第百五十二章 続く不信、続く対話
合意は成立した。
委員会の枠組みも整えられた。
だが不信は、紙に署名しただけでは消えない。
むしろ――
「話し合いが始まった」その瞬間から、
新たな疑念は静かに芽を出す。
対話とは、終わらせるものではなく、
続けるものなのだ。
◆委員会、始動
ガンマ・スパイン宙域。
仮設の会議ステーションで、
信仰と企業の調整委員会・第一回会合が開かれていた。
「出席者、全員確認」
リーナが淡々と告げる。
宗教共同体から三名。
企業圏から三名。
いずれも、
過激派でも上層部でもない“現場の代表”。
「……思ったより、
空気が重いな」
カイが小声で呟く。
マリナは視線を落とさず答えた。
「最初はこんなものよ。
沈黙があるだけ、
まだ壊れていない」
プクルが丸椅子の影から顔を出す。
「ぷくる……(だれもわらわない)」
◆最初の不信
議題は単純だった。
航路分離の運用確認。
物資供給の調整。
だが、
宗教側代表の一人が言った。
「……企業側は、
本当に全てのデータを開示しているのか?」
企業側の空気が一瞬、硬くなる。
「疑われる理由はない」
責任者が即座に返す。
「疑っているのではない。
“確かめたい”だけだ」
言葉は穏やかでも、
視線は鋭い。
「始まったな……」
カイが小さく息を吐く。
◆感情のズレ
リーナがデータを提示する。
「採掘量、輸送量、
全て合意範囲内」
企業側が頷く。
「数字は嘘をつかない」
宗教側代表は、
少しだけ首を振った。
「だが、
“数字に出ない違和感”は残っている」
その言葉に、
場が静まり返る。
マリナが介入する。
「違和感とは、
何を指していますか?」
「巡礼船の中で、
“見られている”と感じる者がいる」
「監視?」
企業側が眉をひそめる。
「そう感じてしまうこと自体が、
信頼が足りていない証拠だ」
◆調整役の役割
アストラは、
このやり取りを黙って聞いていた。
やがて、
ゆっくりと口を開く。
「疑われているのは、
企業だけじゃない」
全員がアストラを見る。
「信仰側も、
“自分たちは理解されていない”と感じている」
「不信は、
どちらか一方の罪じゃない」
沈黙。
◆続ける覚悟
企業側責任者が、
重い口を開いた。
「正直に言う。
監視しているつもりはない。
だが、
安全確認のためのセンサーは増やした」
宗教側代表が即座に反応する。
「それだ。
その“当然”が、
こちらには圧力に見える」
アストラは即答しなかった。
代わりに、
問いを返す。
「……それでも、
この場を壊したいか?」
誰も答えない。
「不信があるままでも、
話し合いは続けられる」
「それが、
この委員会の意味だ」
◆小さな前進
リーナが提案する。
「センサー配置と目的を、
委員会で事前共有する」
「信仰側からも、
巡礼計画の詳細を出す」
マリナが続ける。
完全な解決ではない。
だが、
“次の疑念を先に置く”方法だった。
宗教側代表が、
小さく頷く。
「……それなら、
続けられる」
企業側も、
ゆっくりと同意した。
◆会合の終わり
初回会合は、
拍子抜けするほど静かに終わった。
「……何も解決してない気がする」
カイが正直に言う。
「それでいい」
マリナは微笑んだ。
「壊れなかった。それだけで十分」
プクルが椅子の上で跳ねる。
「ぷくる!(つづいた!)」
◆続く道
ノヴァ・リュミエール号が離脱準備に入る。
アストラは、
会議室の静かな光景を思い返していた。
「信頼は、
一度に作れない」
「でも、
疑いを抱えたままでも、
隣に座ることはできる」
それでいい。
それが、
再編銀河の現実なのだから。
不信は消えなかった。
だが、
対話は続くことになった。
調整役の仕事は、
信頼を“完成させる”ことではない。
壊れないまま、
話し続けられる場所を保つこと。
ノヴァ・リュミエール号は、
今日も英雄にならず、
対話の隣に座り続ける。




