気持ちだけは誰にも譲れない。


「大賢者様、待ってください!」


 失意のまま魔術師団を去れば、追いかけてきたのは愛しの妹ではなく赤髪の男だった。

 

「貴様は先日の……二度とマーガレットには近づくなと言ったはずだが」

「重々承知しておりますとも。それより、少しはあの子の話を聞いてやってくださいよ」


 排除したつもりだったが、この男はまだマーガレットの近くをうろついているらしい。


「マーガレット嬢がどうしてあなたを倒すだなんて言い出したのか、マーガレット嬢なりの考えがあるんですよ。本当にあの子のことを思うのなら、正面から向き合ってあげてください」

「貴様はマーガレットの何を知っていると? 我が妹がこれまでどれだけ苦しんできたのか、知らずして語ろうなど思うなよ」


 これで逃げ帰るだろうと思えば、赤髪の男はまだ諦めなかった。

 

「そりゃ、過去のことは俺は知りませんけど……でも、今のマーガレット嬢のことなら知ってます。無茶で無謀でワガママで、でも元気いっぱいでよく笑って、行動力に溢れてる。いつも全力で輝いてる、最高に面白い人です」


 驚いた、いつの間にそれほど親しくなっていたのか。

 俺の知っている病弱で幼いマーガレットはもういない。

 兄妹である以上、マーガレットはいずれ俺の手から離れていくのだ。

 分かっていても、現実を突きつけられているような気がして悔しかった。


「大賢者様がマーガレット嬢のことをすごく大切にしてるって、俺でも分かるのに本人にはちゃんと伝わってないんですよ。そんなの絶対良くないでしょ」


 きっとこの男は、俺がどんな思いでマーガレットを見ているのか知らないのだろう。

 

「大切にしているだけじゃない。俺は、マーガレットのことを――――――」





 あれから数日経って、私は毎日魔術師団のお世話になっていた。

 

「それにしても、急に兄様のことを煽ったりして驚きましたよ」

「ヴィクターにはあれぐらい言った方が良いんですよ。いつまでもうじうじしてるだけじゃ、欲しいものは得られません」


 兄様なら欲しいものは全て手に入れた、ぐらい豪語しそうな気がしないでもないが。

 

「それより、先程の魔術は悪くありませんでしたね」

「本当ですか!? じゃあ、もっと強い魔術を教えてください!」

「いいえ、まだ早いです。今のあなたに必要なのは魔力の制御でしょう。そちらを最優先で解決させるべきです」


 あっさり却下されてしまったが、オリヴァー様の言うことはもっともだ。


「いいですか。今のあなたの魔術は、言うなれば蛇口をえげつない力で回しているのと同じです。感情を込めすぎて、必要以上に魔力を使ってしまっている。それではいつか破綻します」


 えげつない力、と。

 オリヴァー様の上品な雰囲気に似合わない言葉に思わず苦笑いをしてしまいそうだ。

 どうやら私は強い魔術を使いたいという気持ちだけが先行しがちなようで、無駄に疲弊してしまっている状態だった。

 しかし、オリヴァー様いわく習いたてならよくあることだそうなのでひたすら努力あるのみだろう。


「大賢者様の妹様、今日も頑張ってますね!」

「体調も安定していますし、しばらくは大丈夫でしょう。でも、無理は禁物ですよ」


 お仕事の邪魔になるかもしれないと思ったが、魔術師団の方々からは歓迎してもらえた。

 魔力喪失症の研究のためという理由もあるが、これも全て大賢者である兄様の印象が良いおかげだろう。


「さあ、もう一度やってごらんなさい。もう少ししたら休憩にしますから」

「はい!」


 きっと兄様に勝てると、そう信じて魔術の練習を続ける。

 

 ただの婚活からずいぶん大きな話に変わってしまったが、私の意見を求めてもらうためにはこうするしかなかったのだろう。


 あれから兄様は相変わらず伯爵家には帰っておらず、まだしばらく顔を合わせることはなさそうだ。

 強くなった私を見て兄様がどんな表情をするのか、今から楽しみでならない。




 ――――と、思っていたのだが、兄様は意外とすぐに姿を現した。

 練習場所を屋外に移し、訓練場で攻撃魔術を教わっている最中のことだった。


「いつ飽きるかと思っていたが、なかなか続いているようじゃないか」

「当然です。兄様を倒してみせるから!」


 忙しいのか、ちょっと元気がなさそうにも見える。

 けれど、傲慢な態度は相変わらずだった。


「だったら、今からやってみせろ」

「い、今から?」


 思わずオリヴァー様を見るが、彼は私に委ねるようでにこやかに微笑むだけだった。

 まだ魔術も習っている途中で、大賢者である兄様には遠く及ばない。

 しかし、よく考えてみれば長年努力し続けてきた兄様のレベルにたった数ヶ月でたどり着けるはずはない。

 兄様に追いつくまで練習ばかりしていては、終わりが見えないだろう。

 挑戦していいのは一度だけなんて言われていないのだ、実戦に挑んで損は無い。


「……いいでしょう。兄様、お覚悟ですわ!」

 

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