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星間乱舞!キャプテン・アストラの大英雄譚 銀河の黎明(ぎんがのれいめい)  作者: たむ


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第百七十九章 開かれる窓と境界の来訪者

観測者の拠点から示された座標。

そして、限られた時間だけ開く接触の“窓”。


ノヴァ・リュミエール号は、その刻限に合わせて再び境界の向こうへ向かう。

待っているのは対話か、罠か、それともまったく別の何かなのか。


まだ答えはない。

だが今度こそ、アストラたちはその扉の前に立つことになる。

十八時間という猶予は、長いようでいて驚くほど短かった。


休息、再調整、確認、再計算。

ノヴァ・リュミエール号の中では、誰もが言葉数を少しだけ減らし、そのぶん手を動かしていた。

騒がしい船であることに変わりはない。

けれど、その騒がしさの奥には、今日ばかりは明確な緊張が流れている。


そして――その時は来た。


「安定窓予測、誤差範囲内」

艦橋の中央で、リーナが静かに告げる。

「位相揺らぎ、ゆるやかに収束中。あと四分で接触条件に入るわ」


「機関出力、探査接近モードへ移行」

マリナが続ける。

「離脱経路三本、すべて確保済み。どの段階でも後退可能です」


「携行型位相補助、起動チェック完了!」

カイが胸を張った。

「今度こそ余計な機能なし! 本当にない!」

「二回言うと逆に不安になるんだけど」

アストラが顔をしかめる。


「信じろよ!」

「普段の行いがなあ……」

「そこは否定しない!」

「しないのかよ!」


プクルが、

「ぷくるる」

といつもの調子で鳴く。

そののんきな声だけが、艦橋の緊張を少しだけ和らげていた。


アストラは前方スクリーンを見上げた。

座標先の宙域は、見た目には相変わらず静かだ。

だが、センサーが示す数値は確実に変わり始めていた。

周囲空間の揺らぎが整い、《ハーフライト・ライン》から読み取っていた境界条件が、少しずつあの施設の周囲と噛み合い始めている。


「窓、開きます」

リーナの声がわずかに低くなる。


その瞬間だった。


前方の宙域に、まるで見えない膜が水面のように広がった。

薄い光が一枚、宇宙に差し込まれる。

次いで、その奥から環状リングを備えた観測者の施設が、前回よりもはっきりと輪郭を現した。


「……出たな」

アストラが小さくつぶやく。


巨大な施設は静かだった。

威嚇するわけでも、迎撃態勢を見せるわけでもない。

それなのに、そこにあるだけで宇宙の理屈が少し違って見える。

光の曲がり方、影の落ち方、距離の感じ方――そのすべてが、こちらの知る“普通”から少しだけずれていた。


「誘導路、再形成を確認」

マリナが報告する。


施設の中央球体が淡く輝き、その前方に一本の細い光の道が伸びる。

前回と同じ。

だが今回は、その先にさらに小さな変化があった。


「待って」

リーナが身を乗り出す。

「道の先……施設の外縁で何か分離してる」


スクリーンを拡大すると、外周リングの一部から小さな光の塊がゆっくりと切り離されているのが見えた。

それは艦艇のようでもあり、ポッドのようでもあり、あるいはただの観測装置のようにも見える。

明確な武装らしきものはない。

鋭さよりも滑らかさを感じさせる、不思議な形状だった。


「来るぞ」

アストラの声で、艦橋の空気がまた引き締まる。


小型体は、誘導路の上を滑るようにこちらへ近づいてきた。

速くはない。

だが迷いもない。

まっすぐに、ノヴァ・リュミエール号へ向かっている。


「熱源低い。推進反応も微弱」

リーナが早口で読み上げる。

「攻撃用の出力上昇なし。少なくとも、いきなり撃ってくる気配はないわ」


「でも止まらないわね」

マリナが言う。

