女騎士は純真無垢な少女
どれ程の時が経っただろうか。少女はふと目を覚ました。ゆっくりと体を起こすが、そこで違和感に気が付いた。肌を包むまるで高級な絹のような感覚。自分が来ていたはずの鎧とは違う。ふと部屋の中の鏡に目をやると
「ほえ?何で私ドレスなんか着てるの?」
少女が身に付けているのはかつて見たアリスが来ていたドレスに似た、薄桃色で胸元には宝石の着いた煌びやかなドレスだった。それだけではない。自分が今いる部屋も王室とよく似た、ふかふかのベッドや赤い絨毯、大きな本棚や暖炉など、自分が住んでいた貧しい家とは違った。
「確か私は魔王の奴隷になりに行ったはずじゃ?それが何で気が付くと豪華な部屋で寝てるの?」
疑問に答えてくれる者はいない。一人きりのようだ。少女は少しの間考え、やがて答えに思い至った。
「そうか、これは夢だ!普段からこういうところに住んでみたいっていう私の願いが夢に出てるんだ!」
そのままもう一度ベッドに寝転がる。まるで沈むように受け入れてくれるような柔らかさ。とても夢とは思えないリアルな感触だ。
「夢なら好きなように行動していいんだよね。」
そして少女は再び眠りに落ちようとした。
「こらこら、二度寝をするな!」
そこで起こされた。少女が顔を上げるとそこには見覚えのある魔王と老婆。
「やっぱり、夢じゃなかった。」
■■■
少女の呟きから察するに、どうやら現状を夢だと思っていたようだ。気持ちは分かる。
「一応武器を隠し持っていないかをこのマチルダに調べてもらった。ああ、言っておくが、私は身体検査には立ち合っていないからな。」
「え、ああ、うん。それより、魔王様、このドレスは?」
「その服装なら武器も隠せないと思ったんだ。まあ、その、ドレス姿を見てみたかったってのもあるんだが……」
後半はあまり大きな声では言えなかった。アリスのように、とは言わないがこういう衣装を着せればどこかのお姫様のように見えなくもない。正直、騎士の鎧よりこちらの方が断然似合っている。
「あ、ありがとうございます。私もこういうドレス、一度着てみたかったです。こんなので良ければいくらでもお見せします。」
少女がちょっと顔を赤らめながらも笑顔で言う。どきりとする。
「ドレスもそうだが、その髪飾り、珍しいな。なかなか良いと思うぞ。」
話を逸らそうとして、俺は少女の髪に付いた水色の水晶のような髪飾りのことに触れる。
「パーティーを組んでいた仲間がくれたんです。私も気に入ってるんですよ。」
少女が楽しそうに笑う。
「しかし、お前、奴隷と言ったが、本当に何でもするのか?」
念を押す。
「はい、魔王様のためなら何でも!」
相変わらずの真っすぐな視線。自分の言いなりになる奴隷の女の子。ずっと欲しかったものではある、が、ここで下手なことを言って嫌われるのは宜しくない。
どちらにしても、だ。
「名は何と言う?」
「え?」
唐突な質問に少女は理解しかねたようだ。
「お前の名前だ。奴隷とはいえ、呼び名が分からないと不便だろう。」
俺が言うと少女はパアッと顔を輝かせ
「クレア!私の名前はクレア = モンタニーっていいます!」
「分かった。では、これからクレアと呼ぶことにしよう。」
「はいっ!それで、私は何をすれば良いですか?」
ここからが本番だ。俺は慎重に考え、
「料理はできるか?実は、この城には料理人がいないから、私が自分で作っていたのだ。」
まずは無難なところから攻めることにする。俺の申し出にクレアは
「材料ありますよね?それじゃ、とびっきりのを作ってきますね!」
嬉しそうに言って部屋を出て行った。あの娘、自分が奴隷だという認識があるのだろうか?いや、そもそも奴隷とは何なのか分かっているのか?様々な疑問がわくが、まずは彼女の手料理を堪能することにする。
■■■
1時間半後。
「お待ちどうさま!」
クレアが作ってきたのは、野菜のスープと焼き魚とキャベツのサラダ。
「何とも奇遇だ。私がよく作るものと一緒だ、と、言いたいところだが……野菜のスープの異様な色は何だ?」
「どこに何の調味料があるか分からなかったから、適当に入れたらそんな色になっちゃって…」
野菜のスープの色が見事なまでに紫色になっている。普通に調味料を入れて何故こんな色になるのか。その上、焼き魚を見ると、中から寄生虫が這い出てくる。
(臓器をそのままにして、更に生焼けだったな!)
心の中で突っ込みつつ、今度は用心してキャベツを見ると、爪が混ざっている。
「ごめんなさい、魔王様、包丁で上手くキャベツが刻めなくて爪も一緒に入っちゃったみたい。」
「なるほどな…」
それにしても、料理全体から物凄い湯気、もとい煙が上がっている。冷たいサラダから煙が発生するなんてあり得ないのだが…と思っていると、
ボンッ!
