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ガラス細工を、あなたに  作者: こうだ悠
第一話 ガラスの蝶
2/9

ガラスの蝶 2

よろしくお願いします。


 カウンターテーブルに並べられたたくさんのガラス細工を、フィオとアイリは眺めていた。ほの明るい店内に蝶のシルエットが浮かぶ。

 ふふっ、とフィオは微笑んで、

「気に入ったものがあったら、言ってね」

 アイリはこくりとうなずいて、興味深いふうに作品を見つめた。指でそれをつまみ上げ、明かりに透かしたり、ときには指を表面にはわせたりしていた。

 フィオも蝶のブローチを取り上げて触れてみる。いま手に取っているものでありながら、幻であるようにさえ思える。凸凹のない表面はなめらかで、硬いガラスであるのに、やわらかく、あたたかく感じる。

 先生の作品と自分のものを思い比べて、やはり先生はすごいな……――と息をもらした。

「それで、いいもの見つかったかな」

「ううん」

 アイリは煮え切らないようすで応えた。ブローチを置くと、かたり、と音が立った。まゆがハの字になって、とても困っている。真剣に悩んで、また何かを心配しているようだった。

 フィオはテーブルを見やった。ブローチの蝶は、いまにもとんで行ってしまいそうだった。羽を広げた姿は、優美そのものだった。

 大きいものでこぶし一つくらい、小さいものだとおはじきほど。一つひとつ手作りであって、まったく同じものはない。それぞれが違った雰囲気をかもし出している。

 蝶と言うと、アゲハチョウが思い出されるだろう。大きな羽に調和した美しい模様は、春の風物詩とも言える。花にとまり、またひらひらととぶその優雅さを、ガラスの内に閉じこめたように、アゲハをモチーフにしたブローチは、目を引いて華やかだった。

 しかし、すべてがこう派手なわけではない。地味な、目立たない蝶だっている。

 たとえば、モンキチョウ。橙黄色の羽には模様と言えるものはあまりない。けれど、その素朴さが純粋で、かわいらしく目に映る。

 モンキチョウをモチーフにしたブローチは、小ぶりな分、落ち着いていた。光を通して浮かぶ黄色は、上品に輝いている。

 フィオがテーブルの上を目でなぞっていると、ひょいとアイリは一つのブローチをつかんだ。

「これに、似ていたかもしれません」

「これ?」

 アイリが持っていたのは、モンキチョウのブローチだった。

「はい。……もう少し大きかった気がしますけど」

 そう言いながら、もともとあった場所へ戻した。……と、フィオは首をかしげる。

「アイリちゃんは、その、探しているブローチをどこかで見たの?」

 何の気なしに彼女は尋ねた。アイリは目を背けて、気まずいような表情を見せ、言った。

「……はい。見たことがあります」

「どこで、見たの」

「……おうちで」

 すっ、とほほを涙がつたった。いきなりのことで、フィオは声が出なかった。しだいに涙の粒は大きくなって、とめどなく流れていく。

「なくし、ちゃったんです。わたし、せっかくもらったのに」

 ふるえる声で、アイリはかろうじて言った。


 回転椅子に座らせてから、彼女はしばらくのあいだ泣いたままだった。

 ようやく涙がおさまり呼吸が落ち着いたところで、

「ごめんなさい」

とアイリは頭を下げた。目元はまだ赤くはれている。もともと白い肌のせいでよりはっきりと見えてしまう。

「いいよ。……落ち着いたみたいだね」

「はい。泣いてしまってごめんなさい」

 アイリはぎこちなくうなずいた。その様子を見て、不安は残るがひとまず胸をなでおろした。

「それで、アイリちゃん。聞きたいことがあるんだけど」

「ブローチのこと、ですよね」

 フィオはうなずいた。

 ふうっと呼吸をととのえて、口をひらいた。

「今日の、お昼過ぎのことです――」


 わたしがお昼ごはんを食べ終わったとき、お母さんはわたしに真っ黒な箱を見せてくれました。つやつやと光っていて、きれいな箱でした。

 笑いながらわたしにそれを手わたして、お母さんは言いました。

「アイリ、これを、あげるわ」

 わたしはそっと箱をあけました。中には、きらきらとしたガラスの蝶がありました。羽は淡い黄色で、小さいものだったけど、わたしはうれしかった。……これが、わたしの探しているブローチです。

「ありがとう!」

 うきうきした気持ちが、おさまりませんでした。手のひらにのせて見ていると、

「大切にするのよ。――」

と言って、お母さんはお台所に行ってしまいました。

 友だちに見せたい。すぐにそう思いました。でも、つけ方がわからなかったから、両手で包みこんで持っていこうとしました。

 それがだめでした。

 友だちは丘の上にある公園の方で遊んでいると言っていました。わたしの家は住宅街にあるので、けっこう離れています。それにこの街って坂が多いですよね。

 それで、早足で向かっていると、足がもつれてしまいました。

 勢いよく転んでしまって、そのときに――


「落として、割ってしまったんだね」

 フィオは相づちをうった。それならば、彼女がブローチを探していたこと、その理由を話したくなかったことに合点がいく。秘密にしておきたかった気持ちも、理解できる。

 でも、それじゃ……――と、フィオが言いかけたそのとき、アイリはぶんぶんと首をふった。

「たぶん、割れてはいません。たぶん」

「えっ?」

「だって、……とんで行ってしまいましたから」

 少しのあいだ、フィオは動けなかった。驚きが彼女を包んでいた。

 とんだ? ――。

「アイリ、ちゃん、それって」

 かろうじて出した声は、とぎれとぎれだった。

「そのブローチが、硝子生命(グラシィ)だった。と言うこと?」

 フィオの顔を見て、アイリは小さくつぶやいた。

硝子生命(グラシィ)?」

 きょとんとして、彼女はフィオを見上げた。


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