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星間乱舞!キャプテン・アストラの大英雄譚 銀河の黎明(ぎんがのれいめい)  作者: たむ


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第百七十八章 招待の刻限と静かなる準備

境界の向こうに存在した観測者の拠点。

そこから示されたのは、場所だけではなかった。


残された信号には、時間を示すような周期が含まれている。

それが招待なのか、警告なのか、それとも別の意図なのか――まだ答えは分からない。


だが、待ってはくれない。

ノヴァ・リュミエール号は迫る“刻限”に向けて、静かに準備を始める。

ノヴァ・リュミエール号が《ハーフライト・ライン》の安全圏へ戻った頃には、艦橋の空気も少しだけ落ち着きを取り戻していた。


それでも、誰の顔にもはっきりと疲労が浮かんでいる。

当然だった。

境界の向こうからの応答、示された座標、観測者の拠点、そして最後に見つかった“時間らしきもの”。

短い間に、処理しなければならない情報が多すぎたのだ。


「はい、休憩」

アストラがようやくそう言ったのは、艦の姿勢制御が完全に安定したあとだった。

「三十分。全員、頭を冷やしてこい」


「艦長」

マリナが即座に口を開く。

「今はデータ整理を優先すべきでは」


「そのために休むんだよ」

アストラは椅子にもたれたまま答えた。

「疲れた頭で未知文明の信号を読むとか、事故の匂いしかしない」


「事故の匂いって、ずいぶん具体的ね」

リーナが苦笑する。


「具体的だよ。うちには過去の実例が山ほどある」

「否定できない!」

カイが元気よく言った。

「でも、僕はまだ元気だぞ!」

「お前の元気は信用できないんだよなあ……」

「何で!?」


プクルが、

「ぷくる」

と鳴いて、なぜかカイの肩をぽんぽん叩くように飛び跳ねた。


それでも三十分後、艦橋に戻ってきた時の空気は少し違っていた。

冗談を言う余裕がわずかに戻り、思考にも整理がついている。

アストラはそれを確認してから、改めて前方スクリーンを見上げた。


「よし。じゃあ始めよう」

彼は手を打つ。

「問題は一つ。あの信号に入ってた“時間”が何を意味するかだ」


リーナがすぐに解析結果を表示した。

スクリーンには複雑な波形と周期グラフが何枚も並ぶ。


「前回の余剰信号と、今回施設から届いた追加信号を重ねた結果よ」

彼女は中央の波形を拡大する。

「両方に同じ周期パターンがある。しかも一定間隔で短くなってる」


「短くなる?」

アストラが眉をひそめた。


「ええ。単純な位置情報じゃこうはならない」

リーナは指先でグラフをなぞる。

「でも、時間情報――たとえば“何かの時刻に向かうカウント”だと考えると自然なの」


「カウントダウンか」

マリナが低くつぶやく。

「開始までの残り時間、あるいは接触可能な猶予」


「どっちにしても、期限つきってことだな」

アストラが腕を組む。


カイはモニターを食い入るように見つめていた。

さすがに今回は軽口を叩かない。

代わりに、少し考え込むように言った。


「でもさ、これって本当に“時間”なのかな」

「どういう意味?」

リーナが聞き返す。


「向こうの基準だと、時間と位相ってもっと近い概念かもしれないだろ」

カイは自分なりに言葉を探しながら続ける。

「ほら、僕らは秒とか分で考えるけど、あっちは“揺らぎがここまで揃った時”を一つの刻限として扱ってるとか」


艦橋が一瞬静まる。


アストラが目を瞬かせた。

「……お前、たまにすごいのやめろよ」

「え?」

「今の、かなり大事な視点だと思う」

リーナがすぐに補足する。

「単純な時刻じゃなくて、“状態の一致する瞬間”を示してる可能性がある」


マリナも頷いた。

「だからこそ座標とセットなのね。ただ来い、じゃない。特定の場所で、特定の状態になる時を示している」


「つまり」

アストラがまとめる。

「向こうは“ここに、この条件で来い”って言ってるわけか」


「そう解釈するのが妥当かと」

マリナが答える。

「問題は、その条件をこちらがどこまで再現できるかです」


「そこだよなあ……」

アストラは呻いた。

「場所だけでも危ないのに、位相条件つきか」


リーナは新たに別の表示を呼び出す。

そこには《ハーフライト・ライン》の安定率、観測者の施設から受けた応答波形、そしてノヴァ・リュミエール号の周辺位相データが重ねられていた。


「見て」

彼女が言う。