爆発音と共に、煙の中から人影が現れる。
「な、何者だ!」
煙の中から現れたのは、一本角の鬼で体の色は青色。まるで壺の魔人のように下半身は煙でできている。
「わしは魔人クエンガー。まずく、有毒な料理により命を得た。わしを生み出した礼に、恐怖をとくと味あわせてくれる!」
呆気にとられる俺の前で魔人は大きく息を吸い込む。
「危ない!」
俺が反射的にクレアを抱えて飛び退いたすぐ後に、魔人は口から煙のようなものを吐く。
「何という臭気だ。有毒ガスか何かか?」
俺は着地してクレアを下ろす。
「逃がさんぞ!」
魔人が再度息を吸い込む。
「そうはいくか!」
魔人が息を吐くより先に飛び込み、拳で殴り飛ばした。
「ぐぼあっ!」
途端、煙と共に魔人は消滅した。どうやら耐久力はあまりないらしい。
「あ、あの、魔王様、私、わざとやったわけじゃ…」
クレアが冷や汗だらけだ。
「分かっている。」
料理の度にこんな魔人が現れるようでは、とてもではないが身が持たない。この娘に料理を作らせてはいけない。
「別の仕事を任せる。掃除はできるか?」
「はい!掃除ならアルバイトでやったことがあるので、できます!」
クレアは自身満々に頷いた。クレアを城内の掃除に送り出した後で、俺は残った料理をどうしたものかと眺めた。
■■■
クレアが作った料理は申し訳ないが、ポイズン・スライムの餌にさせてもらった。おかげでまた一段階、毒の力が上がった。
念のため、城内の魔物にはクレアを攻撃しないよう伝えておいた。これで危険な目に遭うこともないだろう。と思ったが
「きゃあああ!」
書斎の方から声がする。
(書斎で何があったというのだ?)
本などあまり読まないので書斎には入ったことがない。何はともあれ、向かってみる。
背の高い本棚が広い部屋に整然と並んでいる。ここが書斎である。クレアを探して本棚の間を見て回ると
「ああ!魔王様、助けて~!!」
見るとクレアの近くに落ちて開いている本からブラックホールのごとく強風が吹いている。クレアは必至で本棚にしがみついている。
「いったい何だ、あの本は!?」
「あの本はアビリティをもっています。」
書斎の入口付近に立ったマチルダが説明してくれる。
「本にアビリティなんてあるのか!?」
「左様でございます。あの本はブラックホールのアビリティをもっておりますじゃ。その名の通り、周囲のものを吸い取る能力でしてな。強力で、しかも意思をもたない本ですから、その攻撃は無差別なものになりますのじゃ。」
「では、クレアはどうすれば良いのだ?」
「まあ、大丈夫です。本のアビリティは強力なものが多い反面、長続きしませんのじゃ。三分間が限度じゃろうて。」
「というわけだ。クレア、悪いがあと一、二分頑張ってくれ。」
「そんな殺生な!もう手が限界だよ~!」
クレアは涙目になる。手もブルブル震えてるし、言う通り、良くて1分が限界だろう。
仕方がない。俺は神通力を放ち、本を遠くに飛ばした。しかし、それで本の攻撃が止まるわけではない。なおも、吸引を続けている。
「あの、魔王様。助けに来てくれたことは嬉しいんですけど、魔王様も吸われちゃってます。」
「何っ!?」
吹っ飛ばして向きが変わった本は俺を吸いこもうと吸引しだした。
「ぐおおおお!!」
俺は神通力を放つが、俺の神通力と本の引力が釣り合ってしまっているようだ。
「これを後二分間続けろって言うのかぁっ!?」
ちょっとでも攻撃の手を緩めると、ずるずると本の方に引き寄せられる。気合いで二分間神通力を使い続け、どうにか本の攻撃は治まった。
■■■
「あの、魔王様、ごめんなさい。」
「いや、いい。今回のはお前のせいではない。」
俺の前で頭を下げようとするクレアを制する。本がアビリティをもっているなんて俺だって想像できなかった。
「それから、料理、美味しかったです。宜しければ今度私にも教えて下さい。」
「……」
結局、俺が夕食を作った。手料理を褒めてもらうのは嬉しいが、どうにも釈然としない。未だにクレアに奴隷らしいことは何もさせられていない。
(夕食も食ったし、その上今日はこれ以上冒険者も来ないようだ。となると、後は寝るだけか。)
寝るだけ、その響きに俺の頭には良からぬことが浮かぶ。
(この娘、何でもするって言ったよな?なら、思い切って頼んでみるか?)
俺はもう一度クレアの方を見る。当のクレアは俺の邪な考えが分からないのか、首を傾げている。
「クレア、夜も更けてきたことだ。そろそろ寝ることにする。それでだ、私と同じ部屋、同じベッドで寝るもらっても良いか?」
思いきって言った。クレアは一瞬目を瞬かせ
「それぐらいで良ければ。」
平然と言うクレアに、
(えっ!?良いの!?)
内心俺の方が焦った。
「一人でないと眠れないなんて、魔王様も可愛いところがあるんですね。」
小さい子供を見るような笑顔を向けられる。この娘、言ってる意味が分かっていない。
「ま、まあ、そう言うことだ。後片付けが終わったら寝室に行くぞ。」
「私も手伝います。」
俺は夕食の片付けをクレアと共に行った後、彼女を連れて寝室に向かった。