9 薬草園です
朝、露の残る草原を歩く。
風に揺れる葉の一枚一枚を眺め、土の湿り気を確かめ、木の根元に生えた小さな苔を覗き込む。
鑑定を使えば、植物の名前だけでなく、その状態までわかる。
まだ若いのか。
薬効が最も高まる時期なのか。
病気に侵されているのか。
他の植物と根を絡ませているのか。
前世では、図鑑と顕微鏡と資料を何時間も睨み続けなければわからなかったことが、今では触れるだけで理解できる。
世界そのものが、巨大な植物図鑑になったようだった。
ある日、私は村の近くの森で、見慣れない花を見つけた。
薄紫色の花弁。
中心には黒い斑点。
茎は細いのに妙にまっすぐで、周囲の草がその花を避けるように伸びている。
鑑定した瞬間、頭の中に情報が浮かんだ。
麻宵草
・強い幻覚作用
・花粉を吸引すると、数時間にわたり悪夢に似た幻視を引き起こす
・蜜には軽度の麻痺毒
・乾燥させた花弁は睡眠薬の材料になる
・夜間にのみ開花
「……素晴らしい」
思わず声が漏れた。
花弁の縁が、まるで夜空を溶かしたような色をしている。黒い斑点は不規則に散っているのに、全体として見ると不思議な均衡があった。
私はしゃがみ込み、花の周囲を観察した。
花粉の飛散範囲。
葉の裏側に付着した小さな虫。
根元の土の色。
近くに生えている植物の種類。
花そのものだけではなく、それがどんな環境で生きているのかを知りたかった。
そのとき、背後から怒声が飛んできた。
「リゼット!」
振り返ると、オルガが息を切らして立っていた。
「何をしてるんだい!」
「花の観察です」
「それは見ればわかる! その花に顔を近づけるんじゃない!」
「花粉の飛散状態を確認していました」
「確認するな! 離れな!」
私は言われた通り、少し後ろへ下がった。
オルガは布で口元を覆いながら、慎重に花を見た。
「麻宵草……。こんなところにまで生えてきたのかい」
「知っているんですか?」
「当たり前だろ!昔、村の男がこれを薪に混ぜて燃やしてね。煙を吸った連中が全員、丸二日うなされ続けた」
「加熱すると毒性が変化するんですね」
「感心してる場合かい」
「乾燥させれば薬になります」
「だから、そういうところだよ!」
オルガは花を採ることを許してくれなかった。
理由を聞くと、この花は繁殖力が弱く、群生地を荒らすと二度と生えてこなくなる可能性があるらしい。
私は少し考えたあと、花を採るのをやめた。
代わりに、地面に落ちていた種を数粒だけ拾った。
「それも置いていきな」
「種子です。花を増やすために使えます」
「……育てるつもりかい」
「はい」
「どこで?」
「店の裏です」
「私の店を毒草園にする気かい?」
「薬草園です。毒も薬になれば薬草です」
「毒草園だよ!」