「接触距離まで来る気だわ」


「どうする?」

カイが珍しく真顔で聞いた。


アストラはほんの一瞬だけ考えた。

ここで下がるのは簡単だ。

離脱経路もある。

だが、向こうが窓を開き、自ら小さな何かを送り出してきた以上、これは明らかに次の段階だった。


「迎える」

アストラは言った。

「ただし、近接防御は維持。攻撃しない。でも油断もしない」


「了解」

マリナが即座に応じる。

「砲門は封鎖状態のまま。自動反撃だけ解除しておくわ」


「通信感度、最大」

リーナも操作を続ける。

「相手が何か送ってきたら、今度は取りこぼさない」


「補助フィールド、艦首周辺に集中」

カイが端末を叩く。

「急な位相乱れが来ても、少しは踏ん張れるはずだ」


アストラは頷いた。

「いい。来い」


小型体は、その言葉が聞こえたかのようなタイミングで、ノヴァ・リュミエール号の前方数十メートルの位置で停止した。


艦橋の誰もが息をひそめる。


近くで見るそれは、さらに奇妙だった。

金属とも結晶ともつかない表面。

継ぎ目らしい継ぎ目が見えないのに、明らかに人工物だと分かる構造。

中央には曇った水晶のような球体が埋め込まれていて、その内部を淡い光がゆっくり巡っている。


「……生き物みたい」

リーナがぽつりと言った。


「でも機械だよな?」

カイが聞く。


「分からないわ」

リーナは首を振る。

「正直、その区別自体が向こうにはないのかもしれない」


その時、通信卓に柔らかな音が鳴った。


ぴん、と澄んだ単音。

前回の信号とも違う、妙に整った響きだった。


「信号受信!」

リーナが叫ぶ。

「短い……え、これ」

「どうした?」

アストラが問う。


リーナは戸惑いを隠せない顔で波形を見た。

「応答パターンじゃない。もっと単純……でも意味がある」

「翻訳できるのか?」

「翻訳っていうほどじゃないけど……」


彼女は数秒、息を止めるように画面を見つめたあと、ゆっくり言った。


「多分、“こちら”を示してる」


「こちら?」

「ええ。座標でも時間でもなく……識別の最小単位みたいなもの」

リーナは慎重に言葉を選ぶ。

「たとえば、自分を指して“これ”って示すような信号」


「自己紹介、ってことか?」

カイの目が輝く。


「そこまで断定はできないけど、近いかもしれない」

マリナも画面を注視した。

「少なくとも、攻撃信号には見えないわね」


小型体の中央球が、ゆっくりと明滅する。

一回。

間を置いて、もう一回。


それに同期するように、通信卓にも同じパターンが流れる。


アストラはその光を見つめた。

敵意は感じない。

だが、得体の知れなさは十分すぎるほどある。


「……返すか」

彼は静かに言った。


「返すなら最小限よ」

リーナが即座に応じる。

「前回と同じ。意味を乗せすぎない」


「いや」

アストラは首を振った。

「今回は、少しだけ寄せよう」


リーナが目を見開く。

「寄せるって?」

「向こうが“自分”を示してるなら、こっちも“こっち”を示す」

アストラは前を向いたまま答える。

「言葉じゃない。意味だけ合わせる」


マリナがわずかに目を細める。

「危険ではあるけど……理にかなってはいるわね」

「お互いが何者か分からないままじゃ、その先に進めないからな」


カイはにやりとした。

「ついにファーストコンタクトっぽくなってきた!」

「静かに盛り上がれ!」

アストラが即座に突っ込む。


リーナはすぐに信号生成を組み始めた。

前回使った規則波形を土台にしながら、小型体の明滅パターンに合わせて最小限の変調を加える。

意味の断定はしない。

だが、“そこに返している”ことだけは伝わる形。


「送れる」

リーナが言う。

「でも、これで変に解釈されたら――」

「その時はその時だ」

アストラは答える。

「ずっと黙ってても始まらない」


数秒の沈黙。

