魔王に対する王の謁見
よく晴れた朝だった。
街の人間達は今日も仕事やクエストに精を出す。そんな中、魔王城で俺は惰眠を貪っていた。俺が悪いのではない。冒険者が誰もやって来ないのが悪いのだ。冒険者が来ない以上、俺からやるべきことは何もない。もう目が覚めているが、それでもベッドの中でいつまでもぐずぐずしていると、不意に毛布がゆっくりと持ち上げられる。
「今日もお寝坊ですね、ルイ様。罰として命を頂く……」
「何っ!?ミレイユ、貴様!」
「冗談ですよ。朝食の準備ができていますから、早く起きて来て下さい。」
先日雇ったばかりのメイドのミレイユだった。俺はこいつに危うく殺されるところだった。いろいろあって、今はこうして俺のメイドとして働いてくれているが、たまにこういう笑えない冗談を言ってくるから困る。逆らわない方が良さそうなので俺は起き出し、身支度を整えてから食堂へ向かった。
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台所へ来ると、既にクレアとマチルダが席に付いていた。
「おはよう、魔王様!」
「おはようございます、魔王様。」
「うん、おはよう。」
クレア、マチルダがそれぞれ挨拶してくるのでこちらもそれに対して挨拶を返す。
ミレイユが来てテーブルに朝食を並べていく。多すぎず、少なすぎず、あっさりして食べやすそうだ。盛り付けが終わって、四人で朝食を食べ出す。
「それにしても、ルイ様は本当に人が宜しいのですね。」
ナイフでハムエッグを切り分けるミレイユがそのようなことを言う。
「何のことだ?」
俺は野菜のスープに口を付けながら尋ねる。
「私を全面的に信用して雇って下さっていますが、例えば私がこの朝食に毒を入れること等は考えられませんか?」
「ぶーーーーっ!!」
俺、クレア、マチルダが食べていたものを噴き出す。
「まあ、そんなことはしませんよ。魔王に毒が効かないことは知っていますから。」
「毒が効くなら、やったのか!?」
「どうでしょう。」
こういう悪ふざけさえなければ完璧だというのに惜しいものだ。クレア、マチルダも呆れた顔でタオルで顔やテーブルを拭いている。
「そういえば、ルイ様。今朝から貴方様にお客が来ていますぞ。」
気を取り直して朝食を摂るマチルダがそう言ってきた。
「客?冒険者ではないのか?」
「なんでも、とある国の王のようです。」
「人間の王が、魔王の私にいったい何の用だというのだ?」
「さあ、私には分かりませぬ。とりあえず、魔物達を見張りに付けて朝食の間は待ってもらっています。」
「その人なら、私も見たよ。普通はそういう偉い人って家来の人達をたくさん連れてるのに、その王様一人で来たんだよ。
私、最初は普通のお爺さんかと思っちゃった。」
クレアも見たらしい。
「分かった。食事が終わったら、玉座の間に行く。その時に連れて来てくれ。」
「かしこまりました。」
マチルダが恭しく礼をする。魔王と会おうとするとは、大した度胸だ。いったい何の目論みがあるのか。とりあえずは、話は会ってからだ。
(いや、まずは、朝食だ。)
俺は飲みかけていたスープを喉に流し込んだ。
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魔王城のバルコニー。
日当たりは良く、なお且つ裏手が山になっていて周囲に家等がなく、人目には付かないので洗濯物を干すのにはうってつけだ。ミレイユとクレアは二人で洗濯物を手分けして干していた。
「魔王様、大丈夫かな。もし、お客さんが暗殺者か何かだったらどうしよう。」
「大丈夫ですよ。一応武器は持っていないか身体検査もしましたし、仲間が隠れている様子もありませんでした。こちらには予測不可能なアビリティをもっている可能性は否定できませんけど。」
「そうだよね。ミレイユのような人だっているし。」
クレアは洗濯物を干しながら、はたと手を止める。
「ねえ、あなたは本当にもう魔王様を襲ったりしない?」
「私が損得でしか物事を考えないことはお分かりでしょう?
