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追放そして旅立ち




翌朝。


地下倉庫には、リゼット一人だけが残されていた。


昨夜までザックが座っていた木箱はぽつんと空いていて、


その空白が、彼の不在を静かに告げている。


いつもは二人の笑い声で満ちていた空間が、


今日はやけに広く、冷たく感じられた。


リゼットは深呼吸し、ザックに言われた通り新しい“さらし”をきゅっと巻き直す。


胸元を押さえ、背筋を伸ばし、気合を入れるように頬を叩いた。


(よし……今日からも頑張るわよ……!)


そう自分に言い聞かせた瞬間――


バタンッ!!


鉄扉が乱暴に開け放たれた。


湿った空気が揺れ、埃が舞い上がる。


現れたのは、脂汗で顔をテカらせ、


怒りで全身を震わせている宮廷料理長バルトロだった。


背後には、青ざめたハンスが控えている。


「リゼット!! 貴様、よくも私に恥をかかせおったな!!」


怒号が地下倉庫に響き渡る。


リゼットはきょとんと目を瞬かせた。


「え? 料理長さん、どうしたんですか?」


「どうした、だと!?

貴様の“落書き”を清書してやったというのに、

宰相閣下に『砂を飲んだようだ』と突き返されたわ!!

この屈辱……この恥……すべて貴様のせいだ!!」


バルトロはリゼットに詰め寄り、


さらしで締められた彼女の胴体を見て、鼻で笑った。


「見ろ、この不衛生な姿を。

魔物を食いすぎて、ぶよぶよと膨れ上がりおって……!

我が料理局の清廉な美学に反する、実に見苦しい!!」


(実際には“至宝の美”が隠されているが、バルトロには見抜けない)


リゼットは困ったように眉を下げた。


「えっと……これは、ザックが“魔力を抑える拘束具”って……」


「黙れ!!

お前のような野生児、我が宮廷料理局には不要だ!!

外部の男を勝手に地下へ入れ、魔物を調理し、

王宮の秩序を乱した罪は重い!!」


バルトロは指を突きつけ、勝ち誇ったように叫んだ。


「本来なら投獄ものだが……私の慈悲で“追放”にしてやる!

北の地――魔物しかいない「断絶の森」へ行け!!

クビだ、今すぐ消えろ!!」


その瞬間。


リゼットの顔に広がったのは――

絶望でも涙でもなく、

太陽のような満面の笑みだった。


「本当ですか!?

わあ……嬉しい!!

北の方って、美味しい魔物がいっぱいいるところですよね!?

修道院の先生が言ってました! “食材の宝庫”だって!」


「……は?」


バルトロの口が、ぽかんと開いたまま固まる。


リゼットはぺこりと頭を下げた。


「今までお世話になりました、料理長さん!

私の字を綺麗にしようとしてくれて、本当にありがとうございました!

お腹、大事にしてくださいね!」


(メモを盗まれたことを“清書してくれた”と勘違いしている)


「ま、待て! まだ説教が――」


「さようなら!!」


リゼットは軽快な動作で鍋を背負い、


檻から放たれた小鳥のように地下倉庫を飛び出していった。


バルトロとハンスは、


ただ呆然とその背中を見送るしかなかった。


王宮の重い門が、背後で閉まる。


だが、その顔は晴れやかだった。


彼女は背負った鍋を揺らしながら、楽しそうに歌い始めた。


「龍の髭~♪ 雪解けウサギ~♪ 今度は何を煮込もうかなっ!」


彼女は北へ続く道を歩き始める。


脳内の“味の書庫”には、地下倉庫で学んだ膨大な知識が詰まっている。


リゼットは空を見上げ、


小さく笑った。


---


数カ月後。


王宮を追放された「無能」な少女が、

北の砦で冷徹な公爵ガイアスの心を溶かし、

筆頭魔術師カシアンを跪かせ、

王国を胃袋から救うことになるのを――


この時のバルトロは、まだ知らない。


そしてリゼット自身も、まだ知らない。


彼女の“味の書庫”は、

いま、北の空に向けて新しく開かれたばかりなのだ。


(完)



この度は『魔物を煮込むな! と追い出された野生児料理人リゼット、 地下倉庫で出会った冒険者ザックと「秘密の宴」を開いていたら 王都の裏側が勝手に救われていた件』を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


本作は、もともと「続編(隣国編)が難しいから、気分転換に前日譚でも書こう」という、思いつきから始まりました。

最初の5話ぐらいまでは勢いで書けたのですが、着地点をどこにしようか迷走しはじめてしまい、長期連載につなげようと思ったのですが、前作との整合性を考えるとだんだんと難しくなってしまいました。

(書き始めた当初はそれこそ「魔物を煮込むな!」シリーズとして作ろうまでと思ってました。(/ω\))


ですが前回のように迷走し始めそうだったのでとりあえず、前日譚ということで今回はしめくくろうと思います。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました




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