そして彼は、はっきり言った。


「送信」


小さな信号が、ノヴァ・リュミエール号から小型体へ渡る。

一度。

短く。

けれど今までより、ほんの少しだけ意味に近いかたちで。


小型体は、すぐには反応しなかった。


艦橋の全員が固唾をのむ。

時間にすれば数秒。

だがその沈黙は、異様に長く感じられた。


やがて、中央球の光がふっと強くなった。


「反応、来る!」

リーナが声を上げる。


今度の信号は少し長かった。

単一の識別だけではない。

いくつかの明滅が連なり、前後の間隔にもはっきりした差がある。

まるで、単語が文になろうとする手前のような、不安定なまとまり。


「……増えた」

カイが息をのむ。


「こっちの応答を受けて、組み方を変えたのね」

マリナが低く言う。


リーナは必死に波形を追った。

だが次の瞬間、その表情が変わる。


「待って、これ……」

「何だ?」

「小型体だけじゃない!」


前方スクリーンを見れば、施設本体の中央球もまた、淡く脈動していた。

小型体と施設。

二つの信号源が、別々の間隔で明滅している。


「中継してるのか?」

アストラが問う。


「いえ……たぶん違う」

リーナは首を振る。

「小型体が前、施設が後。反応の順番がある。まるで――」


「許可を取ってるみたいだな」

カイが言った。


誰もすぐには否定できなかった。


小型体がこちらとやり取りし、その結果を施設へ渡す。

施設はそれを受けて、次の変調を返す。

もしそうなら、今アストラたちは“入口”のようなものと会話していることになる。


「門番、ってことか」

アストラがつぶやく。


「あるいは案内役」

マリナが補足した。

「少なくとも、本体そのものが直接前に出てきているわけではなさそうね」


リーナは解析結果を見て、息を整えた。

「次のパターン、少しだけ構造が読めそう」

「何が分かる?」

「たぶん、“移動”に関する信号が混ざってる」

「移動?」

「ええ。前回の誘導路と同系統の変調が入ってる」


その瞬間、前方の小型体がゆっくりと向きを変えた。

施設へ背を向けるのではなく、わずかに斜めへずれる。

まるで「ついて来い」とでも言うように。


「分かりやすいなおい」

アストラが乾いた笑みを漏らす。


「でも、前回より一段階進んでるわ」

リーナが言う。

「ただ道を見せるんじゃなくて、先導しようとしてる」


「どうしますか」

マリナの声は静かだが、張っていた。

「ここで追えば、施設外縁までは入ることになるわ」


アストラは黙る。

離脱基準は決めてある。

未知が一定以上増したら下がる。

境界条件が崩れたら戻る。

そのはずなのに、今の光景は単純な危険判断だけでは切れなかった。


小型体は待っている。

急かさない。

だが、確かにこちらへ次の選択を渡している。


「……艦長」

リーナが低く呼ぶ。

「位相条件、まだ持つわ。少なくとも外縁までなら」

「接近しても、離脱時間は確保できます」

マリナも続けた。

「ただし、深入りは危険です」


カイはごく珍しく、真顔のまま言った。

「たぶん今しかない」


アストラは、ゆっくりと息を吸った。


ここで引けば、安全だ。

だが“招待の窓”は限られている。

次が同じ形で来る保証はない。

そして何より、向こうは今、明らかに段階を踏んでこちらを迎えようとしていた。


「……行く」

彼ははっきりと言った。

「ただし、施設外縁まで。中には入らない」


「了解!」

マリナが即答する。

「接近速度、最低に制限。非常離脱はいつでも可能にしておきます」


「信号記録、継続」

リーナも操作を再開する。

「少しでも意味を拾うわ」


「補助フィールド、前方集中!」

カイが叫ぶ。

「今度こそ本当に変なことは起きるなよ!」

「それは宇宙に言ってくれ!」


ノヴァ・リュミエール号は、ゆっくりと前進を始めた。

