19 白牙草 1
その冬の終わり、村に異変が起きた。
村の南にある牧草地で、羊が何頭も倒れたのだ。
最初は寒さのせいだと思われた。
しかし、倒れた羊には共通した症状があった。
口元に泡。
瞳孔の拡大。
筋肉の震え。
そして、呼吸の乱れ。
オルガが呼ばれ、私はその後ろについて牧草地へ向かった。
倒れた羊のそばには、食べ散らかされた草が残っていた。
私は地面にしゃがみ込み、周囲の植物を調べた。
牧草の間に、細い茎を伸ばした白い花が混じっている。
花弁は五枚。
中心は淡い黄色。
葉は細く、先端がわずかに赤い。
鑑定する。
白牙草
・強い神経毒(摂取した場合、痙攣や呼吸困難を引き起こす)
・乾燥させても毒性が残る
・根に毒成分が集中
・本来の生息地:乾燥地帯
・状態:異常(過湿)
「これです」
「この草を羊が食べています」
私の指先を追ったオルガの目が、ぐっと険しくなった。
「白牙草じゃないか……なんでこんなところに……」
牧夫が顔を青くした。
「そんな草、今まで見たことがない」
オルガはすぐに牧草地の端を見回した。
「触るんじゃないよ」
「根を抜かないと、また生えます」
「道具を使いな。素手は禁止だ」
私は布を巻いた棒で白牙草の周囲を掘り、そのまま根ごと採取した。
その間にも、羊の一頭が激しく身体を震わせた。
「オルガさん、解毒薬は?」
「家畜用のものはない。人間用を薄めるしかないね」
「この毒なら、鎧アザミより白脈草と青醒根の方が適しています」
「白脈草は在庫が少ない」
「私の庭にあります」
「……いつの間に育てたんだい」
「去年からです」
「聞いてないよ」
「報告しました」
「私は聞き流していたらしいね」
私は急いで庭へ行き、白脈草を数枚採ってきた。
オルガはそれを青醒根と合わせて煎じ、羊へ少しずつ与えた。
すぐに効果が出たわけではない。
けれど、震えが徐々に弱まり、呼吸が安定していった。
数時間後、倒れていた羊のうち、三頭が自力で立ち上がった。
牧夫は何度も頭を下げた。
「助かった……本当に助かった」
「まだ安心はできません。しばらくは牧草地を閉鎖してください。土の中に種が残っている可能性があります」
「わかった。全部刈り取る」
「刈り取った草は燃やさないでください」
「なぜだ?」
「煙に毒性が混じる可能性があります。私に渡してください」
牧夫は頷いた。
私は白牙草を収納空間に入れながら、奇妙な感覚を覚えていた。
この草は、以前から村に存在していたわけではない。というより乾燥地帯の植物でこの場所に生息することはありえない。
どこかから運ばれてきた…?。
風か。
動物か。
水か。
あるいは、もっと別のものか。
白牙草そのものよりも、私はその移動経路が気になった。
翌日から、私は牧草地周辺の植物を調べ始めた。
白牙草が最初に生えていた場所。
種が流れてきそうな水路。
風が強く吹き抜ける丘。
動物の通り道。
調べていくと、白牙草は牧草地の南側にある小さな沢沿いに多く生えていた。
私は収納空間を開いて白牙草を取り出した。
白牙草の種子をいくつか採取する。
細長く尖った種子は、乳白色の表面に淡い灰色の筋が走り、まるで小さな牙を思わせる。指先でつまむと、乾いた殻の硬さが伝わる一方、表面にはわずかなざらつきがあり、採取したばかりの植物らしい青い匂いも残っていた。
そして、鑑定を使う。
白牙草の種子
高密度の魔力を保持
発芽率:極めて高い
生育速度:極めて迅速
――この世界の万物には、程度の差はあれ魔力が含まれている。
植物も。
水も。
土も。
そして、人間の身体にも。
ただし、その量には大きな差がある。
普通の植物に含まれる魔力はごく微量で、成長を助ける程度のものだ。
井戸水や土に含まれる魔力も同じで、普段の生活で意識することはほとんどない。
問題になるのは、魔力が異常なほど濃くなった場合だ。
魔力の濃い場所では、植物が通常とは違う成長を見せることがある。
薬効が変わることもある。
毒性が強くなることもある。
場合によっては、本来持っていなかった性質を持つようになることさえある。
だからこそ、植物を調べるときには、その植物だけを見るのではなく、どこで育ったのか、どんな環境にあったのかも重要になる。
私はそのことを、最近になって少しずつ理解し始めていた。
そして、この種には、その大きさに見合わないほどの魔力が集まっていた。
「……?」
(……おかしい。乾燥地帯の種はめったに雨が降らないから、発芽のタイミングを慎重に見極めるために発芽率自体は低く抑えられていることが多いのに)
けれど、どうしてそうなっているのかまでは分からなかった。
調べれば何か分かるかもしれない。
私は種子を収納空間へ収めた。
次に沢の水を少し採り、鑑定する。
「……あれ」
その中に、ごく薄く植物を鑑定したときに似た反応がある。
土なら落ち葉や微細な根が留まり蓄積するけれど、流れる水は絶えず循環している。
もし一時的に葉や枝が浮いていたとしても、水そのものに『植物としての固有の反応』が留まり続けることなんてないはずなのだ。
それなのに、この澄んだ水自体から、かすかな植物の気配が返ってくる。
私は水の入った瓶を持ち上げ、光にかざして見つめた。
何かが混じっている。
けれど、それが何なのかまでは分からなかった。
名前も出ない。
性質も分からない。
でも――。




