護衛
朔もすぐに気がついた。
風の流れが変わり、木の葉を踏む複数の足音が近づいてくる。
「おい、隠れろ」
朔はリゼの腕を引き、茂みの影へと引き込んだ。
リゼは抵抗せず、静かに身を低くする。
数秒後――
白い服を着た三人の男が姿を現した。
胸元には教会を示したような紋章。
朔が声に出すよりも先に、
「……教会の人たち」
リゼが息を潜めながら呟いた。
表情にこそ出ていないが、瞳の奥にわずかな緊張が走っている。
男たちは周囲を見回しながら話し始めた。
「聖女はこの辺りに派遣されたはずだが……姿が見えん」
「まさか、本当に死んだのでは?周囲の見張りを帰らせてから二日ほど経ったのでしょう?」
「死んでいれば都合がいい。早く死体を探して帰るぞ。」
朔の眉がぴくりと動いた。
リゼはただ静かに聞いている。
「まずは湖の方向に行ってみよう。生きていたら、見つけ次第連れ出せ。処理はそのあとでいい」
リゼの肩がわずかに震えた。
朔はそれを見逃さなかった。
男たちは森の奥へと歩き去っていく。
足音が消えたあと、朔はゆっくりと息を吐いた。
――その瞬間
茂みの影から、ひょいっと小柄な影が飛び出した。
見た目はまだ十代前半ほどの少年である。
黒い髪や衣服は整っていて、その顔には愛嬌がある。
彼は一目見るだけで、貴族だと感じさせる不思議な雰囲気を持っていた。
少年は朔とリゼの目の前でぴたりと止まり、リゼを見るなり表情を明るくした。
「いやあ、やっと見つけました」
朔は即座にリゼの腕を引き、身構える。
「誰だ、お前」
少年は朔には目もくれず、まるでそこにいる価値がないとでも言わんばかりに視線を逸らした。
そして、リゼに向かって恭しく頭を下げる。
「聖女様の婚約者様である第二王子の命により、あなたの生存確認を任されています。」
朔は眉をひそめた。
リゼは相変わらず人形のような表情で、
「そう」
とだけ答えた。
「セシル様――第二王子はあなたの身を案じております。どうも最近教会の行動に違和感があると、おっしゃられておりました。」
少年は続ける。
「本来なら、王子自ら迎えに来たかったのですが……。教会の目があるため、私が代わりに参りました。どうか一緒に王城へ向かってください」
リゼは小さく瞬きし、朔の方を見た。
その瞳には迷いがあった。
「……サク」
「はぁ、そんなのお前がどうしたいかが一番重要だろ。」
リゼはその言葉を聞き、僅かに目を見開いた。
まるで自分の意思を聞かれたこと自体が初めてであるかのように。
少年は慌てて口を開く。
「王城に行くのは強制ではございません。セシル様は、聖女様の意思を尊重するようにとおっしゃられていましたので……」
リゼはしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。
「王城、サクと一緒に行きたい」
少年の表情が微かに固まった。
朔は一瞬だけ動きを止めたが、すぐにそっぽを向く。
「……勝手にしろ」
だが、その声はいつもより少し優しさを帯びていた。
「……でしたら、私も同行してもよろしいでしょうか」
少年は初めて、その目に朔を写した。
「セシル様から聖女様を護るように、と命じられていますので。私の名はフィンと言います。」
朔はその真っ直ぐな瞳に思わずたじろいた。
彼の瞳は年齢に似合わず澄んでいて、揺らぎがない。
リゼは朔を見つめ、ぽつりと呟く。
「フィンは昔から知ってる。信用できる」
フィンはリゼを見て瞳を大きく開いた。
その表情は王子の使いとしての冷静さよりも、年相応の少年らしさが勝っていた。
「そのように言っていただけるとは……、光栄です」
フィンは胸に手を当て、まるで感情を抑えきれないように微笑んだ。
その笑みは教会の男たちとは違う、真っ直ぐで濁りのないものだった。
フィンはリゼに向き直り、柔らかい声で続けた。
「あなた様が信用できると言ってくださるなら、私は命をかけてお守りします。」
その言葉にリゼの心が僅かに揺れた。
朔はその揺れを見逃さず、どこか落ち着きのないように視線を逸らす。
「行くならさっさと行くぞ。暗くなる」
フィンは深く頷き、リゼの後ろに立つ。
その姿は、幼いながらも護衛としての覚悟を表していた。