今彼を襲ったところで、リスクの方が大きいですからね。」
「じゃあ、大きなメリットがこの先できたら、また魔王様を狙うの?」
ミレイユは少し手を止めて考える。
「多分しないでしょう。」
「そう……なの?」
尋ねたクレアも意外そうな顔をした。
「ルイ様はあまりにも単純で騙されやすくて、そんな人をこれ以上騙すのは流石に気の毒になってきましたからね。」
「なんだか分かるような気がするかも。」
クレアはそれで納得した。
「でも、それなら安心だね。」
「何故ですか?」
クレアは自分の持ち分の洗濯物を畳んで初めて笑顔を見せる。
「もう魔王様を裏切ったりしないってことでしょ?だからだよ。」
クレアはそう言ってバルコニーから出ていった。
「人が良くて騙されやすいのは、彼だけではないようですね。」
ミレイユはクレアが出ていった後を見て苦笑する。
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玉座の間で、俺は王国、ドルボーから来たという王様と向き合っていた。向き合っているとはいえ、玉座に座っている俺が上から王様を見下ろす感じになっている。何とも新鮮な光景だ。
相手は白い髭に、いかにも好好爺といった柔らかい風貌で、魔法使いのような青いローブを纏っている。その服装はあまり目立ち過ぎず、ちょっとお洒落なお爺さんぐらいにしか見えない。俺は今でこそ魔王をやっているが、元々はただの高校生だ。一国の王ともあろう相手と話す術など持ち合わせていない。
どうしようか考えていると、先に相手が口を開いた。
「本日、何の予告もなく、一人でここまできた無礼を詫びよう。」
落ち着いた、耳に入りやすい声音。どことなく話しやすそうな人だ。
「私はドルボーのアーサー・ベルという者。こう見えても一国の主をやっておる。」
「私はルイ。知っての通り魔王だ。いきなり不躾で悪いが、ここに一人で来たというのは本当か?」
一国の王ともあろう者が、護衛もなくこんなところまで来るとは普通に考えれば不用心だ。アーサーは想定済みな質問であったというように頷く。
「あまり大人数で移動していては、却って目立ってしまう。それに、軍勢を率いてここまで来れば、魔王殿も警戒されるじゃろう。」
「それは尤もだ。だが、そなたは一国の王。命を狙う輩がいてもおかしくはない。
一人で来るのは、危険ではないのか?」
「勿論、一人で来たわけではありゃせん。我が城からここに来るまでの道すがら、我が軍の兵士をまばらに配置した。何かあっても、すぐに対応できるようにな。」
アーサーはにこやかに笑う。表情は穏やかなものだが、只者ではないことは雰囲気で分かった。相手が一国の王であるのも、そのイメージをより強くした。疑問は一つ解消した。だが、もう一つ聞きたいことがある。
「一国の王ともあろう者が、ここまで何の用か?」
「今日ここへ来たのは、魔王殿を討伐するためではない。魔王殿、我が国と協定を結ぶつもりはないかのう?」
「協定だと?」
「左様。分かりやすく言うのなら、お互い何かあったときに助け合おうというわけじゃ。
魔王殿のお力を貸して頂いた暁には、我が国からは金品、食糧等の報酬を差し上げよう。
報酬だけではない。表立ってはできぬが、魔王殿にとって役に立つ情報や、道具を支援することもできる。」
アーサーの表情は相変わらずの笑顔で感情が読めない。俺は頬杖をついて相手を眺める。あまりにも話がうますぎるからだ。何かあると踏んだ。
「私の力を貸して欲しい、と先ほど言ったな?何故今になって急に私の助けが必要になった?」
「さすが魔王殿、鋭いな。隠すのもあれじゃし、正直に申し上げよう。
実は、私は命を狙われている。」
「なんだと!?」
まさに藪から棒だ。俺は驚愕するが、なんとか冷静さを保つ。
「そいつはアビリティをもっていてな。つい先日も奴を取り押さえようとした警護団が複数人殺されたそうじゃ。
闇雲に近隣諸国の協力を募ったところで、危険すぎて皆なかなか首を縦に振らぬ。そこで、魔王殿に協力をお願いしようというのじゃ。」
「そなたの命を狙っている者の正体は分かっているのか?」
「分かっておる。そやつは、かつて私の側近の騎士じゃったが、野心に駆られて私の暗殺を企てた。
それに気が付き、牢に入れておいたが、脱獄されたのじゃ。そやつの名は、ダヴィド = アルヴァレスといったな。」
ダヴィド。
その名前には、覚えがあった。むしろ忘れたくても、記憶から消すことができない忌々しい名前だ。ダヴィドは、かつて俺を苛めていたクラスメイト達の中で、その主犯格だったやつだ。暴行、恐喝、いろいろなことをやってきた。そして、決まって学校側にはばれないように取り計らうなど、無駄に頭のまわる奴だった。そんなわけなので、そいつの名前を聞いたときに、すぐにその人物が思い至った。
「良いだろう。」
俺がそう言うと、アーサーはそこで初めて明確に喜びを露にする。
「協力してくださるのか!?」
「そいつは私にとっても、少なからず借りがあるのでな。始末できればなんでも良い。
ただし、さっき言った協定を反故にしようとは考えるな。その場合は、私がお前達を始末する。
「それで充分じゃ。万が一にでも魔王殿が我々に味方してくれるとなれば、あやつも簡単には手を出せんじゃろう。」
「用が済んだのなら、早いところお引き取り願おうか。」
「そうじゃな。邪魔をした。」
アーサーはそう言って腰を上げかけた




