①出会い
「瑞稀、久しぶり、元気だった?」
再会の言葉を言う彼の頭が薄くなっているのを見て、そういえば、父親がハゲてるから、自分もいつかハゲると思う。と、かつて彼が笑いながら、言っていたことを思い出した。
“お疲れ様です!上野さんに確認したら、新郎側の招待客にタテさんもいることがわかりました、お伝えできていなくてすみませんm(__)m”
上野環、旧姓高野環からのLINEを読んで、上野とタテ仲良かったし、そりゃそうだよねと私は思った。タテこと立橋裕之は私が大学1年生から5年生まで付き合っていた元彼だ。
別れてから10年以上経つとはいえ、ああいう別れ方をした元彼と顔を合わせるのは気まずいかもしれないと案じて、わざわざLINEをくれた環の優しさに感謝しながら、
“お疲れ様!教えてくれてありがとう。もうかなり前の話だし、大丈夫だよ、気にしないで式の準備進めてね。会えるの楽しみにしてるよ!”
と返信した。
立橋裕之とはS大学医学部のサークルで出会った。中高と帰宅部を貫いていた私は、大会にも出るようなバリバリの体育会系の部活に入る勇気はもちろんなく、だからと言って、何にも所属していないと、進級テストの過去問ももらえないと思い、活動がゆるそうなサークルに入ろうと考えていた。
映画研究会の新入生を勧誘する飲み会に参加したとき、既にバスケ部に入部していた立橋裕之も同じテーブルにいた。
良くいえば、大きくて気怠げな瞳、悪く言えば目が死んでいる。一目見て、タイプだと思った。
その場で何を話したか詳しく覚えていないが、先輩から、
「瑞稀ちゃんは、どんな人がタイプ?」
と聞かれて、
「目が死んでる人が好きなんですよね。」
と答えて、笑われたことを思い出す。
私と立橋裕之を含む何人かが、映画研究会に入会を決めると、皆は彼のことをタテと呼んだ。しかし、あまり異性と親しくすることに慣れてなかった私は、気軽に呼ぶことに抵抗があり、立橋君と呼び、彼も私にあわせて、池野さんと呼んでくれた。
立橋裕之は千葉県出身で、一浪しており、1歳年上だった。バスケ部ということもあり、身長は180cm近くあり、156cmの私は、彼と話すときは、かなり見上げないと目が合わなかった。
入部して1番最初の飲み会の帰り道、家が近かったので、彼と一緒に帰ることになった。
「池野さんはどんな映画が好きなの?」
「ドラえもんとかコナンとか、しんちゃんとか、毎年やってるようなアニメの映画は観てたけど、それ以外は、ジブリとディズニーくらいかな。映画研究会に入っておいて、言うのもあれだと思うけど、映画好きと言えるほど映画を観たことないんだ。何かしらの団体に所属してないと、試験とか過去問もらえないかと思って。」
正直に白状すると、彼は笑いながら
「良かった、俺も同じようなもんだよ。バスケ部はずっとやりたかったから入ったけど、入ってみたらかなり体育会系で閉鎖的な雰囲気だから、どこか別の団体にも所属しておいた方が、大学生活楽しいかなと思ったんだよね。実際映画研究会も、映画に詳しくない人もたくさんいるし。」
彼の言う通りで、映画研究会は、本当に映画好きな人が集まると言うより、大学生らしいことをしたい人や、留年していたり、人間関係で他の部活を退部していたりと訳ありな人も多く、良くも悪くも誰も拒まないようなユルさがあった。
「池野さんがそんな感じで良かった、動機が不純だと怒られちゃうかもって思ってたから。」
「そんなことないよ、私こそ不純な動機すぎる。帰宅部で今までずっと勉強ばっかりしてたから、リハビリ感覚くらいのゆるいサークルが良くて。」
「前の飲み会の時も、割と真顔だったし、思っていたよりも映画の話ができなくて、不満なのかなと思っていたから。」
「ごめん、私意識しないと表情が固くて怖いって言われやすくて。でも、全然怒ってないからね。あの飲み会も、とても楽しんでいました。」
「うん、そのあとに好きなタイプ聞かれてて、目が死んだ人が好きって言ってたから、怖い人じゃないんだろうなって思ったよ。面白いなって。」
「あんまり理解されないんだよね...割と本気で思っているんだけど。」
すると、彼はこちらを見ながらこう言った。
