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キュービット・オン・ザ・グラウンド(改訂前)  作者: TATA
第二章 崖と狭間の道
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2-8 ロンとの死合い、再び

「お前とあの男、その二人は必ず許してはならぬ!ふざけた手段でワシを虚仮にしおって!」


 メガスロットのロンはキュービットを周囲から結集させ、自身を中心に歪な人の形を形成している。私は素早く電子板を操作し、目の前に壁を作る。


 直後、ロンが壁に向かって突撃してきたのが見えた。私はロンが壁に手間取っている僅かな時間に相手と5m程距離を離す。


 直後、壁を超えてキュービットの塊がいくつも飛来してきた。放物線を描いた塊は無作為に衝突を行う。


「っ!」


 正直私は集中の限りで避けるのに手一杯だった。団塊が降り注ぐ上空とコンソールを操作する手元、二つの方向に意識を分割する。


 ロンが苦手らしい炎には頼れなかった。この場には燃えるものがなく、風も強いため炎がすぐに消えてしまう。一番は着火源を持ち合わせていないことだ。以前炎を輸送してきた所は消えていたし、電子板のメニューから例えばライターを取り寄せても30分は掛かるだろう。


 また、キュービットを意識下で操作出来るメガスロットの能力は使いたくなかった。寿命消費が激しいことと、以前ヒナゲシ区で連続で使おうとした際に頭痛で動けなくなってしまったためだ。切り札、という役割が正しいか。


