18 甘い香りにご用心
それから数年が経った。
私が十ニ歳になる頃には、オルガの店で任される仕事もかなり増えていた。
薬草の仕分けはもちろん、乾燥状態の確認、薬瓶の洗浄、簡単な軟膏の調合。村人が持ち込む薬草の鑑定や、保存方法についての助言もするようになった。
ただし、患者の診察だけは、まだオルガの許可が必要だった。
「勝手に病名を決めるんじゃないよ」
「病名は決めていません。症状の組み合わせから可能性を挙げただけです」
「それを病名を決めるって言うんだよ」
「では、仮説です」
「言い換えれば許されると思うんじゃない」
オルガは厳しかった。
けれど、私が薬草の知識を深めることには反対しなかった。
むしろ、以前よりも多くの古い記録を見せてくれるようになった。
そこには、村の周辺で採れる薬草だけでなく、遠方の山地や湿原、海辺に生える植物のことまで記されていた。
中には、名前だけが残され、実物を見たことのある者がいない植物もあった。
私はそれらを見つけるたびに、紙の端へ小さな印をつけた。
未確認。
要調査。
生育地不明。
毒性不明。
薬効不明。
その数は、少しずつ増えていった。
世界には、知らない植物が多すぎる。
それは嬉しいことでもあり、同時に、少しだけ焦れることでもあった。
なぜなら、知らないということは、誰かがその植物で苦しんでいても、正しい対処ができないということだからだ。
*
ある日、店の奥で乾燥させた毒草を薬研ですり潰していたときのことだった。
私が扱っていたのは、緋蜜花の乾燥させた花弁だ。細かく粉末状にしていくにつれて、立ち上る赤い微粉末の中に、甘くスパイシーな香りが混じり始める。
「いい匂い……」
その甘やかな香りに誘われるまま、私は思わず薬研の上に顔を近づけ、立ち上る赤い粉塵をいっぱいに吸い込んだ。
「馬鹿!リゼット! 息を止めて下がりな!」
奥から飛んできたオルガが、湿った手ぬぐいを薬研にかぶせ、粉塵が広がるのを抑え込んだ。そして素早く小窓を少しだけ開け、室内に溜まりかけた空気を逃がす。
オルガは口元を覆いながら、大慌てで水を入れたコップを取り出し、私の手元へ突きつけてきた。
「いくらあんたに毒が効かないからって、緋蜜花の粉末を直接吸い込むんじゃないよ!気道にくっついたら、毒性が出なくてもむせて呼吸困難になるだろうが!ほら、水で口をゆすぎな!」
「大丈夫です」
私は差し出されたコップをそっと手で押し返した。
探るように、自分の舌先で上顎を少し舐め回してみる。
「……ふむ。シナモンと唐辛子を混ぜたようなスパイシーな温かさがあって、あとからじわじわと舌の奥が熱くなる感覚ですね。冬場の湯薬の隠し味に良さそうです。今の時期にぴったりです」
「隠し味に人が飛び上がるような熱が出るもんを入れるんじゃない!」
オルガの声が響いた。
「普通なら今ごろは高熱で倒れてるんだよ……」
「喉の奥がぽかぽかする感覚はあります」
「……まったく、慣れては来たが、あんたの肝の据わりようには参るね……」
オルガは呆れたように息を吐くと、薬研を手ぬぐいの上からポンポンと軽く指で叩いた。
「そもそも、緋蜜花みたいに粉末が舞いやすくて毒性の強いもんは、乾燥したまま直ですり潰すもんじゃないのさ。白露草の抽出液を数滴垂らして湿らせながら薬研ですり潰すんだよ。そうすれば粉塵も舞わないし、毒性も刺激も和らぐんだからね」
「なるほど……湿らせてからすり潰せば、粉塵を防ぎつつ薬効だけを安全に抽出できるのですね」
私は深く頷き、忘れないうちに帳面を開いた。
『緋蜜花(乾燥花弁):そのまますり潰すと有毒な粉塵が舞い、急激な発熱を引き起こす。調合時は白露草の抽出液で湿らせながら薬研ですり潰す前処理が必要。充分に煎じ煮詰めることで劇毒性が散り、頑固な悪寒を吹き飛ばす強力な発汗薬として応用可能』




