⑤安寧
「瑞稀って今、どこに住んでるの?」
会が進むにつれて、みんながどんどん席替えをしていったので、私の隣の席が空き、タテはそこに座った。
「今は名古屋にいるよ。タテは?」
「今は神奈川。…瑞稀結婚したんだね。結婚式の席次表見て名字変わってるって思った。おめでとう。」
「ありがとう。」
想像していたよりもスムーズに話せているなと思った。
「旦那さんは同業者?」
「ううん。会社員。転勤族だから、半年前までは広島にいたよ。」
「引っ越し多いんだ。大変だね。」
「でも、色々な土地に住めるのは楽しい。広島は想像してたよりずっと都会で、晴れてる日が多くて、すごい住みやすいところだった。これだけ晴れてれば、レモンも育つよねって感じ。地中海気候ってやつ?ただ、夫曰く、みんな広島カープが好きすぎるから、カープの試合結果によって、翌日の職場の雰囲気が全く違うらしい。勝てばみんなご機嫌、負けたら不機嫌。」
「そうなんだ…。相変わらず、なんでも面白がるところは変わってないね。」
タテが懐かしそうに目を細めた。
「20歳くらいを過ぎたら、人の根本ってそう変わらないでしょう。結婚しようが、子供を産もうが、その人がどういう人間かは。」
私は笑いながらそう言って、手にしていたハイボールを飲んだ。
「みんな、クリスマス、どうやって過ごす予定?」
臨床実習に進む前に行われるCBT試験の勉強が始まる前に、一度飲もうと、景子の家にいつもの4人で集まったときに、景子が言った。この年のクリスマスイブは金曜日で、泊まりがけで出かけるカップルも多かった。
「私は美香と鍋食べる。欲望のままに、クリスマスケーキはホールで3種類予約してある。胃袋の限界に挑戦しようね、美香。」
彼氏がいた時期があったものの、現在はフリーの麻衣が言った。
「楽しみだわー。ネットで激辛鍋の素買っているから。辛い、甘いを繰り返す予定。」
美香は、伊藤君と別れてはいないようだったが、既に2回留年し、現在は休学して地元に戻っている彼とはあまり会っていないようだった。伊藤君との今後で悩む美香の相談を聞くのが、ここ最近4人で集まったときの定番のトピックだった。
「そうなんだ…。もし良かったら、私も参加していい?」
景子がそう言うと、私たちは驚いた。
「え?!宮原さんはいいの…?」美香が聞くと
「実は、先週別れたんだよね。」
景子は淡々と答えた。話をきくと、宮原さんは卒業したら、中国地方の地元の県に戻る意思が堅く、景子にも2年後に来てほしいと言っていたようだ。
「もう、別れたから話すけどさ。あの人、みんなから良い人だってすごい思われてるでしょう?本当は人に嫌われたくなくて、我慢したくないことまで我慢してるの。明らかに限界で辛そうなのに、こっちが心配して聞いても本心はなかなか教えてくれないし。やっと話してくれたと思ったら、すでにかなりメンタルが病んでる状態っていうことの繰り返しだったの。夜中に落ち込んだあの人の家に呼ばれて、慰めるのもしょっちゅう。そんな人と遠距離恋愛を経て、縁もゆかりもない土地で暮らす想像が正直できなかった。」
「そうだったんだ...。景子も大変だったね。お疲れ様。」美香が言うと。
「向こうに対してストレス溜まっても、同じコミュニティにいるから、変な評判立てたらかわいそうだなって思って、今まで愚痴を言わないようにしてたけど、それが私にはストレスで、ストレスで…。今日言えてスッキリしたわ。」
景子は一気に言うと、手元の缶ビールを飲んだ。
「よし、景子も一緒にクリスマスやろう。景子が来るなら、ホールケーキもう1個追加する?」
麻衣がおどけて言うと、
「もう3つもホールケーキあるのに?どんだけ食べたいの。」景子が楽しそうに笑った。
「瑞稀はタテとどっか行くの?」美香に聞かれた。
「いや、出かけても混みそうだから、家で過ごす。普通にケンタッキーとケーキ食べるくらいかな。」
「もはや夫婦だね。落ち着いてるわー。」
麻衣が茶化すように言った。
私とタテは、すでに3年以上付き合っていた。入学以降続々と誕生していたカップルも、別れているところが多数派であり、長く続いている私たちは、周りから夫婦扱いされることも多かった。
「これは、結婚ですかね?2人の結婚式、私たち余興やるから、よろしく。」美香が笑って言った。
医学部生は卒業すると初期臨床研修を2年間行う。医学部生同士のカップルが別れるか付き合い続ける(結婚するか)を決める最初のタイミングは、初期研修の病院を決めるときであった。ここで擦り合わせが上手くと、大体のカップルは結婚する流れになる。つまり、同じ病院、あるいは同じ地域の病院で研修できるかがその後の運命を左右するのだ。まれに遠距離でも関係が続くカップルはいるが、初期研修で離れてしまうと、研修が始まる前に別れるか、研修中に別れてしまうことが多かった。