「施設からの応答が強まったタイミングと、《ハーフライト・ライン》の外縁揺らぎが同期してる部分がある」


「じゃあ、境界そのものが鍵なのか?」

アストラが尋ねる。


「たぶん完全には違う」

リーナは首を振る。

「でも無関係でもない。向こうは、境界が安定したからこそこっちに座標を示せた。つまり、今の環境を前提にしてる可能性が高い」


「ということは」

マリナが静かに言葉をつなぐ。

「次の再訪では、ただ同じ場所に行くだけでは足りない。今に近い位相条件を維持したまま近づく必要がある」


「はい、難易度が一気に上がりました」

アストラが遠い目をした。

「誰だよ、ちょっと様子見に行こうとか言ったの」


「艦長です」

マリナが即答する。


「そうだった!」


カイが吹き出し、リーナも小さく笑う。

その一瞬だけ、艦橋の張り詰めた空気が和らいだ。


だが、すぐに現実は戻ってくる。

時間か、位相か、あるいはその両方か。

いずれにしても、次の訪問は今回以上に準備が必要だった。


「じゃあ、やることは三つね」

リーナが言った。

「一つ。信号の周期をもっと正確に読む。二つ。再訪時に必要な位相条件を推定する。三つ――」


「三つ目は、失敗しても生きて帰る手段を確保すること」

マリナが引き取る。

「離脱経路、境界補助、通信切断の判断基準。全部、先に決めておくべきです」


アストラは深く頷いた。

「その三つで行こう」


そこからの艦橋は、いつものドタバタと少し違う忙しさに包まれた。

騒がしいのに、どこか静かだ。

笑い声もある。

だがその根っこには、誰もが“次の一歩は軽くない”と分かっている緊張がある。


リーナは信号の微差をひたすら比較し、波形の中から意味のある規則だけを抜き出していく。

マリナは再訪用の接近計画と撤退計画を同時並行で組み、最悪の場合の境界崩壊パターンまで洗い出していた。

カイは珍しく、余計な装飾を一切つけずに補助装置の再調整へ集中している。


「……本当に何も付け足してないの?」

アストラが怪しむように覗き込む。

「失礼だな。今回は真面目だって」

カイがむっとする。

「見てくれ、この直線的で実用一辺倒な設計を」

「逆に怖いわね」

リーナがぼそりと言った。

「カイがここまで真面目だと、事態の重大さを感じるわ」


「褒められてるのか、これ」

「たぶん半分くらいは」

アストラが答える。


プクルはそんな空気とは無関係に、艦橋の端で丸くなったり、突然ぴょんと跳ねたりしている。

だが、その生体波長データは今も解析の基準点として使われていた。

つまり、相変わらずこの小さな生き物が、銀河規模の境界管理に貢献しているのである。


「重要協力者、今日も安定」

リーナが半ば本気で言う。

プクルは得意げに、

「ぷくる!」

と鳴いた。


やがて、最初の大きな結果が出たのは数時間後だった。


「出たわ」

リーナの声で、全員が顔を上げる。


スクリーンには、新たに整理された信号構造図が表示されていた。

複雑に見えた波形の一部が色分けされ、繰り返し部分と変動部分に分けられている。


「この青い部分が座標。ここまでは確定」

リーナが示す。

「で、赤い部分が周期補正。これが単純な秒数じゃなくて、周辺位相の安定度を参照してる」


「やっぱり、時間だけじゃないのね」

マリナが言う。


「ええ」

リーナは頷いた。

「正確には“今の境界条件が、あとどの程度保たれるか”に近い。だから、カウントダウンというより“窓”よ」


「窓?」

アストラが繰り返す。


「接触可能な状態が開いている時間帯、ってこと」

リーナは言葉を選びながら説明した。

「向こうは、私たちがただ来るんじゃなくて、“届く状態で来る”ことを前提にしてる」


「つまり、門が開いてる時間があるってことか!」

カイが身を乗り出す。

「比喩としては近いわ」

「よし、分かりやすい!」

「でも、その門がいつ閉じるかも同時に示されてる」

リーナが続ける。

「しかも、そう長くはない」


アストラの表情が引き締まる。

「どのくらいだ?」


リーナは計算結果を表示した。

そこには、現在の境界条件を基準にした推定残余時間が出ている。


「このままなら……次の安定窓は約十八時間後に開く」

彼女は一拍置いて続けた。

「持続は、最大で二時間弱」


「短いな」

マリナが即座に言う。


「短い」

アストラも繰り返す。

「準備して、移動して、接触して、判断して、帰るにはギリギリすぎる」


「だからこそ、今すぐ準備を始める必要があるわ」

リーナが言った。


カイは腕を組み、珍しく落ち着いた声で言う。


