第十五話 階層構造の解明
「……ふむ。大事には至らんかったが、焦げてしもうたな」
作業台の上で炭化し、中心から裂けた紙片を見下ろしながら、エルシアが顎に手を当てた。
「魔力そのものが暴発したのではない。流れ込んだ魔力に紙の媒体が耐えられず、限界を超えて焼き切れたようだ。……少なくとも、小皿の水はぬるま湯になった。魔力は受理され、術式も作用した」
レインは小皿に残ったぬるま湯の熱を指先で確かめ、事実を淡々と整理した。
中心核の図形をすべて削ぎ落としたことで、光属性の魔力は確かに受け入れられた。選別機構を外せば全属性を受け入れるという仮説は正しかったのだ。だが、同時に媒体が耐えきれずに破損した。
(入力の選別機構を外した結果、許容量を超える魔力が一気に流れ込んだ。……中心核に描かれていた属性の図形は、単なる指定だけでなく、魔力の流入量を抑える抵抗や流量制限器の役割も兼ねていた可能性がある)
「レインの器は底が知れんからのう。本人は最小限に出しておるつもりでも、紙の札にとっては濁流を注ぎ込まれたようなものじゃ」
「そうだね。わらわが魔力を流すと、術式が動いた瞬間に札が壊れてしまう。これでは、魔力が陣の中をどう巡って熱へ変換されるのか観測できない」
レインは息を整え、エルシアを見上げた。
「エルシア。もう一度、検証に協力してほしい」
「うむ、構わんが……今度はどうするのじゃ?」
「同じ術式をもう一度描く。中心核の図形を抜いた状態のものだ。そこに、エルシアの魔力を流してほしい。火属性と水属性を、それぞれ極めて微量、一定の出力で流してほしいんだ。火の魔力は変換を受けず、水の魔力は変換されるはずだ。その二つの挙動の差を比較したい」
「なるほどな。わらわの制御なら紙を焼き切らずに済むし、火と水の違いも追えるというわけか」
「その通りだ。エルシアの制御精度なら、過負荷を起こさずに術式の内部構造を観察できる」
レインは新しい紙を広げ、羽筆を走らせた。
外枠の正八角形、緻密な幾何学模様。そして、中心核の属性記号だけを綺麗に空白にした湯沸かしの術式を寸分違わず描き上げる。作用点には、再び冷水を満たした小皿を置いた。
「準備ができた。まずは火属性から頼む」
「あい分かった。ごく微量、細く流すぞ」
エルシアが指先を中心核に添え、意識を集中させる。
レインは右眼を凝らし、瞬きもせずに術式の細部を見つめた。
次の瞬間、記号のない中心核全体がうっすらと赤色で満たされた。
(……魔力が入った)
中心核から溢れ出た赤い光は、まず第一環へと流れ込む。
注がれた魔力はそこで渦を巻き、脈動を整えられ、均質で安定した赤い光の波となって同心円状に広がった。
(第一環は、入力された魔力の揺らぎを均一に整える整流器のような役割を持っている)
整流された赤い光は、そのまま第二環へ進む。
火の魔力は第二環では変換を受けず、色は変わらず赤のまま、減衰もないまま何事もなかったかのように通過して第三環へ入った。
(火の魔力は、第二環の処理を必要としない)
そして魔力が第三環へ到達した瞬間、描線がひときわ強く赤熱した。
熱が生じている。第三環の描線の発光が強く輝き、激しい熱量が第四環、第五環、第六環へと波及し、外核を巡って、そこから伸びる一本の細い線へと集約されていく。
線を通って導かれた熱が小皿の底を叩き――しゅん、と小さな音を立てて、水が瞬く間に沸騰した。
「……火属性の魔力は、第二環では変換されず、そのまま第三環で熱へ変換された。外側の環と外核は、変換された出力を作用点へ導く伝導路として機能している」
レインは結果を呟き、手早く紙片に記録を取った。
エルシアが満足そうに頷く。
「綺麗に沸いたな。では、次は水属性か?」
「うん。火と同じ出力でお願いする」
エルシアが指先を切り替え、今度は澄んだ青い魔力を中心核へと流し込む。
第一環が鮮やかな青色で光り、火属性のときとまったく同じように魔力を整流した。
変化が起きたのは、その直後だった。
「……っ」
第二環に差し掛かった瞬間、青い光の流速が明らかに落ちた。
青かった魔力の光が、第二環の幾何学模様を巡る間に、淡い黄土色(土経由の中継属性)へと変わる。さらに環の外縁を抜ける頃には、赤みを帯びた光へと色を変えていた。
水属性から土属性を経由し、火属性へと至る「二段階の属性変換」が、発光色の変化として明確に観測されたのだ。
そして第三環へと到達したとき、光は赤く熱を発したが――ただ、変換のたびに回路を通過する光の強さ(輝度)が明確に落ちていた。二段階の変換プロセスを経たことで、変換損失が発生していたのだ。
外核を経て小皿へ届いた熱は、水を沸騰させるには至らず、静かに湯気を立てる程度で止まった。
「ふむ……? 流した魔力の量は火と同じじゃが、ずいぶんと温まり方が弱いのう。わらわには、火と水で色が変わっておるようにしか見えんかったが」
エルシアの疑問に、レインは確信を持って答えた。
「第二環で、属性の変換が行われている」
「属性変換じゃと?」
「そうだ。水属性の魔力は、そのままでは熱にならない。だから第二環の回路を通ることで、熱を生み出せる属性へと強制的に変換されているんだ。通過する光量が落ちていたことから考えて、変換のプロセスを経るごとに変換損失が生じ、火力が低下していると考えられる」
レインは作業台の術式を指先でなぞった。
「第一環で魔力を均一に整流する。第二環で適した属性へ変換する。第三環で現象――この場合は熱を発生させる処理を行う。そして外側の環と外核がそれを集約し、作用点へと導く。……古代の魔法陣は、驚くほど無駄のない階層構造で作られている。美しい設計だ」
少年の顔に、知的な興奮が静かに滲んでいた。
入力、整流、変換、出力。そのすべてが明確な論理で結ばれている。
「理屈は分かった。だがレイン、お主の光魔力はどうするのじゃ? 先ほどのように紙を燃やしてしまっては、湯も沸かせんぞ」
「……そうだね」
エルシアの指摘に、レインはすぐに思考を次へと切り替えた。
「属性の記号を外せば、光魔力でも術式が起動することは確認できた。問題は出力の制御だ。札側の許容量に頼るのではなく、わらわ自身の出力をごく微量に抑える必要がある」
魔器から引き出す魔力を、エルシアのように細く、均一に制御する技術。
それができなければ、どれほど完璧な術式を組んでも媒体を破壊してしまう。
「魔力制御の訓練をする必要があるね。……エルシア、手本を見せてほしい」
「くくっ、任せておけ! 魔力制御なら、このエルシア様の得意分野じゃからな!」
胸を張るエルシアを見据えながら、レインは自身の魔力伝導路へと意識を向け直した。
解くべき課題は明確になった。あとは、必要な条件を一つずつ満たしていくだけだ。