私は奨学金をS大学から借りていたので、S大学で研修し、医局に入局し、しばらく働くことが決まっていた。私とタテの関係が続くためには、というか、結婚するためには、タテにS県に残ってもらう必要があると思っていた。
「上手くいくといいけどね。まぁ、未来のことなんてどうなるかわからないよね。」
みんなの前ではそう言いつつ、私はタテと結婚する未来を想像していた。
医学部の部活は3年生の後半から4年生の前半まで幹部学年となる。タテは部活動の2回目の幹部学年であり、副部長を務めていた。部活動に費やす時間は多かったが、さすがに2回目の3年生となると、ほとんどの科目を本試験でクリアしていた。
「疲れたー。先にお風呂入っていい?」
部活から帰ってきたタテは、勉強中の私に声をかけてきた。
「良いよー。ただ、お風呂場に乾いてなかった服、掛けてるからよけておいて。」
私は教科書を見ながら答えた。
「分かった。…瑞稀も一緒に入る?」
タテはニヤニヤしながら言った。
「嫌だ。明るいところで裸は恥ずかしいっていつも言ってるじゃん。」
毎回断るが、タテはお決まりのように聞いてきた。
「ケチ。減るもんじゃないし。」
「自分の裸に希少価値を出して何が悪いの。簡単に見せられるものじゃないんですよ。」
私は、行為のとき以外、たとえ着替え姿であってもタテの前で服を脱いだ姿を見せないようにしていた。新鮮味がなくなる気がしたし、そもそも恥ずかしかったのだ。
タテはそのまま1人でお風呂に入り、上がったあとに交代で私がお風呂に入った。
「腹減った。忠良のチャーシュー麺たべたい。出前しよう。」
忠良とは近所の蕎麦屋さんであり、私たちはいつもそばを頼まずに、チャーシュー麺ばかり頼んでいた。
「うーーん。もう夜遅いし、太るからな…。」
試験勉強期間は、いつも以上に運動しないので、体重が増え気味だった私は悩んだが、
「良いよ。ちょっとぽっちゃりしてる方が触り心地良いし。」
タテはそう言うと、後ろから抱きついてきた。
「そういう問題じゃないよ。服のサイズ変わるの嫌だ。」タテの腕の中から抗議すると、
「瑞稀が気にするほど変わらないよ。可愛いから。お願い。一緒に食べた方がおいしいし。」
結局私が折れて頼むことになったが、ささやかな抵抗として、2人前ではなく、大盛りを1人前注文し、少しだけ分けてもらうことにした。
「やっぱりチャーシュー麺なんだよな、忠良は。おいしい。今後、蕎麦を頼む日が来るとは思えない。」
タテは念願のチャーシュー麺を食べながら言った。
「完全に同意。なんでこんなにおいしいのか。怪しい粉とか入っていてもおかしくないわ。」
2人で一緒に食べるチャーシュー麺は、1人で食べるときより格段においしい。あっという間に食べ終わると。2人で、床に寝転んだ。
「あー、こんな時間にお腹いっぱいなんて、背徳感。」
「結局、瑞稀も半分くらい食べてたからね。」
チャーシュー麺のおいしさに我慢できず、予定よりも多く食べてしまった私のお腹をさすりながらタテは笑った。
「忠良のチャーシュー麺を前にすると私は無力よ。食欲には抗えない。」
そう答えてそのまま横になっていると。タテの手は服の中に伸びてきた。
「こら、食欲も性欲も満たそうとは、不届き者め。」そう言ってタテの手を押さえた。
「そう言われてもなぁ。手が勝手に動くから止められない。」
「ちょっと、」
抵抗したものの、そのまま抱っこされて、ベッドに連れて行かれた。
「君の性欲はいつ落ち着くの?」質問すると。
「未来のことは誰にも分からないんだよ。」
と言われた。付き合い始めた当初に比べると回数は減ったが、20歳そこそこの男性の性欲は恐ろしい。かつて小清水さんに言われたことを、また思い出した。
「瑞稀、クリスマスプレゼント何が欲しい?」
タテに脱がされたパジャマを再び着ていた私に向かって、タテが質問してきた。私たちはお互いの誕生日とクリスマスにプレゼントを交換し合っていたが、本人が欲しいものを渡すのが一番だろうということで、事前にリクエストを聞くようにしていた。
「うーん。特にないんだよね…。欲しいものはないけど、クリスマスイブは、コンビニ各社のフライドチキンを食べ比べたい。どのコンビニが一番おいしいか決めよう。お互いに事前にどこが一番か予想しておいて、当たった方が勝ちね。絶対勝つ。」
「相変わらず、変なこと考えるな。…指輪とか欲しくないの?」
「前から言っているけど、私は指輪をもらうなら、婚約指輪か結婚指輪が良いから、そのときまで取っておく。」
パジャマを着た私は答えた。そのとき、タテは困ったように笑っていた。