「二時間ってことは、“招待される時間”じゃなくて“こちらが持つ時間”でもあるんだな」

「そうね」

マリナが頷いた。

「向こうの意図が何であれ、こちらの行動時間は限られている」


艦橋に、また静かな緊張が戻る。

十八時間後。

長いようで、短い。

それは心の準備をするにはあまりにも早く、計画を立てるにはギリギリの猶予だった。


アストラは立ち上がり、艦橋全体を見渡した。

その視線には、迷いよりも先に進むための決意が宿っている。


「方針を決める」

彼の声で、全員の背筋が伸びた。

「次の安定窓で、もう一度あの施設へ向かう」


誰も驚かなかった。

すでに皆、その結論へ向かって思考を進めていたからだ。


「ただし、今回は“見に行く”だけじゃない」

アストラは続ける。

「向こうが用意した条件の意味を確かめる。中に入るか、対話を試みるか、その場で判断する。その代わり、撤退基準は先に決める」


「賛成です」

マリナが即答した。

「判断が遅れれば、窓ごと閉じる可能性もある。基準の事前共有は必須です」


「私は通信と信号解読を優先する」

リーナが言う。

「相手が何を示してるか、少しでも読めれば判断材料になる」


「じゃあ僕は、位相補助と境界安定のサポートだな」

カイが胸を張る。

「今度こそ、祝砲なしで」

「当たり前だ!」

アストラが即座に突っ込む。


少しだけ笑いが起こる。

だが、それもすぐに静かな熱へ変わった。


準備は本格的に始まった。


マリナは艦内の運用モードを再編成し、通常探査から限定接触任務用の編成へ切り替えていく。

リーナは信号の追加解読を続けつつ、施設周辺で使える簡易応答パターンの候補をいくつか用意した。

カイはプクル基準の位相安定フィールドを携行サイズへ縮小できないか試し始める。


「え、それ持ち歩くの?」

アストラが引いた声を出す。


「可能ならね」

カイは真顔で答える。

「施設の中に入るなら、境界条件を一部でも持ち込めた方が安全かもしれない」

「……本当に真面目だ」

「でしょ?」

「ちょっと感動してる」

「何その反応!」


やがて、艦橋の照明がわずかに落とされ、航行は自動補助モードへ移った。

時間を区切って休息を取る必要がある。

十八時間後の窓に備えるには、誰かが倒れていては話にならない。


「交代で休め」

アストラが言う。

「全員、限界まで起きてるのは禁止。次の一歩は、元気があるやつだけで踏めるほど軽くない」


「艦長が一番守ってくださいね、そのルール」

リーナが釘を刺す。

「……善処します」

「守るって言いなさいよ」

「が、頑張る」

「不安しかない!」


それでも誰もが、自分の持ち場を離れる前にもう一度だけモニターを見た。

解析途中の信号。

再構成された座標。

そして、十八時間後に開くと予測された“窓”。


そこには、ただの任務以上のものがあった。

未知との接触。

交わらない存在の奥にいる観測者。

そして、今までとは違うかたちの冒険。


アストラは最後に一人で前方スクリーンの前へ立った。

艦窓の向こうに広がる宇宙は、いつもと同じように静かだ。

だがその静けさの向こうに、誰かの意志があることを、彼はもう知っている。


「……待ってるのか」

小さく、誰にも聞かれない声で彼はつぶやいた。


敵かもしれない。

味方かもしれない。

そのどちらでもないのかもしれない。


けれど、少なくとも向こうは、こちらを見ていた。

そして、来るべき時まで示している。


アストラはゆっくりと息を吐き、踵を返した。


「よし」

その声は今度こそ、自分自身に向けたものだった。

「準備しよう。次は、本当に会いに行く」


艦内に散っていく足音は静かだった。

だが、その静けさは不安だけではない。

覚悟が形になっていく時の、張りつめた静けさだ。


十八時間後。

招待の刻限が来る。


その時、ノヴァ・リュミエール号は再び境界の向こうへ手を伸ばすことになるだろう。

そしてその一歩は、これまでのどの航海よりも深く、銀河の意味そのものへ近づいていくはずだった。

今回は、座標に含まれていた“時間”の正体を探りながら、次の再訪へ向けた準備回にしました。

正確には単純な時刻ではなく、「接触可能な状態が開く窓」に近いものだと整理したことで、SF的な理屈と物語上の期限の両方を立てています。

また、ここでは大きく動きすぎず、各キャラが次の役割を固めていく流れにしています。

次回は、いよいよ安定窓に合わせた再訪と、施設内部へ踏み込むかどうかの決断が中心になると自然につながります。

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