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天才AIエンジニア、異世界でエモいAIと魔法を科学する  作者: 有馬零
第一章 始まりの大地

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第十四話 空白の術式

 レインは『光魔法初級書』の巻末に描かれた正八角形と、作業台の上の湯沸かし札を見比べながら、腕を組んで考え込んでいた。


 木、火、土、 金、水の五つの記号は、中心核の中央に描かれた正方形を囲むように整然と並んでいる。もしこれに光と闇を加えるなら、どこに配置するのが正しいのか。

 上下に足すのか、それとも全体の間隔を均等にずらすのか。


 ふと、レインの脳裏にひとつの考えが浮かんだ。

 もしこの図形が、紙という平面に描かれているだけで、本来はもっと立体的なものだとしたらどうだろうか。

 かつて遠い記憶にあった球体の模型――地球儀のような丸いものの上に配置されているとしたら。東西南北だけでなく、天頂や天底、あるいは星の巡りのように配置されるべきものなら……。


 だが、今のレインにはこの世界の地図はおろか、自分たちが今どこにいるのかさえも分からない。この仮説を検証するには、前提となる情報が圧倒的に足りなかった。


(……今は、この考え方を頭の片隅に留めておくだけにしよう)


 無謀な推測で描き足して事故を起こすわけにはいかない。レインは視線を上げ、工房を見渡した。


「エルシア、この家には他にもあの模様が描かれた札や道具はあるだろうか。別の札を見れば、配置の法則が分かるかもしれない」


「別の札か? うむ、生活に使うものはいくつか転がっておるぞ。探してみるのじゃ」


 二人は工房の棚や木箱を調べた。道具に直接彫られたものや、古びた木札がいくつか見つかる。

 その中で、レインの目がひとつの道具に留まった。


 金属の留め金がついた革製の筒だ。その胴の部分に、一枚の紙札がしっかりと貼り付けられている。


「これは……」


 札の中心核を覗き込んだレインは、小さく息を呑んだ。

 そこに描かれていたのは、五つの図形ではなかった。


 正方形も、三角形も、円もない。ただ中心核の右上に、二本の波線だけがぽつんと描かれていたのだ。


「ああ、それは水筒じゃな」


 エルシアが思い出したように頷く。


「遠くへ薬草を採りに行くときに重宝するのじゃ。魔力を流せば、何もないところから水を生み出し、筒の中に溜めてくれる札じゃよ」


「中心核に、二本の波線……水属性の記号だけが描かれている」


 レインは札の表面を凝視し、湯沸かし札のそれと頭の中で重ね合わせた。

 図形の大きさと位置は、五つの図形が描かれていた札の波線と寸分違わず同じだった。中心核の大きさに対して占める割合も、右上という位置も完全に一致している。


「記号の数が減っても、配置位置と大きさは変わっていない。少なくとも水の記号については、札の種類による変更はないようだ。光と闇の記号を追加しても、同じ規則に従う可能性がある」


 そして、レインは予備の古い札を一枚取り出した。

 中心核の五属性の配置が分かっている以上、残る光(正八角形)と闇(凹形)の位置は、上下の二択に絞られる。構造が固定されているなら、適当に描いても作動しないはずだ。


「試してみる」


 まずは下部に光の正八角形を描き、レインが自らの光魔力を通した。

 ――カチリ、と、正しい位置に記号が嵌まったような確かな手応えがあり、正八角形が白金色に光る。光の指定位置は下部で確定した。

 念のため、正八角形を上部へ移して試す。しかし、今度は何も起こらず、光魔力は紙の表面で霧のように散った。誤った位置では入力が拒絶される。構造は固定されていた。


 続いて、その対極となる上部に闇の凹形を描き、エルシアに頼んで闇魔力を流してもらうと、こちらも正常に起動した。


 これで、中心核における七属性すべての属性指定記号の位置は完全に把握できた。


 なぜ、わざわざ水属性だけに制限しているのか。

 湯沸かしの札は、魔力を「熱」という現象に変える魔法陣だ。多少の属性変換による損失があっても、火力を落として湯を沸かすことはできた。

 一方、水筒の札は、実体を持った「本物の水」を作り出す物質化の魔法陣だ。現象を起こす術式よりも、魔力を無駄なく変換しなければならないのだろう。少しでも変換ロスが生じれば、物質化に必要な魔力が不足し、術式そのものが破綻してしまう。あらかじめ水属性以外の入力を遮断しているのは、そのためではないか。