「もう、死ぬ人が現れないように!」


 私は右手にキュービットの槍を作ると、壁の一部に穴を開ける。穿孔越しに目が合ったロンに向かって、思いっきり突撃する。


 ちょっとでも躊躇すると止まってしまいそうだった。目を瞑り、加速を落とさず突っ込む。


「貧相な生娘が、お前に何ができる」


 構えた槍の加速が止まった。


「え...」


 目を開けると、いくつもの棒状に樹立したキュービットが私の行進を防いでいた。一転攻勢と、突進を止めたキュービット柱は霧散し私になだれかかる。


「うわっ!」


 慌てて槍から手を離しバックステップする。ここで切り札を切るべきであったが、焦燥からその選択肢に気づけなかった。


「そうじゃ、貴様のような矮小な人間など恐るるに足らないのだ。ワシに歯向かったことを後悔しろ」


「っ...!」


 言葉を返す暇もない。壁に後退し、キュービットを囲うカゴを作ろうとする。


 目論見は悪くなかったが、一部カゴから逃れたキュービットが私を直撃する。


「うぁっ!」


 大したダメージではない。しかし、私は衝撃により地面をゴロゴロと鞠のように転がり、地面の端まで追いやられてしまう。地面の端とはすなわち───崖。


「おまえのような厄介者は、無様に潰れればいいんじゃ!」


「そんなんじゃない!私は!」


 天と地の境目のような崖に身を躍らせてしまったことに気づくと、とっさに私は崖を掴む。


「手が...」


 自重とは当然重いものだ。即座に這い上がらなければならないのだが、よじ登る腕の力と体重が奈落へと引っ張る重力は均衡していた。


「終わりだ、娘。やっと人を殺せるわい」


 崖の上から声が聞こえた瞬間、背中から冷たい汗が噴き出る感覚を覚えた。直後、火事場の馬鹿力を発揮することになる。


「うあぁぁっ!!」


 ここで持ち上がらなければ死ぬ。その思いが私を崖から陸に引き上げた。地面を一回転し、九死に一生を得た直後。


 私を奈落へ蹴り落とそうとするロンの姿が見えた。


 刹那、ロンの横腹に神速の手掌を喰らわせた男の姿が見えた。


「あ...」


 慣性を全て譲り受けたロンは思いっきり吹き飛び、猛スピードで突っ込んできた男は急制動し、私は呆気にとられていた。


「何だ、あの出来が悪い人形は」


 ダボついた黒いカーゴパンツに白いワイシャツをたなびかせ、淡いピンクが混じった赤色の髪が乗った頭から、鋭い刺すような視線が私に向けられる。


「ディエゴ...」


 行方不明だった同行者、ディエゴが私の死地に現れた。


「なんじゃお前は...また人間!次から次へと代わりが来る!」


 ロンの対応はさっぱりしたものだった。いきなりの闖入者であるディエゴに向かって、殺傷力を持ったキュービットの塊を投擲する。


「ディエゴ!あれは...」


 私が口を挟む間もなく。


 ディエゴは腰から漆黒の杖を引き抜き、キュービット塊を一刀両断した。斬られた塊は黒い灰となる。


「は?なんじゃあれは、おいどういうことじゃ」


 機械であるはずのロンは困惑している。今の光景は嘘だったであろうと、すぐさま次の塊を作ろうとしていたが、遅かった。


 一瞬で距離を詰めたディエゴが、ロンのキュービットで出来た人体に刃を入れる。


 一振り、二振り、三振り。


 瞬く間に振るわれた杖によりロンの身体は霧散し、中身のメガスロットが露出する。


 ディエゴは杖を振り下ろし、メガスロットを地面へと叩きつけた。


「...強い」


 あの不思議な杖があるとはいえ、ディエゴの戦力は圧倒的だった。私が苦戦していたのがまるで児戯のように、キュービットを自在に操る外敵をのしてしまった。


「...なぁ、なんだ。これは」


 メガスロットを鷲掴みにしたディエゴが私に問う。


 暫くぶりの再開で色々情報共有を行う必要があるが、まずはこのメガスロットからだ。


「これはかくかくしかじかで...」


 要点を手早く伝えると、ディエゴは表情を変えないままメガスロットに握力を掛けた。


「破壊すればいいということか」


「うん、そうだね...」


「待て貴様ら!ワシをどうする気だ!」


 ディエゴの手中にあるロンが声を上げる。せっかくなので糾弾することにした。


「貴方が殺した人間は三十五人。ここで貴方を許しても、また誰かに危害を加えるでしょ」


「殺した...だと?」


 ロンは何か言いたげのようだ。


 さくさくと、私が駆けてきた方向から足音が聞こえた。見るとロンを捕縛した私たちの元にチャンが歩いてきた。先ほど別れたところから距離も離れていないため、駆けつけるのは容易であろう。


「あっ、チャンさん。人殺しのメガスロットを捕まえたんです。」


 チャンは何も言わない。事情を知る私と面識がないディエゴ、そして口を閉じたロンは意識をチャンの方に向ける。


「っ!おい、離せ赤い髪の小僧!」


「?」


 ロンが手の中でじたばたしているが、ディエゴの握力からは逃れられない。


「この男のせいだ!こいつが火を焚かなければ!」


 様子がおかしい。チャンと面識がある?


「矮小な人間どもに復讐できておらぬ!一(・)人(・)も(・)人(・)間(・)を(・)殺(・)せ(・)な(・)い(・)ま(・)ま(・)終(・)わ(・)る(・)の(・)は(・)嫌(・)じ(・)ゃ(・)!(・)!(・)」


「え?」


 直後、チャンがディエゴの手を掴み、体を一回転させた。


 円周運動に則ったディエゴは、回転の終わりに投げ出される。


 そして、底が見えない谷底へと落ちていった。


「三十六...これでも、これでもレインは見えぬのか」


 まるで服の埃を払ったように。普段調子でチャンが呟く。


 まるでその場にディエゴなどいなかったように、静謐だけがその場を流れる。そこで私は状況を飲み込めず、数秒ほど呆けてしまった。


「何を、してるんですか」


 ありえない光景だった。私は両目を見開き、チャンを見据える。


「私がおぞましく見えるか?」


「ディエゴは、敵じゃないですよ」


 ディエゴを谷底へ突き落とした行動が解せなかった。一体なぜという言葉は喉に突っかかって出てこない。


 唐突にチャンが左の二の腕を露出させた。そこには、夥しい数の線が縦方向に刻まれていた。


「三十六本目だ」


 直後、取り出したノミで腕を抉り、線を追加する。鮮血とともに縦線が追加された。


「なにを、してるんですか」


 繰り返しの質問になってしまったが、知りたいのは行動の意味だった。


「そうか、気づいていないのか。エスは」


 そう言うとチャンは、私の知りたかった事実を淡々と答えた。


「私が墓碑を建てた三十五人、拙者は、彼ら彼女らをレインのために惨殺した」


 私は言葉の意味を咀嚼し、飲み込むことができなかった。


「なんですって?」


 ひゅううと、私とチャンの間を横切るように、一陣の風が谷底に向けて吹いていった。

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