魔物に救われた少年
彼はここへ来るまでのことを思い起こしていた。
領主であるマラン氏の屋敷に父親は談判に行った。その父親は、二度と帰らぬ人となった。
それまでにもマラン氏によって過酷な環境での生活を強いられていた母はそのショックで病に倒れ、数日後に父親の後を追うこととなった。幼い彼に生き延びる術等なかった。餓えも酷く、体も動かせない。
外に食糧がないか探そうとしたが、もはや動く体力すら残っていなかった彼は、森の中で行き倒れた。そんな中、あの男がやってきた。いや、「男」と呼んでいいのか分からない。それは人間ではなく、四つん這いで動く、カメレオンのような魔物だったのだ。
魔物は少年が死んでいると思い、一度は立ち去ろうとしたが、少年の手の先がピクリと動き、まだ生きていると分かると近付いてきた。
「一人かい?」
魔物はまるで人間の少年のような声で話しかけてくる。少年は頷く。
「父親と母親はいないのかい?」
「パパは…領主に殺された。ママは、その時のショックで病気になって…死んだ。」
魔物はにやりと不気味な笑みを浮かべる。
「君のお父さんはね、ミレイユという人にやられたんだよ。」
「ミレ…イユ?」
「少し前に、大勢の村人がマランの屋敷に行ったと聞いたんだ。村人達が屋敷に着いた時には、マランは既に病死していたけどね。
君のお父さんを含めて、村人達を殺したのは、その姪のミレイユだ。伯父に代わって、村人達を支配するための見せしめにね。」
「そ…んな…」
「このまま死んでも良いのかい?両親の仇を取りたいだろう?」
仇を取ると言われたところで、その具体的な方法は少年の頭には浮かばなかった。だが、彼の頭には、優しかった父親、母親の顔が浮かんだ。その二人の笑顔は永遠に見られない。不意にそのミレイユ、という人物に対して怒りが沸き上がってくる。
(何で…どうして僕らがそんな奴の良いように扱き使われた挙句に死なないといけないんだよ…!)
少年の様子に魔物は満足げに言う。
「丁度良かった。僕もミレイユには恨みがあるんでね。僕と一緒にミレイユに復讐しよう?君の命は助けてあげるからさ。」
「おね…がい、助けて…パパと…ママの…仇を討ちたい…」
彼は一も二もなく従った。
「決まりだね。じゃあ、君の体をちょっとの間借りるよ。」
魔物は少年に寄ると、その首筋にのっかり、みるみるうちに体内に溶け込む。すると、今まで動かせなかった体がぎこちないながらも動かせるようになった。
「これは、いったい?あれ、体が勝手に動く?」
少年が歩きたい方向とは全く違う方向に歩かされる。
「自己紹介がまだだったね。僕の名はマライオ。擬態のアビリティがあるんだ。」
「擬態?」
「そう。自分の姿を変えたりもできるし、物とか、こうして生き物の一部になって同化することもできるんだ。」
「へえ、便利だね。」
「この能力、君にちょっとだけ分けてあげるよ。」
「本当に!?」
「ああ。同化しているときに、僕の細胞を少しだけ移せば簡単さ。」
「僕に使いこなせるかな?」
「練習あるのみだね。」
「うん。僕頑張るよ。ところで、どこへ行こうとしてるの?」
見知らぬ森に入って行こうとしているのに気が付いて、少年は不安げになる。
「僕の住処で、主様のいるところさ。そこで治療してから、修行に励もうじゃないか。」
■■■
それから数週間。
少年は擬態したり、同化したりする練習をした。小さな芋虫から人間の赤ん坊等、自分より小さなものに擬態することはできるようになった。椅子のように、自分の力で動かせるものと同化し、動かすこともできるようになった。
だが、机のように重いものになると動かせない。擬態したところで、本人の力は変わらないようだった。
「自分の力より強い生き物と同化できないの?」
練習に付き合っているマライオに少年は聞いた。
「それは無理だね。アビリティの元々の所持者である僕ならできるけど、君はあくまでも僕の力の一部を手に入れただけだからね。」
「こんなので本当にミレイユに勝てるのかな。」
「別に君が戦う必要はないさ。君がやることは、擬態して彼女のところに忍び込んで、彼女の弱点を見つけることだ。」
「できるかな。」
「ああ。君ならできる。期待しているよ。」
「うん。きっと仇を取ってみせるよ。」
少年は無邪気な笑顔を見せる。その一方で
(ダヴィド様は魔王を倒したいようだけど、そんな危険で得にならないことはやってられないんだよね。魔王なんて食べてもまずそうだし。
その点、ミレイユなら申し分ない。それに、ミレイユは魔王の仲間なんだし、押さえておくのは悪いことじゃないよね。体よく手駒も見つかったし、良い感じだ。)
マライオはそんなことを考え、ひっそりと口の端を釣り上げた。
■■■
少年は魔王城に来た。
道中、小さな芋虫に擬態することで、魔物との戦闘も回避してきた。また、流石の魔王城も芋虫一匹を警戒する程ではなかったらしい。芋虫となった少年は、自らの体を巧みに使い、城の壁を登って行った。そして、狭い格子窓から城の中に侵入したのだった。
ミレイユに関しては、事前に写真を見せられたから顔は分かる。天井付近を這っていると不意に下の扉が開き、寝間着姿のミレイユが出てきた。見間違えるわけもない、仇の顔。でも、力などない彼には下手に手出しはできない。
(僕ができることは、ミレイユの弱点を探ることだ。)
少年はミレイユが部屋を空けている間に室内に侵入した。何か擬態できそうなものを探し、ベッドの下に綺麗に折り畳まれたメイド服を発見した。
(今日着る服、かな。そうだとしたら、あれに擬態すればミレイユを近くで観察することができる!)
芋虫となった体を這わせ、メイド服の上に降りる。そこで練習した通りに意識を集中すると、自分の意識が下に沈み、下にあるメイド服と一体化していくのを感じた。
(やった!成功だ!)
見た目は元の通りのメイド服。気付かれるはずはない。あとは読み通りにミレイユがこの服を身に付けてくれることを祈るばかりだ。
少し経つと、顔を洗った後らしいミレイユが部屋に戻ってくる。前髪が僅かに濡れていた。
それからミレイユは、寝巻から少年が一体化したメイド服へと着替えを始める。メイド服は洗濯したばかりだったためか、洗剤の匂いが僅かにするばかりだったが、実際にミレイユが身に付けていくと女の人特有の甘い香りが服の中を満たしていく。
そして、それに呼応するように、柔らかな感触に包まれていく。思わずうっとりしかけた少年だったが
(いけない、この人はパパとママの仇なんだ!)
気をしっかり持ちなおそうと首を振ろうとした、が、動いたらばれるので咄嗟に思い止まる。ミレイユは服の上からエプロンを身に付け、髪をとかしてからヘッドドレスを付ける。
「よし、今日も甘ちゃんの魔王様のために頑張らないとね。」
ミレイユは鏡の前で自分にそう言い聞かせた。




