ギルド
「冒険者登録ってやつをしたいんだが」
朔はギルドの受付に向かうなり、そっけなく言い放った。
ざわついていた室内の空気が、一拍だけ止まる。
扉を開けた瞬間から向けられていた視線が、さらに鋭さを帯びて朔へ集中した。
「冒険者登録ですね」
受付嬢は手慣れた様子で、書類を取り出す。
「ここに名前と旅の目的、それから身元確認のできるものがあればお願いします」
朔は差し出された書類に無言で目を通し、ペンを受け取った。
初めて見る文字なのに、意味が直接頭に流れ込んでくる。読めているというより、理解させられているという感覚だった。
月城朔――
その文字ですら頭の中に浮かんでくる。
朔は不気味さを感じた。
「旅の目的は……?」
受付嬢の落ち着いた声が耳に刺さる。
朔は少しだけ考えた。
この世界で何をしたいのか。
何を望んでいるのか。
だが、そんなものは特にない。
朔はペン先を止め、ちらりと二人の方へ視線を向けた。
――生きるため
そう書きつけると、朔はペンを置き書類を受付嬢へ押し返した。
「では確認しますね」
その間も、周囲の視線は彼らの背中に刺さっている。
「確認しました。書類はこれで大丈夫です」
受付嬢は明るく続けた。
「冒険者登録をするには、魔力量の測定と、簡単な実技試験が必要です。」
受付嬢の明るい声に反し、周囲の空気はさらにざわついた。
近くのテーブルから、笑い声が聞こえる。
「……ひ弱なガキが試験だとよ」
「すぐ逃げるんじゃねえの」
朔は振り返らない。
背中に刺さっていた視線が、好奇心から値踏みするようなものに変わったのを感じた。
「試験場は奥になります。ご案内しますね」
受付嬢は微笑んだまま、ほんの一瞬だけ朔の足元から頭までを見た。
職務的な確認のはずなのにどこか測っているようで、朔は居心地が悪かった。
「……わかった」
受付嬢に案内され、朔はギルドの奥へ進む。
通路を抜けると、そこには円形の訓練場が広がっていた。
既に数人の冒険者が集まっており、新人の試験を面白がって見にきているようであった。
「では、実技試験を始める。」
受付嬢の隣にいた大柄な男が前へ出る。
片目に傷のある、いかにも歴戦の冒険者だった。
彼の胸元にはBと書かれたバッジがついており、それは組織内の階級を示す証だとフィンが言った。
依頼の危険度、実力、功績。
それらを加味して与えられるものらしい。
「最低ランクのEから始まり、D、C、B、Aと上がっていき最高がSです。よくSが災害級で、Aが化け物級だと言われています。」
建物に着く前、フィンが言っていた言葉が思い出された。
Bランクともなれば一人前どころか街の主戦力であり、周囲の冒険者たちが静まり返っているのも、納得だった。
「試験官のバルだ」
男は木剣を肩に担ぎながら、朔の分を差し出した。
その姿は立っているだけなのに、異様な重圧感があった。
「試験の内容は簡単だ。俺に一撃加えられたら合格。」
周囲からどっと笑いが起こる。
「おいおい、公開処刑だろ」
「いつになっても合格できないぞ」
朔は無言だった。
バルは自然体で立っているが、隙がない。
喉。心臓。目。
人間なら無意識に生まれる隙が、一切存在しなかった。
――強いな。
朔は静かに目を細め、木剣を受け取る。
「来い」
バルが木剣を軽く構えた瞬間、重い踏み込みと共に剣が振り下ろされた。
振り下ろされた木剣が、驚くほど軽く感じた。
その瞬間、朔は違和感を抱いた。
初めて握るにも関わらず、その木剣は彼の体に妙に馴染んでいた。
踏み込み方や、重心の移動、攻撃のいなし方。
まるで昔から戦い方を知っているように、自然と体が動く。
――なんだこれ
「その程度か……?」
挑発するようにバルが笑う。
朔は深呼吸をし、構えた。
次の瞬間。
地面を踏み込んだ音と同時に、朔の姿が消えた。
「……は?」
バルの目が見開かれる。
木剣が喉元で止まっていた。
あと数センチ踏み込めば、喉を突ける位置。
訓練場が静まり返った。
朔自身も、理解できなかった。
ただ隙を見つけた瞬間、身体が勝手に動いていた。
どうして喉を狙ったのか自分でも分からなかった。
バルの喉がゴクリとなる。
木剣越しに合った朔の目には、一切の躊躇はない。
まるで本当に殺すつもりだったかのような目。
その瞬間、バルの背筋を冷たいものが流れた。
これは新人などではない。
何人も殺してきた目だ。
彼が戦場で会った猛者たちの目。
周囲の冒険者たちも息を呑んでいた。
先ほどまでの軽薄な笑い声は消え失せ、代わりに広がっているのは困惑と警戒だった。
朔は自分の胸が高鳴っているのを感じた。
久しぶりに少しだけ生きている気がしていた。




