第9話「ゴールド・ブレイズ!」
「よお転生者のお嬢さん。しばらくぶりだな」
バルト=ジマーは人を喰ったような笑みを浮かべて、キリエとアメリアの前に立ちはだかった。
彼らの周囲では、リディーマーズとバロンの私兵が激しい戦いを繰り広げている。ヘルタという優秀な指揮官が前線で指揮を取っている分、リディーマーズの方が優勢のようだ。
「まずはアンタと隣のお嬢様を殺す。次はリディーマーズを率いているあの女だ。お前ら三人殺しゃあ、この状況もなんとかなんだろ」
魔術を発動させる構えをとるラファエルを、キリエは片腕で遮る。
「ラファエル。こいつは私一人でやらせて」
「……分かりましたわ」
「一対一でやるってか? いいじゃん。受けて立つぜ」
ジマーが二丁拳銃を構え、それに応じてキリエも腰のホルスターからフリントロック式の形をした銃を2丁抜き出した
対峙する二人の間に乾いた風が一迅、吹きすさぶ。
数秒間の沈黙の後、二人の指がほぼ同時に引き金を引いた。
――能力技巧――
ーー百貨繚乱!!
ーー永久の揺り籠!!
二人の間の空間で金貨と魔力の弾丸が高速でぶつかり、甲高い音と共に黄金の火花が弾け散る。
互いに一歩も引かない撃ち合いの末に、空撃ちの音が響いたのはほぼ同時だった。
「そっちも弾切れみたいだけど……次はこっちでやろうか?」
キリエはそう言って鞘から自慢の刀を抜き取る。接近戦に持ち込めれば確実に仕留められると考えていたキリエだったが、ジマーは不敵な笑みを浮かべ、何故か拳銃の具現化を解除した。
「お気の毒だがお嬢さん……勝負は既についてんだよ」
キリエはふと周囲を見渡すと、ジマーの余裕な態度の根拠に気がついた。弾き飛ばしたはずの魔力の弾丸が、自信を取り囲むように中空に浮遊している。
「キリエ! そいつの能力に気をつけろ! そいつは撃った弾丸を自由自在に操作することができるんだ!」
「うん……そうみたいだね」
アメリアに肩を貸しながら合流したヴィッキーの言葉に、キリエは静かに頷き、刀を構える。
「チェックメイトだ」
ジマーが親指を真下に向けると、キリエを取り囲んでいた弾丸が、飢えた猛禽の如く一斉に襲いかかってきた。
ーー能力技巧・金貨弾!
刀を高速で振り回すことで、無慈悲に襲い来る弾丸の雨を斬り飛ばしていく。だが、弾かれた弾丸も再び進路を戻して向かってくる以上、捉えきれない弾丸が彼女の肌を少しずつつえぐり取っていくのは必然だった。
「一所に留まってはいけませんわキリエ! 走って!」
ラファエルの叫びを聞いたキリエは、一直線にジマーの方へ疾走を始める。
「はっ! この技を受けた奴は大抵そうやってダメ元で突っ込んでくるのさ! 死にな!」
ジマーが中指を立てると、進路を変えた弾丸がキリエの両足の膝関節を貫いた。
「「「キリエ!!」」」
3人の悲鳴を耳にしたジマーは勝利の笑みを浮かべた。
「(両足破壊! 終わりだ――ん?)」
ジマーが改めてキリエの方に視線を戻す。速度はわずかに落ちているものの、破壊されたはずの膝関節でなおも走り続けている。
「馬鹿な!」
動揺しつつも今度は頭と心臓に向けて弾丸を貫かせる。血飛沫は上がるが、それでもキリエは止まらなかった。
「(そうか! こいつ、身体強化)を表皮に集中させて、弾丸の貫通を防いでやがる! ……いや、それでもダメージは小さくないはずだぞ!?)」
「ああああああああああああああ!!」
「ひいっ!!」
血塗れの姿で咆哮を発しながら走ってくるキリエに恐怖の声を漏らすジマー。弾丸が彼女の手から刀を弾き落としても、彼女は止まらない。
「「「いけーーー!!」」」
ヴィッキーたち3人が歓声を上げる。
「このクソがきゃああああっっっ!!!」
生まれて初めて感じる敗北の予感に、ジマーは錯乱してキリエに掴みかろうとする。その腕を潜り抜けて、キリエの肘鉄が脇腹を穿ち抜いた。
「ごえっ……!!」
ジマーは口から胃液を吐き出しながら吹き飛ばされる。
内蔵を直撃した衝撃は想像を絶する苦痛と化してジマーを襲い、立ち上がることはおろかまともな呼吸すらも許さなかった。
「や……やったーー!」
最初にヴィッキーが、歓喜に突き動かされるままにキリエに抱きついた。キリエの血で自分の体が汚れても、全く気にならないようだ。
「じっとしてて……応急処置ぐらいなら出来まずわ……!」
次にヴィッキーが駆け寄り、キリエの傷ついた体に回復魔法をかけていく。
その様子を見ていたジマーは地面に這いつくばりながら、自嘲的な笑みを浮かべた。
「へ、へへ……俺の負けか……情けねえぜ。ここまで成り上がってきたていうのに。俺は昔奴隷として――へっ?」
つぶやきの途中で、ジマーは自分の首が胴体とお別れしていることに気がついた。キリエが戦いの最中に落とした刀をアメリアが拾い上げ、その首を一刀両断にしたのだ。
「……不思議。相手を生かしたまま首を落とせる刀なんて」
「い、いや……ちょっと待て……今、俺の悲しき過去が語られる流れだったんじゃ……」
「クズの昔話なんてどうでもいい」
アメリアはそう言って切り離されたジマーの生首を掴み上げると、地面に座り込んで休憩を取るキリエの横に立った。
「バロンの私兵たちににこいつの首を見せにいってくる。それでこの戦いは終わるはず」
アメリアはその場から離れようとして思いとどまったのか、2,3歩歩いてからキリエの方を向いて微笑んだ。
「『ゴールド・ブレイズ』……万歳!」
キリエにはその言葉に応えるほどの体力は残っていなかったが、代わりに満面の笑顔とグッドサインをアメリアに返したのだった。
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「さーて、やるべきことは済んだし……後始末はリディーマーズの人たちに任せましょ!」
朝焼けと共に静けさを取り戻した農園からキリエたち4人が立ち去ろうとした時、一人の男がその前に立ちふさがった。
「この……悪魔の子どもめ! よくも私の財産をめちゃくちゃにしてくれたな!!」
どうにかリディーマーズの連中の目を盗んで逃げ出してきたのだろう。奴隷も、奴隷を酷使して築き上げた農園も含めた何もかもを、一夜の内に失ったラーニア=バロンがそこにいた。
「殺す?」
「放っておこう。どのみちあいつはもうおしまいだよ」
躊躇なく弓矢を番えるアメリアをキリエは制した。
「今に見ているがいい……! 秩序と正義を司る主神フレイアよ!! 欲に目が眩んだ邪悪なならず者に聖なる裁きをお与えください!!」
ビシャアッ!!
バロンの言葉通り天空から怒れる主神の天罰が、落雷という形で地上へと下された。
……バロンの方に。
「……『欲に目が眩んだ邪悪なならす者』とかいうから」
キリエは肩をすくめると、一瞬前までバロンだった、灰の塊に向かって溜息を付いた。