「ちなみに俺もよく、目が死んでいると言われます。」
そして、笑った。
私は、ドギドキしながら
「...良い目だと思います。」と答えた。
入学式から1ヶ月が経った頃、
「愛香ちゃんと中野君付き合い始めたらしいよ!」
お昼休みに学食で、日替わり定食を食べていると、美香が教えてくれた。彼女は中高大とテニス部で、日焼けした肌をコンプレックスだと言っていたが、健康的で、笑顔がとてもよく似合う。
「へー!愛香ちゃん人気だから、他の男子も狙ってたけど、中野君とくっついたんだね。」
みんなより1歳年上で、大人っぽい雰囲気があり、泣きぼくろがチャームポイントの景子が答えた。
「柴田君も狙ってたらしいけど、中野君を選んだかー。」
麻衣がうんうん頷きながら、味噌ラーメンを口に運んだ。麻衣は、F大学の耳鼻科教授の娘であり、7LDKの豪邸に住むお嬢様だが、大学入学を機に金髪にし、周囲の度肝を抜くような思い切りの良さがあった。本人曰くギャルになりたいとのことだった。
私は、美香、景子、麻衣の4人で過ごすようになっていた。それぞれ部活も違うが、美香と景子は同じ予備校出身で認識があり、学籍番号が近かった私と景子、入学式後のオリエンテーションで仲良くなった麻衣でなんとなくグループが出来上がっていた。
この時期は、新入生はもちろん、上級生も新たな出会いに胸を躍らせ、あちこちでカップルが誕生し、大きな娯楽もない地方のS大医学部では、誰と誰が付き合っているかは、ゴシップとして一瞬で広まっていった。
「みんな青春してるねー。」
一つ年上の景子が達観した表情でそう言うと、
「景子はどうなの?宮原先輩、絶対景子のこと好きでしょ?」
美香がニヤニヤしながら尋ねた。景子と美香は同じ軽音サークルに入っており、宮原先輩は、3学年上の先輩だった。部長として人望があり、人気者である。クールな雰囲気を持ちながら、ふとしたときに見せる笑顔が抜群に可愛い景子を気に入っていると、もっぱらの噂だった。
「えっと、いつ話そうか迷ってたんだけど、実は、この前、告白されて、付き合ってるんだ。」
景子ははにかみながら言った。
「えー!!おめでとう!早く言ってよー!」
私を含めた3人がはしゃいで大声を出すと、景子は顔を赤らめて、
「ありがとう、こいうの慣れてなくて、いつ言い出そうか迷っていました。」
景子は、これ以上ない可愛い照れ笑いを見せていた。この笑顔を独り占めする宮原先輩は幸せ者だ。
「良いなー、彼氏私も欲しいー。」
麻衣は食べ終わった食器を避けた机で突っ伏した。
「全学の部活なら色々出会いありそうだけど、どうなの?」
美香は尋ねた。麻衣は、S大学医学部進学率が最も高い地元の進学校出身で、医学部系の部活だと、知り合いが多すぎて、やりづらいとのことで、他の学部の学生が入ってる全学軽音部に入部していた。
「ちょっと良いなーと思ってる先輩の話この前したでしょ?もう、新入生の彼女できてたわ…無念…。ところで、美香は伊藤君とどうなのよー?」
「この前何人かで遊んだけど、2人っきりではまだ会えてない…!進展あればすぐ言う…!」
伊藤君は同級生の男子で、美香と景子と同じ軽音サークルに入っている。女子校育ちで彼氏がいたことがなく、大学生活では絶対に彼氏を作ると決めている美香は、眼鏡男子の伊藤君を気に入り、アプローチをしていた。
一通り皆が話すのを日替わり定食のチキンカツを食べながら聞いていた私に、景子が
「瑞稀もそろそろ自分の話したら?誰か良い人いないの?」
と話を振ってきた。一瞬、あの夜の立橋君のことがよぎったが、
「私は何もないなー、みんなが羨ましいよ。」
と答えた。それ以上は追及されず、話題は変わっていった。
正直言うと、私は同級生と付き合うのには抵抗があった。何故なら、医学部は卒業するまで、6年間同じクラスである。誰かと付き合ったり、別れたりしたところで、毎日顔を合わせるわけで、これはかなり気まずい。早々に付き合い始める同級生カップルたちを、すごいと思う一方、よくやるなと少し冷めた目でみていたのだ。
梅雨が終わり、初夏というには暑すぎる季節になった頃、携帯電話にメールが届いた。
"久しぶり?大学生活はどうですか?今度よかったら⚪︎⚪︎祭行きませんか?"
