帰省 1
今回は、リルマーヤの実家のコンヴィスカント家へ二人で帰省するお話です。
本編のエピローグで、リルマーヤが『帰ります』と伝えた後の時期で、年明け1月の設定です。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
「外の景色が変わってきたわ。」
「ああ、畑が減って家が多くなってきたな。 アグラン市に入ったんだろう。」
「もうすぐお父様とお母様に会えるのね。」
マーヤの馳せる気持ちを乗せて、馬車はコンヴィスカント家へ向かっていた。
この世界の暦は一カ月30日と決まっている。
しかし、8月だけは5日多い35日もある。
日数が多いことを利用して、普通、人々は夏に長い休暇を取る。
俺も毎年夏に休みをもらっていたが、今年は婚姻の儀のために春に休みをもらってしまったので夏には長期休暇を取らずに時期をずらして、年明けの1月に休暇を組んでもらった。
その休暇を利用してマーヤの実家のコンヴィスカント家に二人で里帰りをすることにした。
マーヤの嬉しそうな顔を見るともっとコンヴィスカント家に足を運んでもよかったのかと思うが、マーヤにとっては実家でも俺たちは平民であり、コンヴィスカント家は貴族で、そんなに気軽に行くのもどうかとマーヤと話し、一年に一度くらいなら行ってもいいのでは、ということに(二人で勝手に)決めた。
多分、子爵様たちは(マーヤだけは)もっと帰ってきていいとおっしゃるだろうが・・・。
今回は、子爵家に五日滞在し、そのあとヴォルグ家に寄って一泊して、自宅に帰ってきて一日ゆっくりする、という計画を立てた。
マーヤは自分の家に帰るから楽しみだろうが、俺は五日も子爵様のお屋敷に滞在するなんて体がもつだろうか・・・心配しかない。
子爵様たちは良い方達であることはわかっているが、貴族のお屋敷に寝泊まりするなんて、マーヤには言えないけど不安だらけなのだ!
フォージアグラン領はそんなに雪が降る領地ではないが、今年の冬はいつもより寒く、また、アグラン市は俺たちが住んでいるフィアンティの町より少し北にあることもあり、所々に雪が積もっていた。
いつも見慣れた風景とは違う外の様子を見ると、遠いところに来てしまったような気がする・・・まぁ馬車で半日程度の距離なんだけど。
今回は日にちが決まっていたから、馬車もコンヴィスカント家で用意してくれてフィアンティの家まで迎えに来てくれた。
途中、昼食を兼ねた休憩を取りながら、のんびりとした快適な旅だ。
その馬車の速度がゆっくりし始め、そのうち止まった。
コンヴィスカント家の御者さんが声をかけてくれた。
「長旅、お疲れ様でした。 コンヴィスカント家に到着いたしました。」
マーヤを見るとパーッと笑顔になった。 反対に、俺の顔は緊張でカチコチしているだろう。
馬車から降りて、子爵邸を見上げる。
前回見上げた時から一年経ってしまった。
あの時は敵陣に乗り込む気持ちだったけど、やはり今もそんな気持ちだ。
なぜか、マーヤのご両親に会うのが怖い・・・。
「リヒト? どうしたの?」
「え? あ、ごめん、一年前もこうやって見上げたなぁと思っていたところで・・・。」
馬車から降りようとしているマーヤに手を添えると、マーヤがぎゅっと手を握ってきた。
・・・うん、大丈夫だ。 今はマーヤが隣にいる。
玄関に向かうと、執事のセバスさんが待っていてくれた。
「コーリヒト様、リルマーヤ様、おかえりなさいませ。 皆様、お待ちかねでございますよ。」
セバスさんの案内で玄関の中に入ると、エントランスホールでコンヴィスカント子爵夫妻が出迎えてくれた。
「お父様、お母様、ただいま戻りました。」
「ご無沙汰しております。 お二人ともお元気そうで何よりです。
今回はしばらくお世話になります。」
マーヤに続いて俺も挨拶をした。
「おお、二人ともよく来てくれた。
リルマーヤ、顔を見せておくれ。 元気そうで良かった。」
「お父様、いつも手紙で『元気でやっています』とお伝えしていますでしょう。」
「そうは言ってもなぁ、実は泣きながら手紙を書いているのではないかとか、いろいろ思ってしまうものなのだ。
リルマーヤの笑顔を見られて、やっと落ち着いたよ。」
「お父様のことは怒らないであげて、リルマーヤ。
もう、三日ぐらい前からそわそわして大変でしたわ。」
「そ、そんなこと、ここで言わなくてもいいだろう。」
「ほほほ。 リルマーヤ、少しふっくらしたかしら。 幸せそうでよかったわ。」
「そ、そんなこと! ここで言わなくても・・・お母様、私は太っていませんから!」
「え、マーヤ、太ったのか? 全然わからなかった。」
「リヒトまで! だから太ってないって言ってるでしょう!
ほら、お兄様たちがお待ちでしょ?
そろそろ私たちも座らせてください。」
マーヤがご両親の背中を押して応接間に入っていったので、俺も続いた。
「おー、やっと来たな! 待ちかねたよ。 二人とも元気そうだな。」
「リルマーヤさん、久しぶりに会えてうれしいわ。 春は私だけ会えなかったから今日は楽しみにしていましたわ。」
「お兄様、お義姉様、私も会えてうれしいです。 お二人ともお変わりなさそうですね。」
「ほら、立ち話もいいが、積もる話がたくさんあるんだ。
とりあえず、一息つこう。」
子爵様の一声でみんなが座った。
セバスさんたちが、さささっとお茶を用意してくれる。
相変わらず手際の良い人たちだ。
お茶とお菓子が置かれ、みんなでお茶をいただく。
暖かいお茶が、馬車で移動して疲れた体を癒してくれた。
しかし! お茶の一口だけでは俺の緊張は取れなかった。
子爵様御夫婦と、長男御夫婦、嫁に出たとはいえ長女のマーヤ、それと俺。
あー、俺、ここにいていいのかと思えるような状況。
冬なのに冷や汗が出てくるぜ。
いやいや、俺はマーヤの夫なんだから堂々としていれば・・・うーん、やっぱりソファと同化して気配を消しておこう。
俺はマーヤのおまけ、というつもりでおとなしくしていることにした。
前回の投稿よりかなり時間が経ってしまいました。
帰省編は、お話が長くなりました。
7回に分けてお届けいたします。
今日から7日間、毎日1話ずつ15時にアップします。
お付き合いくださいますよう、よろしくお願いします。
読んでくださり、ありがとうございます。
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