小型体が少し先を行き、その後ろを艦が慎重に追う。

光の道は静かに伸び、施設の外縁リングは前回よりもはっきりと輝いて見えた。


近づくにつれ、その巨大さが実感に変わる。

リングの表面には細かな紋様のような凹凸があり、それがただの装飾でないことはすぐに分かった。

信号路だ。

あるいは、こちらでいう配線や回路のようなもの。

無数の光が流れ、施設全体がひとつの巨大な思考体のようにも見える。


「……これ、観測所っていうより」

リーナが息をのむ。

「ひとつの生きたシステムみたい」


「やめろ、怖くなる」

アストラが言う。


「でも、本当にそう見えるのよ」

「否定はできませんね」

マリナも珍しく低い声で言った。


やがて、ノヴァ・リュミエール号は施設外縁の直前で停止した。

決めていた限界位置だ。

それ以上は進まない。

少なくとも、今は。


小型体もまた、艦の前で静止する。

そして施設外縁の一部が、ゆっくりと開いた。


「開口部形成!」

リーナが叫ぶ。


リングの一角が花びらのようにほどけ、その内側に穏やかな光の通路が現れる。

眩しくはない。

むしろ、こちらの目に合わせているかのような優しい明るさだった。


「……本当に招いてる」

カイが呆然とつぶやく。


アストラは、開いた通路を見つめた。

中に入れば、たぶんもっと多くのことが分かる。

けれど同時に、後戻りの意味も変わってくる。

今ここで一線を越えるかどうか――それは、これまでの探索とは別種の決断だった。


「艦長」

マリナが静かに呼ぶ。

「どうしますか」


アストラは答えなかった。

ただ、通路の先を見つめる。

その奥は柔らかな光に包まれていて、先の構造までは見えない。

敵意は感じない。

だが、未知の密度が高すぎる。


その時だった。


通信卓に、今までで最も短く、しかし最も明瞭な信号が届いた。


ぴん。

ぴん。


二回。

間隔を揃えて。

そして、小型体の中央球が同じように二度明滅する。


リーナが目を見開く。

「これ……」

「分かったのか?」

アストラが聞く。


彼女は少し迷い、それでも言った。


「断定はできない。でも、たぶん――」

一拍置いて、続ける。

「“来て”よ」


艦橋が静まり返る。


ただの命令には聞こえなかった。

催促でも、威圧でもない。

もっと単純で、もっと危うい意味。

それは確かに、招きだった。


アストラは、そこでようやく小さく笑った。

乾いた笑いではなく、覚悟と困惑が半分ずつ混じったような笑みだった。


「……とうとう、言われたな」


誰も軽口では返さなかった。

それほど、その二音は重かった。


招待の窓は開いている。

境界の向こうの来訪者は、確かに道を示した。

そして今、施設そのものが扉を開いている。


アストラは操縦席でゆっくりと息を吐き、前を見据える。


「ここから先は」

彼は低く言った。

「次の一歩で決まるな」


その言葉とともに、ノヴァ・リュミエール号の艦橋には、再び深い沈黙が降りた。

それは恐れだけの沈黙ではない。

未知の核心が、すぐ目の前まで来ていると知った者たちの沈黙だった。


開かれた通路。

二度の明滅。

そして、はっきりと感じ取れた招き。


銀河のどこにもなかった新たな扉が、今まさに彼らの前で静かに開いていた。

今回は、安定窓の中で再び観測者の施設へ接近し、ついに向こう側から“小さな来訪者”が現れる回にしました。

いきなり施設本体と直接やり取りするのではなく、まずは案内役や門番のような存在を介することで、未知との接触を一段ずつ進めています。

ラストでは、施設外縁が開き、明確な招きが届くところまで描きました。

次回は、いよいよ「入るのか、入らないのか」の決断と、その一歩をどう踏み出すかが中心になると自然につながります。

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