146話 ベルの過去②
ワタクシ、ベルは……ベルフィーナ=エーデルワイスは、アルクーンの街随一の心優しき貴族であるエーデルワイス家の長女でした。
貴族でありながら庶民の方々と平等に接し、皆から慕われるお父様とお母様の姿は、娘の私から見てもとても誇らしいものでした。
当時十歳のワタクシも、まだ小さい二人の妹たちも、そんな両親のことを心から愛していましたし、尊敬しておりました。
でも、そんな幸せいっぱいの日々は突然終わりを迎えることになったんです。
――いえ、今思うとその兆しはもっと前からあって、既に我が家を蝕んでいたんですわ。
ある時を境に、それまで親しくしていた庶民の方々からの邪険に扱われるように――いえ、私腹を肥やすのに忙しい他の貴族らと同じような接し方をされるようになりました。
それからまもなくして、我が家から使用人がこぞって辞め始めました。理由は「当主様を信用できなくなった」とのこと。
当然、そんないわれもなく心当たりもない両親はひどく悩み、落ち込みました。
それでもお父様は、「貴族にしか、自分たちにしかできないことを精一杯やり遂げるしかない」と、それまで以上に仕事に力を入れました。お父様たちの仕事は、魔導研究と孤児院の運営……と言っても、当然利益が出るようなものではないのですが、それを熱心に行っておりました。
けれど、もともと体の弱いお母様が心身疲労によって病に伏し、その治療費を稼ぐ為にもお父様はさらに仕事に没頭しました。そんな毎日が続いて、冬の訪れを肌で感じるようになった頃――丁度今と同じような季節に、決定的な事件が起きましたわ。
火事――それも、小さなお屋敷全てを呑みこむ程の大火事が起きましたの。
激しい熱とまぶしさに目を覚ましたワタクシは、すぐに隣にある妹たちの部屋へと急ぎました。でも、そこには誰もおりませんでした。先に逃げ出せたんだと思い、ワタクシも必死の思いで中庭へ逃げましたわ。有事の際に非難する場所として日頃からよく言い聞かされてましたから。
でも、避難通路を見て驚きました。
そこには、普段かかっているはずのない鍵がかかっているんですもの。慌てたワタクシは、妹たちを探そうと中庭に戻った所で、二階から泣きながらコチラを見ている二人の妹たちと目があいました。
届くはずもないのにワタクシは無我夢中で手を伸ばし――直後に大きな爆発。
そして音もなく、目の前が真っ赤に、真っ白に、真っ黒になりました。
* * *
「それから意識を失ったワタクシは……ワタクシだけが保護され、そこからは家無き子として意外にもしぶとく生き続け、こんなに大きくなるまで成長した、という訳ですわ。 これがワタクシの過去――いえ、もはや因縁と言ってもいいかもしれないですわね」
ベルは一息つくと、涙で潤んだ瞳を手で拭った。
俺はベルの語る壮絶な過去に、掛けられる言葉を見つけられずにいた。
時折影を見せる姿も、いつもの勝気な笑顔も……俺がベルと同じような経験をしたら、そんなことを普通にできただろうか?
――いや、絶対に無理だ。俺はそんなに強くない。
愛するものと……その全てを失ってなお、強く生き続けることなんて、俺には――
「フフッ、マヒルさんのその顔……だいたい何を考えているか想像つきますわよ。 でも、違いますわ。 ワタクシは、強くなんて、ないですわ……」
「……! そ、それは……」
思わず言いかけて、言いよどむ。
何が言える訳でも、何かが分かる訳でもないから。
「……ワタクシは、本当のことが知りたいんですの」
「本当の……こと?」
「ええ。 調査によるとあの火事は、仕事に疲れたお父様がお酒に酔って、挙句に暖炉の火始末を怠ったということで起きた”事故”……お父様の”過失”として扱われましたわ」
段々とベルの語気が強くなり、彼女の歯がギリィっと音を立てる。
「……でも、そうじゃない、と?」
「……そうですわ。 元々お酒好きのお父様ではありましたが、お母様が病気になってからは一滴足りとも口にしておりませんの。それに……」
「それに?」
「……火事の調査をした人が言うには夜中の十二時頃に寝室の暖炉からの出火、なんて言ってますけれど、その時間にたまたま目が覚めたワタクシは、見ましたの。 執務室で仕事そしているお父様の姿を……まあ、誰も信じてくれませんでしたけれど」
「……それじゃあ、その火事は……誰かに仕組まれたもの、だった……?」
「……確証はないですけれど、ワタクシはそう思ってますの。 なぜか悪い噂が広がり出して、それから間もなくして火事の騒ぎ。 ワタクシには、色々なことが都合よく動かされているような気がして、なりませんの。 だから――」
ベルは一息吸い込んで、涙を浮かべた弱々しい笑顔を見せた。
「ワタクシは、強くなんてないの。 ただ、本当のことを知りたくて――お父様に、お母様に、妹たちに……何か報いたいの。 ただ、それだけですわ」
「ベル……」
バチバチッと火花が散った。
赤熱した炭が音を立てて崩れる。
ベルはバサッと寝袋をかぶると、早口に言い出した。
「……少し、喋り過ぎてしまいましたわね。 明日も早いというのに、ごめんなさいですわ。 それじゃあ、お二人とも明日は頑張りま――」
「ベルっ!」
「……ッ! な、なんですの?急に」
ベルは向こうを向いたまま、答える。
「ベル……話してくれて、ありがとう。 俺に言えることは、正直……何も無い。何かができるとも、その気持ちを理解することも、できないと思う。 でも、ただ一つ……ただ一つ言えることがあるとすれば、俺たちは"仲間"なんだ」
「……」
「もし……もし、この先、お前の背負っている重荷を……ほんの少しでも俺に、俺たちに預かって欲しいと思える日が来たなら……その時俺は全力で手を貸す、ということだけは覚えてて欲しい。 超微力かもしれないけどな」
「マヒルさん……」
「拙者も。 難しい話は、分からない。 でも、荷物を持つなら、拙者の力は、役に立つ」
ラヴィはそう言って、フンッと力こぶを作る。
「ラヴィさん……」
「……と、いうことだ。 なんてったって、さっきのイノシシを軽々と持つんだぜ? ラヴィの力、俺の力、頼りたい時があれば言ってくれ」
「うっ、うぅ……二人とも……」
ベルは、すっぽりと寝袋を被りながら小さく震えている。
こうして話を打ち明けるだけでも、相当の覚悟がいることだと思う。
抱えきれない程の重荷を、小さい頃から一人で背負って生きてきたベル。それはものすごく孤独で、寂しい毎日だっただろう。
でも、今は俺たちがいる。
すぐ隣に、いてあげられる。
俺はそっとベルの隣に近付き、頭を優しく撫でた。
「頑張ったな、ベル。今日までずっと。 でも、今はもう一人じゃない。俺たちが、いる」
「うっ、うぅっ……うわぁぁぁぁん!! うわあぁぁぁぁぁんっ!!!」
俺がそう言うと、何か吹っ切れたかのように大きく、まるで子どものように泣きじゃくった。
抱え込んできたものを、少しずつ溶かしていくように――彼女の泣き声は、星空に混ざりあっていく。
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