 レインは、湯沸かし札と水筒札の違いを見比べた。


 水筒の札は、理由があるからこそ水属性だけに限定している。

 一方、湯沸かしの札は、どんな魔力であっても熱へ変換できれば問題ないはずだ。


 七属性の配置は、これで確定した。

 ならば――今後の検証のたびに、属性ごとの記号を描き分ける必要はあるのか。


 図形が属性を選別するための指定だとすれば、いっそ指定をすべて外してしまえばどうなるのか。

 すべての魔力を拒絶するのか。それとも、選別そのものが働かず、あらゆる属性の魔力を受け入れるのか。


 もし、指定を外した状態が「全属性対応の入力口」であれば、これから自分で魔法陣を検証していく上で、解析作業を効率化する確かな近道になるはずだ。

 

「……エルシア、新しい紙と羽筆を貸してほしい。確認したい構造がある」


「ん? 構わんが、何か分かったのか?」


「属性の指定をなくした場合に、札が光の魔力を受け入れるか確認したい」


 レインは机に向かい、湯沸かし札の中心核から第一環、第二環、第三環、第四環、第五環、第六環、外核までを、順番に丁寧に写し取っていった。

 そして元の札と同じように、外核から一本の細い線を引き出し、その先の枠に、検証用の水を少量入れた小皿を据える。


 レインは、中心核に属性の図形をひとつも描き込まなかった。

 中心核の内部には、完全な空白だけが残されている。

 

「……中心を、空っぽにするのか?」


 エルシアが不思議そうに覗き込む。


「あの記号が魔力を選別するための指定なら、何も描かない場合、結果は二つに分かれるはずだ。属性が一致しないと判断されて完全に魔力を拒絶するか、あるいは選別そのものが働かず、あらゆる属性の魔力を通すか」


「なるほど……。入らぬか、すべて通るかの二択というわけじゃな」


「そうだ。試してみる価値はある」


 レインは息を整え、札の中心へそっと人差し指を伸ばした。

 体内の光の魔器から、細い糸のような魔力を慎重に引き出す。


 前回の暴発の感覚を反芻し、針の穴に糸を通すような繊細さで意識を集中させた。

 指先から、ほんのわずかな光魔力を中心核へと落とし込む。

 ――コツリ、と。

 術式の奥で、見えない歯車が噛み合うような確かな手応えがあった。


 記号のない空白の中心核が、輪郭の内側を満たすようにうっすらと白金色に発光した。

 

 光の魔力は霧散することなく、すんなりと札の中へ吸い込まれていった。

 直後、中心核から溢れ出した白い魔力が、一番内側の第一環へと流れ込み、線が鮮やかに白く発光する。


「入力された……!」


 光の筋は瞬く間に外核へと届き、引き出された線を通って小皿の底へと達した。

 ジュウ、と鋭い音が立ち、小皿の水面から勢いよく湯気が立ち上る。


 だが、その直後だった。


 レインがどれほど小さく絞ったつもりでも、属性図形による制御を失った魔力は、紙の札が受け止められる量をはるかに超えていた。

 それだけではない。中心核にあった属性の図形は、単なる選別だけでなく、魔力の流れに抵抗を与え、流入量を抑える制御機構も兼ねていたのではないか――そう思い至った時には、すでに遅かった。


 中心から奔る白い光が暴威を帯びて膨れ上がり、熱を発生させる環が過大な負荷に耐えきれなくなる。


 バチッ、と激しい火花が弾けた。


 術式の描線が閃光とともにスパークして焼き切れ、線の途切れた箇所から紙が裂けた。中央は黒く焦げ、ツンとした焦げ臭いにおいが工房に立ち込める。発光はプツリと途切れ、札は活動を停止した。

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