送り主は同じ高校から、S大学の他学部に進学した林君からだった。高校2、3年と同じクラスだったけれど、ほとんど喋ったことはなく、メールアドレスを交換したことも忘れていた。なぜ私に?とも思ったが、同じ高校出身という懐かしさもあり、会うことにした。
⚪︎⚪︎祭はこの地域の名物のお祭りで、昼間から夜にかけて多くの屋台が立ち並ぶ。夕方以降は、デートとして行くのが定番なので、色々考えて林君とはお昼過ぎに会うことにした。
待ち時間の5分前に着くと、すでに林君は来ていた。
「池野さん、久しぶり。」
高校のときより大人びた印象はあったが、笑うと出てくるえくぼはあの頃のままだった。
ぶらぶらと屋台を散策しながら、気になるものを買い、近況を話した。
「医学部はどう?勉強難しい?」
「まだ教養科目ばっかりだから、あまり医学部って感じはしないかな?林君はどう?」
「こっちも同じ感じだよ、でも宅飲みしたりとか、大学生やってるなーって思ってる。」
その後は、高校時代の話をしたりして、ひとしきり楽しい時間を過ごしてから、2時間ほどで、私の家まで送ってもらった。
「今日はありがとう、また何かあったら誘うね。」
「ありがとう、また今度ね。」
誘われたときは、なぜ?と思ったけれど、会ってみたら、高校時代の話もできたし、楽しかったし、男友達ってこんな感じなのかなと思っていると、林君からメールが来た。
"池野さん、今日は来てくれてありがとう。とても楽しったです。
直接は言えなかったけれど、俺は池野さんのことが好きです。
高校の時からずっと好きで、俺がS大学を受験したのも、池野さんがS大学に行くことを決めていたからでした。
俺と付き合ってください。"
「それで断っちゃったの?」
空になったビールジョッキを片手に、3年生の田島佐和子が尋ねてきた。恋愛話が大好物であり、飲み会のたびに、参加者に恋愛話を振る人だった。
「断りました。高校時代からほとんど喋ったこともなかったし、今回の誘いも突然だったんですよ。今までに、少しでも向こうが私のことを好きな素振りを見せてくれてたらまだ分かりますけど、いきなり好きって言われて、大学も私がいるから選んだって言われて驚いたし、っていうか、進路にもつながる大事な選択肢を好きな人ごときで選んじゃって良いのって思いました。正直、メール読んで気持ち悪いなって感じちゃって。」
私が林君のことをバッサリと切ると、田島さんは
「会ったこともないけど林君、可哀想!瑞稀ちゃん辛辣だねー!」
とゲラゲラ笑いながら次のビールを注文していた。
「でも、初めは好きじゃなくても付き合いだしたら好きになるってこともあるんじゃない?」
私と田島さんのやりとりを見ていた2年生の橋本陵暉が尋ねてきた。
「そういうこともあるかもしれないですけど、もし好きになる可能性があるなら、同じ大学を選んだ理由が私がいるからって言われたら、少しときめくと思うんですよ。でも気持ち悪いって思ってる時点で、そこから好きになる可能性なさそうだなって。」
すらすらと酷い発言をする私を見て、田島さんと橋本さんは大笑いしていた。
「まぁ、あれだね。瑞稀ちゃんと付き合いたいなら、瑞稀ちゃんを好きなことを最初からアピールしなきゃいけないわけだ。」
そう言って田島さんは届いた2皿目の枝豆を食べ始めた。林君を話のタネにしたのは申し訳なかったが、その日の飲み会は大層盛り上がった。
その飲み会がお開きになったタイミングで、立橋君に声をかけられた。
「池野さん、お疲れ様。送るよ。」
そのまま並んで歩き始めた。他愛もない話をしながら、もうすぐ私の家に着くというタイミングで、
「池野さん告白されたんだね。別のテーブルだったけど、田島先輩の声が大きかったから全部聞こえてたよ。」
「あー、そうだよね、断ったことも、その理由も聞こえてたでしょ?我ながら酷い女ですよ。」
「池野さんって彼氏欲しいって思うの?」
「うーん。すごく欲しいかと言われると迷うけど、友達とか見て、好きな人がいると楽しそうだなとは思う。」
宮原先輩と付き合ってどんどんきれいになる景子や、伊藤君にアピールするために、努力している美香を思い浮かべて答えた。
「あと、告白する前に好きだと言うことをアピールして欲しいって聞こえたんだけど、本当?」
「うーん、何の前触れもなく好きって言われても、困るかもしれない。」
「じゃあ、そうするね。俺、池野さんのこと良いなって思ってる。」
突然言われて、心臓を鷲掴みにされたくらい驚いた。
「...えーっと、ありがとう。で良いのかな...?」
混乱して、何を言えば良いか迷っていると
「ごめん、びっくりさせて、でも俺的にはアピールしてきていたつもりだけど、あまり伝わってなさそうだし、これは、告白というか、俺を彼氏候補として意識して欲しいということで...。前向きに検討してもらえると良いというか、えーっと...。」
夜とはいえ、昼間から続くジメジメした暑さを感じていたけれど、その時だけは風が涼しく感じた。
「...これから、色々話していきたいかな。私まだ立橋君について知らないことが多いし。」
そう言って、彼の顔を見ると、いつも気怠げな彼の目が、とても優しくこちらを見ていた。




