終、地球へ
天月霧之船は三次元の闇の大海原中を、輝く地球を灯台に、ほんの一瞬の揺らぎを許さず突き進む。
それはまるで、狙いを定めた鷹が天より舞い降りるようだった。
「あぁ、」
かぐや姫が、自分の居場所、日本という名の島国を愛でるように眺める。
シュュュ
天月霧之船を含む、雲船は世界間の航行時、一度「空間移動」で宇宙空間と呼ばれる冥界に出て、そこから目的地に近づく。
空間移動とは、簡単に言えば瞬時に何里をも移動することができる雲船の機能だ。
ただし、これには危険が伴う。
空間移動は、「世界」から「冥界」へ。
「冥界」から「世界」へ移動する手段なので、移動時に冥界に魂だけ取り残される事が稀にある。
かぐや姫はそれを知っている。
だから、その現象を使い追っ手の天人の何人かを冥界閉じ込めようとしていた。
かぐや姫には「自分は閉じ込められない」という奢りににも似た自信があった。
自分には数多の魂が取り憑いている。だから、安全。
という自信が。
ギギギィ
弓の弦が引かれる音がした。
それと同時にかぐや姫が何かを呟く。
ビュン
矢が放たれる。
その一本の矢がかぐや姫を貫い…
サァァ
矢が貫いたのは霧だった。
もう、天月霧之船は空間移動を完了し、宇宙と言う名の冥界には存在しなかった。
―――――――――
「はぁ」
かぐや姫は、林の中にいた。
(ここは?)
少し痛む頭を押さえ、辺りを見渡す。
「…地球。」
かぐや姫の瞳に光が宿った。
半透明に消えかかった天月霧之船が完全に霧散した。
「あぁ、やっと。」
かぐや姫の瞳に涙が浮かぶ。
そして、かぐや姫は林を出る。
そこは、前とは少し違う風景だった。
けれど、かぐや姫には見覚えがある。
都だ。
道が入り組み、朝の冷たい空気の中、馬や牛車が行き交っている。
「帰ってこられた…!!」
美しい暁光が、彼女を包んでいるようだった。
――――――――――――――――――――――――
かぐや姫は、やっとの思いで帝を見つけた。
草原の一角の、木で組まれた小さな小屋の中だった。
鈍色の服を身に纏った人々が、正座をしている。
そして、奥の木箱の前には数人のお坊さんが座っていた。
「え?」
かぐや姫は人々に見つからぬように、目を凝らして遠くから木箱の中を覗く。
それは、木の箱、棺の中に横たわり、息をせず、皮膚は干からびたような、帝の姿だった。
主上が、お隠れあそばされた?
かぐや姫は、頭の中でいやいや/\、違うと、否定する。
けれど、目の前の現実は否定できない。
本当にお隠れになられたの…
なぜ?
理解できない。
なぜ?
不死の薬は?
なぜ?
かぐや姫は、だんだんと現実を理解する。
帝は本当に死んだ。
「えっ」
かぐや姫は、静かに後ずさりをする。
「しゅ、主上?」
かぐや姫は絶望のどん底に突き落とされた。
「え、なぜ?」
涙が浮かんだ目をこする。
そして、かぐや姫は後ずさりして走り去った。
――――――――――――――――
あぁ、どれほど走っただろう。
あぁ、どれほど泣いただろう。
かぐや姫は、竹林の中で、一人うずくまっていた。
頭をかき乱し、もう涙も出ない。
ビュッ
かぐや姫の足元に、矢が刺さる。
形からして、天人の使うものだ。
「もう、いい。」
かぐや姫はゆっくりと、立ち上がり竹林の終わりへと歩く。
そして、彼女は竹林を抜けて野原に出た。
案の定、天空には数多の雲船と、弓を構えた天人がいた。
ビュッ
一斉に大量の矢の雨がかぐや姫を襲う。
トッ
鳥が木の枝にとまる様な音がした。
それほど小さな音だ。
「う」
かぐや姫が小さく息を吐く。
かぐや姫には、無数の矢が突き刺さっていた。
けれど、かぐや姫は決して悲しい表情をしていない。
死すれば、帝のいる所へ行ける。
そう信じ込んでいた。
「…貴女を、」
一人の天人が口を開いた。
「貴女を、漂流の刑に処します。」
かぐや姫の人生で、最後に聞いた言葉だった。
かぐや姫は、海底より昇る気泡のように、意識を取り戻していく。
ここは?
かぐや姫が声を出そうとしても、声が出ない。
え?
目を開ける。
暗闇だ。
けれど、彼女は信じていた。
死んだら、きっと冥界で、死者と、そう主上と会える。
かぐや姫は目を瞑り、もう一度目を開ける。
え?
声にならない声が出た。
かぐや姫は筒の中にいた。
どこかで見たことがある。
筒の中だった。
(まだあります)




